4.姉さんのキャリーバッグ
僕らはついに目的地である孤島に上陸した。
船着場で、忘れ物がないか荷物の確認をする。
船長と乗組員の皆さんにお礼を告げると、船はすぐに出発。僕らが船着場を離れるころには、もう沖のほうまで進んでいた。
次に船が現れるのは、三日後の朝だ。
僕らは砂浜を背に、石畳で舗装された道を歩いていた。
緑豊かな島だが、虫や鳥などの生物はあまり多く生息していないらしく、波音だけが聴こえる、静かな場所だった。
僕はぐっと背筋を伸ばし、大きく息を吐いた。空を見上げればカラッとした太陽が。空気も澄んでいて、気持ちいい。
そんなわけで、僕の船酔いもすっかり良くなっていた。ボストンバッグを肩に背負っているわりに、その足取りは軽い。
こんないい場所をたった八人で貸切るなんて、贅沢な旅行だな。
浮かれた気持ちと同時に、もし何かあったら誰が助けに来てくれるんだろうと、嫌な想像もしてしまった。
「なるほど、建造物の造りは『UoE』そのものだ。さすがに、地形までゲームと同じとはいかなかったみたいだが」
紅蓮も、僕と同じく肩にボストンバッグを背負っていた。彼のたくましい体躯にボストンバックはよく似合う。
「ならこの石畳からして、この島は『テスタロッサ』をイメージしてるのかな。だとすると、あの城みたいな建物は『メビウス城』?」
フェイスのシャツはびっしょりと濡れている。彼はハンカチを額に当てながら、前方に見える建物――彼の言う『メビウス城』と思われる場所を見ながら、
「あそこにはクーラーついてるかな?」
と、付け足した。
ちなみに、『テスタロッサ』とはゲーム開始時に必ず訪れる国の名である。
「けどまー、舗装してあって助かったよ。うちら女性陣はみんなキャリーバッグだしさ」
ごろごろと大きなキャリーバッグを転がしながら、シエルが言った。
女性が五泊六日の旅行をするとなると、荷物もかなりの量になるのだろう。クキも同様に大きなキャリーバッグを転がしていた。
白夜にいたっては、それに加えてボストンバックを二つも両肩に背負っている。そんな小さな身体のどこに、それほどの荷物を持てる力があるのだろうか。
彼女は男性陣からの申し出を断り、ひとりでそれら抱え、移動しているのだ。
一体何が入っているのやら……
僕は気になって彼女に訊いてみたのだが、「大した物じゃないですよ」と、さらりと笑顔でかわされたのであった。……女って不思議。
「あーしかしあちぃなー。あたしゃ疲れたよ、シャドー。かわりにあたしの荷物持っとくれよ」
突如シエルは僕にすがるように言った。
「やだよ! 昼間っからお酒飲むほうが悪いんじゃないかっ」
僕は思わずツッコミを入れてしまった。しかし、彼女の細腕にあの大きなバッグはさすがに辛いのかもしれない。
よく見てみれば、彼女の息は上がっていて、暑さのせいか目もうつろだった。……仕方ない、手伝ってあげよう。
――と、思ったが。
その隣で大量の荷物を持ち歩く白夜を見て、やっぱり気が変わった。
「ふむ。なら、俺が持とうか?」
ナゾシンがシエルに手を差し伸べると、
「おお? ナゾシンくんかっこいいねぇ。じゃあ私の分も持ってもらおうかなぁ」
なぜかクキがそれに便乗する。
「よっ、イケメン! あぁ! なぜか急に肩がっ! 痛たたたっ! すまない、オレのボストンバッグも頼むよ」
わざとらしい仕草で、紅蓮。
「こらこら、みんな、ナゾシンさんが困っているじゃないか。ここは公平にワタシのバッグだけを持ってもらってだな」
フェイスはおもむろにボストンバッグを地面におろしはじめた。
「……」
ナゾシンは沈黙。ゴホンと咳払いしてから、爽やかな笑みをたたえて言った。
「シャドー君、あとはまかせた」
「……え?」
目を丸くする僕。途端、ナゾシンは全力で駆け出した。
「えぇぇぇぇぇぇえええええええッ!」
僕の絶叫が孤島にこだまする。
「あっははは! 全力疾走とか、マジぱねぇわっ!」
振り返ると、シエルがげらげらと腹を抱えて爆笑していた。
「いやいや、つい悪ノリしてしまったよ。あとで誤っておこう」
言いながら、紅蓮は悪びれた様子もなく歩きはじめる。
「私らも行こうか。あ、シャドーはシエルお姉様の荷物持ちなよ」
そう告げるとクキは、白夜と肩を並べて歩き出す。
「んじゃ、よろー」
「……」
シエルはキャリーバックをその場に残して、彼女達のあとをぱたぱたと追いかけて行った。
「…………」
彼女達の楽しそうな笑い声。それもやがて遠ざかり、心地よい波音だけが僕の鼓膜を震わせた。
「……………………はあ」
僕はキャリーバッグを手に歩き出した。