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MMORPG―オフ会殺人事件―  作者: tillé.o.fish
第三章 推理
27/36

24.『Paroxysm』

 ――上陸三日目。

 午前 十一時二十五分。


「有機リン中毒って知ってる?」

 シエルの言葉に、メンバーは首を捻った。

 白夜の死から六時間――。メンバーは大食堂に集まっていた。

「有機リンってのは、農薬に使われる劇薬で……平たく言えば、殺虫剤のことだわ。一般家庭でも手に入りやすいものだから、自殺に使われることもある」

 シエルにしては珍しく顔色が冴えない。彼女が白夜の死に責任を感じているのは明らかだった。

「んで、白夜たんの症状を思い返してみたんだけど。有機リン中毒によく似てた。あのカフェ・オレの異臭から考えてみても、たぶんそれで間違いない」

 しかし、それでも彼女は冷静に、自分の考えを述べている。あるいは、そうしていなければ心が折れてしまうからなのか? どちらにしても、彼女は強い女性(ひと)だ。

「それじゃ、あのカフェ・オレに毒が入っていたのは間違いないんだね」

 僕の視線に、シエルは頷いた。

「私のせいだわ……」

 震える声――。メノウは目に涙をためていた。

「カフェ・オレを入れたのは私……。私が気づいてさえいれば……」

「いいや、メノウさんだけじゃない。オレだって気づかなかったんだ。……それに、彼女も味が変だと気づいていながら、半分も飲んでしまった」

 そう言って、紅蓮は悔しそうに下唇を噛んだ。

「誰も悪くなんかないよ。悪いのは、フェイスの野郎なんだからさ」

 シエルは吐き捨てるように言って、小さく舌打ちをする。

「ふむ。……大体、事情は把握した」

 と、ナゾシン。ただひとり、彼だけが現場に居合わせていなかった。

 そのせいか、他のメンバーに比べてかなり落ち着いている。まあいつも通りと言えば、いつも通りなんだけど……

 彼はメンバーの顔を見回してから、言った。

「そこでひとつ疑問があるのだが。毒はいつ入れられたのだ?」

「それはたぶん……、最初から」

 僕が答えると、ナゾシンはわずかに眉根を寄せた。

「……それはどういうことか、聞かせてくれるかい?」

 と、紅蓮。彼もまた、僕の発言に疑問を持ったようだった。

「はい。……ただ、その前に、メノ姉さんに確認しておきたいことがあるんだけど」

「……私?」

 メノウは少し驚いた顔で、自分を指差した。

「うん。もしかして、牛乳を使ったのって、白夜さんに入れたカフェ・オレがはじめてじゃない?」

「…………」

 メノウはしばし考えたあと、

「そう言えば、そうかも……。あ、でも! 飲み口は開いてた……」

 思い出したように言った。やっぱり……。それだけわかれば十分だ。

 僕はひとり納得したように頷いてから、自分の推理をメンバーに話しはじめた。

「姉さん達の話が本当なら、毒はあらかじめ牛乳に入れられてたんだと思う。もし、アイスコーヒーに毒が入っていたなら、白夜さんだけじゃなく、僕も、メノ姉さんも、紅蓮さんも……同じ症状になっていたはずだから」

「そうか……。言われてみれば、そうだな」

 紅蓮が小さく呟く。僕は続けた。

「それに、僕たちはずっと大広間で見張りを続けていた。いくらフェイスさんがこの島の設計者だからって、誰に気づかれず、大食堂に忍び込むだなんてことできるはずがない。だから、考えられる可能性として一番大きいのは、あらかじめ毒入りの牛乳を冷蔵庫に入れていた……ということ。入れるタイミングは、姿を消す前ならいくらでもあったはずだ」

「しかし、どうして牛乳なのだ? コーヒーも牛乳も、誰がいつ飲んでもおかしくない飲み物だ」

 ナゾシンの疑問はもっともだ。だけど……

「本当にそうかな」

「…………?」

 僕の発言に、メンバーは困惑の色を浮かべた。

「思い出したことがあるんだ。随分前になるけど、チャットでコーヒーの話題になってさ。その時、カフェ・オレを飲んでたのは白夜さんだけで、あとのみんなはブラックか、ミルクと砂糖を入れてた」

「その話なら、あたしもなんとなく覚えてるよ。んだけど、あたしはともかく、他のみんなは気まぐれで牛乳飲むこともあるんじゃないの?」

 シエルは食卓に載せた片肘を気だるそうに僕に投げかける。

「オレも普段は飲まないが、絶対飲まないと言えば……そうでもないかな」

 紅蓮は思案するかのように、口元に手を当てて、

「それに、君の話だと、フェイスさんは白夜さんが牛乳を飲むと確信していたように聞こえるが……。本当にそんなこと、狙ってできるものなのか?」

 疑問に満ちた眼差しで、僕を見た。

「僕も、確実に狙ってできることじゃないと思う……」

 僕は彼の視線から逃れるように、目を伏せた。その点については、絶対と言い切れるほどの自信がなかったのだ。

「けど、白夜さんが牛乳を飲む確率は高かったと思うんだ。それに、たぶんなんだけど……。昨日クキ姉さんが死んだあと、僕らが身を固めるのも彼は予想してたんだと思う。だから、それを逆手に取って、毒入りの牛乳を仕込んでおいた」

「ふむ。まさに計画通りというわけか」

 ナゾシンが小さく鼻を鳴らす。

「僕が思うには、だけどね」

 そう言って、僕は席を立った。

「ん、どこ行くつもり?」

「冷蔵庫」

 僕はシエルに短く告げると、キッチンへと向かった。冷蔵庫の扉を開けて、紙パックの牛乳と、アイスコーヒーを取り出す。

「うっ……」

 僕は牛乳のにおいを嗅いで、小さくうめいた。続いて、アイスコーヒーのにおいを嗅いでみたが……。こちらは特に異常はないようだ。

「……む、これは酷いな」

 いつの間にやってきたのか。ナゾシンは牛乳パックを手に、眉間に皺を寄せていた。

「やっぱり、毒は牛乳に入っていたんだ」

 僕が告げると、

「では、間違って飲まないよう捨てて置くか」

 ナゾシンは牛乳パックを手にしたまま、流し台へと向かう。と、その時――

「ちょっと待って!」

 突然メノウが大声を上げた。ナゾシンの動きがピタリと止まる。メノウはがたりと席を立ち、大急ぎでナゾシンに駆け寄った。

「ここに流したら駄目。袋にいれて、そのまま捨てなきゃ」

 メノウはナゾシンから牛乳パックを取り上げると、キッチンの戸棚からポリ袋を取り出し、牛乳パックごとその中に入れた。それからさらに袋を何重にも重ね入れて、ギュッと結び目をしばってから――、ゴミ箱に放り込んだ。

「あ、そっか……。ここで流すと、流し台が使えなくなるもんね」

「ふむ。言われてみれば……。危ないところだった」

 僕とナゾシンはそれぞれに呟く。

「まったくもう、これだから男の子は……」

 メノウはやや呆れた口調で言って、

「けど、大丈夫なのかな……。他の食材にも毒が入ってたらどうしよう」

 心配そうに冷蔵庫を見つめた。

「それなら大丈夫なんじゃない?」

 ふと、食卓のほうからシエルの声がして。僕ら三人は食卓のほうを見やった。

「仮に毒が入ってたとしても、口に入れる前に、においを嗅いだらすぐにわかるよ」

 それもそうか……。先ほど牛乳のにおいを嗅いでみたが、かなりの悪臭がした。シエルの言葉を借りれば、まさに殺虫剤のにおいそのものだ。気をつけていれば、まず間違って口にすることはないだろう。

「だけど、無味無臭の毒だったらどうする? そう考えると、オレは少し不安だけどね……」

 紅蓮が苦い表情を浮かべると、

「そんなドラマじゃあるまいし、無味無臭の毒なんかこの世に存在しないっての」

 シエルはアホらしいと言わんばかりに、鼻で笑い飛ばした。

「まーあるかもしんないけど? 一般には知られてないだけでさ。でも、そんなものをアイツが持ってるなんて、まず考えられないね」

「僕も姉さんの意見に賛成。それに、そんなものを持っていたなら、はじめから使っていたはずだ」

「なるほどね……」

 紅蓮は鼻から息を吐き出し、両手を広げて降参のポーズをとる。

「ついでに言っておくと、毒物ってのは基本飲料に混ぜるもんなのよ。だから、飲み物にさえ気をつけていれば大丈夫」

「わかった。飲み物に気をつければいいのね」

 シエルの言葉に、メノウは少しほっとした表情で告げた。

「――ところで」

「……?」

 唐突に、ナゾシンが僕に声をかけてくる。

「気になることがあるのだが」

「気になること?」

 僕がオウム返しに訊くと、

「うむ。……プレートだ」

 彼は人差し指をピンと立てて、言った。

「これが彼の犯行であるなら、クキさんの時と同じように、プレートがあるはずだ」

「…………あっ!」

 僕は間抜けた声を上げて、

「そうだ、プレート!」

 思い立ったように、キッチンを調べはじめた。冷蔵庫はもちろん、戸棚も片っ端から開けていく。

「プレートって……。そんなもの、見なかったけど……」

 キッチンを調べまわる僕を見て、メノウは怪訝けげんな顔をする。

「いや、きっとあるはずだ!」

 僕は言い切った。僕とナゾシンの立てた仮説が正しければ、犠牲者の数だけプレートが存在するはずなのだ。

「しかし見当たらないとなれば、あの仮説は間違っていたのかもしれない」

 ナゾシンが言った、その時。

「あった!」

 僕はキッチン下段の収納部分の戸を開けて、声を上げた。

「嘘っ!」

 次に驚いて声を上げたのは、メノウだった。

「私、何度もそこ開けてるけど、そんなもの……」

 彼女は信じられないといった表情を浮かべている。

「たぶん、見落としてたんだと思う。横の壁に貼り付けてあったから……っと」

 僕はプレートを壁から引き剥がす。どうやら、両面テープで貼り付けてあったようだ。僕は立ち上がると、プレートをキッチンに置いた。

「『Paroxysmパロキシズム』……」

 僕は読み上げて、奥歯を噛んだ。『Paroxysmパロキシズム』は、ぼってりと脂肪を蓄えた上半身だけの怪物で、酸を撒き散らし、プレイヤーを毒で苦しめるのが特徴のボスキャラクターだ。

「毒殺だから、『Paroxysmパロキシズム』ということか?」

 ナゾシンは目を細めた。

「それがプレート?」

 シエルだ。どうやら騒ぎが気になってやってきたらしい。彼女の隣には紅蓮もいる。

「『Paroxysmパロキシズム』か。彼は、オレ達をからかってるつもりなのかな」

 紅蓮が、ひどく不機嫌な表情で告げた。

「そうかもしれない」

 言いながら、僕はプレートを手に取って、

「……ん?」

 裏面に何か貼ってあるのを見つけた。

 紙だ……。

 プレートの裏に、長方形の白紙しらかみが、セロテープで貼り付けてあった。これは……メッセージカードか?

 僕はセロテープを剥がし、プレートを置いて紙の裏側を見た。案の定、そこにはメッセージが印字してあった。

「ノリナは……死んだ…………?」

 僕はメッセージを読み上げて、眉間に皺を寄せた。なんだこれ……? ノリナ? 一体誰のことだ? 僕にはそんな名前の知り合いなどいない。

「……え? ノリナ……?」

 ぽつりと、声を漏らしたのはメノウだった。見れば、彼女の顔は真っ青だ。……どういうことだ?

「ノリナって……、あのノリナ? 死んだって……どういうことっ!」

 シエルは至っては、僕の顔を凝視して、今にも迫ってきそうな勢いだった。

「ど、どういうことって言われても……!」

 そんなの、僕が訊きたいくらいだ。もう訳がわからない。

「ノリナとは、一体誰なのだ?」

 ナゾシンも、表情には現れていないが、困惑しているようだった。

「オレも知らない。けど、どうやら二人には、覚えがあるようだね……」

 紅蓮が言った。彼の言うように、メノウとシエルにはゆかりのある人物らしい。

 説明を求める男性陣の視線に、彼女たち目を合わせると、うんと頷き合った。

「ノリナは……、ノリナはね…………」

 メノウは腹底から声を絞り出すように、言った。

「私たちの……元ギルドマスターなの…………」

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