5.『ディグルスの地下砦』
船着場を離れ、砂浜から石畳の道を歩くこと数分。
僕らは、一見すると城のようにも見える建物の前に佇んでいた。
辺りを見渡すと、背の高い草むらが広がっている。林もあった。舗装されていない場所は、自然のまま放置されているようだ。
「姉さぁん! きたおぉぉぉぉ!」
クキは建物に向かって呼びかける。
反応はなし。それもそうか。
建物の正面扉にベルは存在せず、かわりに獅子を模ったドアノックが備え付けられていた。
雰囲気出てるな……。僕は感心した。
ドアノックに気付いたクキはが、ゴンゴンと勢い良く打ち鳴らす。
すると扉の向こうでドタドタと慌しく走ってくるような物音がして、扉は勢いよく開け放たれた。
「やほー! いらっしゃい!」
案の定、出てきた人物は走って来たらしく、息が上がっていた。
「わっ! 姉さんその格好……さすが!」
シエルはその人物――メノウを見るなり、驚きの声を上げる。驚いたのは、僕も同じだった。
メノウは紫色のローブを着用していた。良く言えば妖艶でセクシーな魅力、悪く言えば怪しい人物にしか見えない衣服。いや、衣装といったほうが良いか。それには見覚えがあった。
これは彼女が『UoE』内で着用しているものと同じローブだ。さすが主催者、ぬかりない。
「やほぉ! 姉さん! こっちの世界でははじめまして」
言うなりクキはメノウに飛びついた。
メノウは戸惑いながらも、確かめるように言った。
「えっと……、クキたん?」
「正解っ」
クキは嬉しそうに抱擁を続けている。
「やっぱりクキ姉さんにはそっちの気があったのか」
僕は納得したように、ひとり頷く。
「彼女らは、ギルドでも仲良しだったからね」
紅蓮は否定せずさらりと言った。うっ、僕がひとりすべったみたいじゃないか。
「あの、立ち話しもなんですし……、そろそろ中に入れてもらえませんか?」
フェイスのシャツはもうびしょびしょだった。顔を拭いていたハンカチも、もうすでに役に立ちそうにない。
彼ほどではないが、僕も暑いのは同じだった。早く空調の効いた部屋でくつろぎたいのはメンバーも同じだろう。
「ああ、ごめんよ」
メノウは、まだ抱きつくクキを引き剥がし、扉を開け放った。
「ようこそ、『UoE』島へ! ようこそ、『ディグルスの地下砦』へ! これから四日間よろしゅうに」
「あれ? 『ディグルス』? 『メビウス城』じゃないの?」
とぼけたように言う僕。メノウはむっとして唇を尖らせた。
「私は地下墓地の人間なんでつ。これのどこが『メビウス城』に見える?」
「え、ま……まぁ、そう言われれば……。けど、ここ地下じゃないし……」
「おいこらシャドー、アンタ姉さんが『ディグルス』って言ってんだから、これは『ディグルスの地下砦』なんだよ。なんか文句あんの?」
何故かシエルに怒られた。
「い、いや、ないけど……はぁ」
僕はため息をつく。どうして怒られなきゃいけないのだろう?
「悪いね。『メビウス城』なんてワタシが言ったばっかりに」
フェイスはにやにやと口元を緩ませていた。
「あの、誠意が全く感じられないんですけど」
僕が言うと、メンバーは笑いながら『ディグルスの地下砦』なる建物のなかへと入って行った。なんだよ、誰かひとりくらいフォローしてくれたっていいじゃないか。
僕はなかへ入る前に、もう一度建物を見た。
『ディグルスの地下砦』とは、文字通り地下に存在する“闇の賢者”たちの隠れ家だ。
外壁が石のレンガで造られていたので、僕もてっきり城だと思っていたが。なるほどそうか、外壁が石造りなのは、地下をイメージしていたんだな。
地下砦をホームタウンにしているメノウらしいといえば、メノウらしいか……
僕はみんなのあとを追って、地上に存在する『ディグルスの地下砦』に足を踏み入れた。