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MMORPG―オフ会殺人事件―  作者: tillé.o.fish
第二章 惨劇
25/36

23.白夜

 コンコン。ドアをノックする音。

 ベッドで寝ていた僕は、上体を起こしてまぶたをこする。

「はーい、だれー?」

 まだ眠そうな声で、僕はドアの向こうにいる人物に返事をした。

「メノウでつ。交代の時間だよ」

 僕は暗がりのなか、手探りにナイトテーブルに置いた携帯を拾い上げる。携帯を開くと、ディスプレイのデジタル時計は午前三時を表示していた。交代の時間だ。

「いま行く」

 手早く準備をすませると、僕は扉の鍵を開けて、部屋を出た。

「おそいでつよ」

「ごめんごめん」

 部屋の前で待っていたメノウと軽く言葉を交わして、僕は二階廊下の手すりから、一階の広間を見下ろした。

 広間の中央階段には、紅蓮と白夜が座っている。次の見張りは僕と白夜だから、彼女のほうは先に呼ばれたのだろう。

 僕とメノウが一階に降りると、

「やあ、よく眠れたかい?」

 紅蓮は立ち上がり、僕に言った。

「ええ、思ったよりは」

 そう言って、僕は大きなあくびをする。

「ははっ。まだ眠そうだね。目覚ましにコーヒーでもどうだい? 大食堂の冷蔵庫にアイスコーヒーがあるよ」

「それじゃあ、貰おうかな」

「うん、それがいい。――白夜さんは?」

 紅蓮はさりげなく白夜にもコーヒーをすすめる。

「えっ?」

 白夜は一瞬、目を見開いた。ぼーっとしてたからなのか、突然話しかけられたのに驚いたようだった。

「えっと、その、私コーヒーはちょっと……」

 と、口ごもる白夜。

「あ、もしかしてコーヒーは苦手だったかな? 悪いね、気がつかなくて」

「いえ! そんなっ! えっと……、カフェ・オレならいつも飲んでいるので……それなら……」

 白夜はビクリと反応したかと思うと、最後は消え入りそうな声で言った。

「そ、そうかい」

 苦笑する紅蓮。彼女に気を使ったはずの彼が、逆に気を使われてしまったようだ。

「牛乳ならありまつよ」

 と、そこへ、メノウがタイミング良くにっこりと白夜に微笑みかける。

「すみません、我儘わがまま言って」

「気にしなさんな」

 メノウのやんわりとした口調に、礼を言う白夜にも自然と笑みが浮かぶ。まるでお母さんだな。いや、まるでもなにも、メノウは子持ちだった。

「む、なにがおかしいんでつか?」

 メノウが僕を見て言った。

「なんでもないよ」

 言って、僕はふんと小さく鼻を鳴らした。

 メノウは一瞬、不機嫌そうに僕を睨んだが、「まあいいでつ」と、いつもの調子に戻って、大食堂に向かって歩き出す。

「おっと、オレもついて行くよ。ひとりは危ないからね」

 そう言って、紅蓮も彼女のあとについて行った。

 二人が大食堂の扉を閉めた途端、広間はしんと静まり返った。

 僕は立ったまま階段の手すりに肘を置き、階段に座る白夜を見下ろす。

「…………えっと……。ちょっと気になってたことがあるんだけど、訊いてもいい?」

「え? 気になること……ですか?」

 白夜は上目遣うわめづいに僕を見る。

 僕はうんと相槌をうってから、なんとなく目を逸らして、切り出した。

「実は、昼間この広間にいたときなんだけど。遠くのほうから『誰か』って叫び声が聴こえたような気がしたんだ。……あれって、やっぱり白夜さんなのかなって」

 昼間聴こえた声の正体。あのタイミングからして、僕はなんとなく白夜の声だったのではないかと考えていた。

「もしかして、聴こえてました?」

 白夜の声に、僕の視線が引き戻される。

「やっぱり、あれは白夜さんが?」

 こくり、と白夜は頷いた。それから、自分の身体をぎゅっと抱きしめる。

「……あ、ごめん」

 僕の考えていることが正しければ、あの声はきっと――、クキの遺体を発見した白夜が、助けを呼ぼうとして叫んだ声だったのだろう。僕は彼女にその時のことを思い出させてしまったのだ。

「いえ、いいんです。シャドーさんが悪いわけじゃありませんから。……それに、あの時のこと、ちゃんと話さなきゃって、私も思ってましたから」

 白夜の口調は弱々しい。だけど、強い意思は伝わってきた。

 その時、大食堂の扉が開いてメノウと紅蓮が広間に出てきた。メノウがコーヒーとカフェ・オレの入ったグラスを両手に、紅蓮を連れてこちらへやってくる。

「おまたせ」

 メノウが言って、僕と白夜にグラスを手渡した。

「せっかくなので、メノウさんと紅蓮さんにも……」

 白夜は僕を見て言った。僕もそうしたほうが良いと思ったので、うんと返事をした。

「おや、なんのことだい?」

 何故か嬉しそうに笑みを浮かべる紅蓮。僕はアイスコーヒーを一気に飲み干してから、言った。

「紅蓮さんの期待してるような話じゃないですよ。昼間、白夜さんがクキ姉さんの遺体を発見したときの状況を訊こうと思ってたところです」

 それを聞いた紅蓮は、一瞬、眉を吊り上げた。

「それは本当かい? たしかに気になる話だが……。しかし、思い出したくないのなら無理はしなくても……」

 言葉を濁す紅蓮に、白夜ははっきりした口調で言う。

「大丈夫です。私は、大丈夫ですから」

 それは空元気のようにも思えた。が、彼女自身が話したいと言うのだ。止める理由はない。

「話したほうが楽になるかもしれないでつからね。時間はありまつから、ゆっくり話してくださいな」

 メノウは言って、白夜の隣に座った。紅蓮はやれやれといった様子で、

「これじゃ、オレが悪者みたいだね」

 僕にだけ聞こえる小さな声で、冗談っぽい笑みを浮かべた。それから彼は、僕とは反対側の手すりに背を預けた。

「それじゃ、訊いていいかな?」

 僕は白夜に言った。白夜は僕を見て頷くと、カフェ・オレを一口飲む。

「…………」

 ふと黙り込む白夜。

「どうかしたんでつか?」

 メノウが聞くと、

「いえ、なんでも!」

 白夜はカフェ・オレをゴクゴクと、グラスの半分ほど空けた。それから、はぁと小さな溜め息を漏らし、苦い顔をする。

「もしかして、美味しくなかった?」

 メノウは白夜の顔を覗き込む。白夜は少し戸惑いながらも、素直に言った。

「あの……、ごめんなさい。この味は苦手かも……」

「いいでつよ。無理して飲まなくても。まったくもう、白夜たんは気を使いすぎでつ」

 メノウはわざとらしくぷーっと頬を膨らませて怒ってみせる。

「ごめんなさい」

 白夜は笑顔で答えた。さっきは親子みたいだったけど、いまは仲の良い姉妹みたいだな。そんなことを思いながら、僕は二人を見ていた。

「それじゃあ、話しますね」

 場が和んだところで、白夜は語りはじめる。

「昨日の昼……。私はひとりで島を歩いてました。お昼を食べたあとだったので『ディグルスの地(ここ)下砦』を出たのは十二時を過ぎた頃だと思います」

 昨日の十二時過ぎと言えば、僕とナゾシンが部屋で話をしていた時間だ。昼食後すぐに部屋に入ったので、僕はその間、メンバーが何をしていたのか知らない。

「それから、砂浜の景色を見たあとに林のなかを歩いて……。最後に行ったのが、あの墓地でした。たぶん……、時間は一時半くらい」

 砂浜から林。彼女は時計回りに島を歩いて回ったのか。そうすると『ストゥーム墓地』は島の北東だから……。ゆっくり歩いて見て回れば、一時間はかかる。

 大体、時間の感覚は合っているな。

「そこで、クキ姉さんの遺体を発見したんだね」

 僕は噛み締めるように言った。

「はい」

 白夜は目を伏せる。その時のことを思い出しているのだろうか。彼女は続ける。

「墓地の中央にある、大きな墓標が目にとまって、気になったので行ってみたんです。そしたら――」

 白夜は言いかけて、息を呑む。僕らは何も言わず、彼女を見守っていた。

「はじめは、冗談じゃないかって……そう思ったんです。だから、『冗談ですよね』って、クキさんの肩に手をかけて」

 そうか。だからあの時、彼女の右手が紅く染まっていたのか。

「そしたら……ぬるってして、妙に生暖かくて……。すごく、重たかったんです。だから私、もうわけが分からなくなって、その場で腰を抜かしちゃって……。助けを呼ぼうと思っても、声が出なくて……」

 話しながら、頭を抱える白夜。恐かったのだろうな。僕は思った。それから、彼女にその時のことを話させたのを、後悔した。

「とにかく、そこからは必死でした。『誰か』って、声を上げても、誰も来てくれない。近くには誰もいないって、わかったんです。だから、無我夢中で『ディグルスの地(ここ)下砦』まで走って……。そこに、メノウさんとシャドーさんがいたんです」

 話し終えると、白夜はぐったりした様子で、身体を丸くした。思い出したせいで、気分が悪くなったのだろうか?

 それにしても、白夜の様子は異常だった。

 徐々に呼吸が荒くなり、吐き気があるのか、口元を隠すように手を当てて、何度も吐きそうになるのを堪えている。

「だ、大丈夫?」

 メノウは動揺しながらも、白夜の背中を優しくさすってやる。しかし、白夜の呼吸はどんどん小刻みになっていくばかりで、彼女の容体は悪くなる一方だった。

「ま、まさか過呼吸とか!」

 僕の声は上ずっていた。

「まずいな……」

 紅蓮は苦い表情を浮かべている。

「そうだ、姉さん、シエルなら!」

 看護師のシエルなら、どうにかしてくれるはずだ。僕ははっと思い付いたように言った。

「呼んでくる!」

 僕は声を上げると、脇目も振らずに大急ぎで階段を駆け上がった。

「姉さん! 姉さん!」

 ドンドンと扉を叩く。やがて鍵の開く音がして、扉が開いた。

「なにごと?」

「白夜さんが大変なんだ! とにかくきて!」

 シエルは一瞬、僕を睨みつけた。が、僕の様子からして、ただ事ではないと感じたのだろう。すぐに一階広間まで駆けつけてくれた。

「何があったの?」

 うずくまり、苦しそうにする白夜を見て、シエルが言った。

「わからない、さっきまでは普通にしてたんだけど……」

 メノウが不安気な眼差しでシエルを見つめる。

「思い当たる原因は?」

 言いながら、シエルは白夜の容態を診る。

「げ、原因って言ったって……」

 僕は困惑した。まさか、殺人現場のことを思い出したのが原因?

 ――と。その時だった。

 シエルは階段に置いてあったカフェ・オレを目に止めた。彼女はグラスを手にして、鼻を近づける。そして、眉間に皺を寄せた。

「もしかして、これ飲んだ?」

 シエルの視線に、僕らは顔を見合わせたあと、首を縦に振った。

「最悪」

 シエルは舌打ちして、呟いた。

「え? 最悪って、どういうこと!」

 無意識のうちに、僕の声は大きくなっていた。まさか、原因はカフェ・オレ?

「詳しい原因はあたしにもわからないけど、とにかく、コレに何か変なものが入ってたのは間違いなさそうね」

「そ、そんな……!」

 驚いたのはメノウだった。無理もない、カフェ・オレを入れたのは彼女なのだ。

「……ダメ、痙攣を起こしてる。このままじゃ呼吸困難になるわ」

「ど、どうにかならないの! こ、このままじゃ……!」

 すがるように僕が言うと、シエルが怒鳴り返してくる。

「うるさい! あたしゃ医者じゃないんだよ! どうにかできたらもうやってる!」

 それで僕ははっとした。そうだ、彼女は看護師であって医者じゃない。だから、そこまでの専門知識は持ち合わせていないのだ。

「とにかく、部屋まで運ぼう。アンタたちも手伝って! それから、姉さんは倉庫にある薬、全部持ってきて!」

 シエルの指示に従って、僕らは即座に行動を開始した。

 紅蓮が白夜を背負い、部屋まで運び入れる。そこへ、メノウが救急箱を持って駆けつけた。

 だけど、救急箱に入っていたのは、絆創膏ばんそこうや風邪薬など、一般的な薬剤だけ。当然、『ディグルスの地下砦』には、白夜を治療できるだけの設備もなく……

 仮に医者がいたとしても、結果は同じだっただろう。

 白夜の容態は急速に悪化し、一時間もしないうちに昏睡こんすい状態に陥った。そして、彼女は夜明けを迎えぬまま、静かに息を引き取ったのだった。

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