13.ゴスロリのシャイガール
目を覚ますと部屋は真っ暗だった。物音ひとつしない。
全身にぐったりと覆いかぶさるような気だるい感覚に、あぁ眠ってしまったんだなと、そんな考えが、ぼんやりとした頭によぎった。
うつ伏せになったままポケットから携帯を取り出し、時刻を確認する。ぱっと点灯した携帯画面の照明に目を細めた。
――八時二十三分。
「はぁ……」
僕は二つ折りの携帯を閉じると、再び枕に顔を突っ伏した。疲れはだいぶ取れたみたいだが、まだ少し眠っていたい。
――そろそろ食事の用意ができてるかな?
今が八時二十五分だから、あれから一時間は経過している。皆もう食べはじめてもおかしくない時間だ。
「……よし」
大食堂に行こう。
僕は大きく息を吐き出して気合を入れると、上体を起こした。
ベッドから降りて、部屋の入口でスリッパを脱ぎ、前足だけを靴の中に突っ込んだ。ちゃんと履くのは部屋を出てからでいいだろう。
部屋から出ようと、ドアノブを手を掛けた。――と同時に、扉の向こうから誰かがコンコン、と扉をノックした。
あ! と思った時にはもう遅い。
僕は扉に体重を伸せて、勢いよくドアを開けていた。
ゴンッ!
案の定、そこにいた人物は凶器と化したドアの餌食となった。
「痛っ!」
「わっ、ごめんっ!」
扉の隙間から顔を覗かせると、長い黒髪の女の子がこちらに背を向けて、両手でおでこの辺りをさすっていた。
「だ、大丈夫? ごめん、まさか部屋の前にいるなんて思わなかったから」
不可抗力とはいえ、悪いことをしてしまった。僕は罪悪感から彼女に詫びた。
「だ、大丈夫です。お気になさらず」
白夜は振り返り、僕に笑顔を向けた。だけど本当はかなり痛かったのだろう、目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「ごめん。本当に大丈夫?」
僕は彼女のおでこにアザができてないか確認しようと、扉を開けて、一歩、彼女に近づいた。
「え? ええ、はい! 大丈夫です。大丈夫ですから」
白夜は引きつった笑みで一歩後ずさると、小刻みに手を振りながら、しきりに大丈夫と僕に言って聞かせた。
「そ、そう? アザになってない? まあ……大丈夫ならいいんだけど」
彼女の綺麗に整った前髪の隙間から、赤く腫れたおでこが見えた。
「だ、大丈夫ですこれくらいなんとも……」
それから、妙な間があって、
「……あ、あの……あ、あんまり見ないで下さい」
白夜は僅かに頬を紅潮させて言った。
「え? あ、ああ。ごめん」
僕は心配の余り、彼女のおでこをずっと見ていたようだった。それにしても、本当にシャイな子だ。
「少し腫れてるみたいだけど、アザにはならなさそうで良かった」
僕はほっと一息ついてから、白夜に尋ねた。
「ええと、それで、僕になにか用でもあった?」
「あ、あの……『食事の準備ができたから呼んでこい』って、メノウさんに」
「ああ、それなら、今から行こうと思ってたところだよ」
「そうでしたか。じゃあ……えっと、一緒に……行きます?」
この状況でバラバラに行く必要がどこにあるのだろうか?
僕は思ったことを口にはせず、
「うん。お腹も減ったし」
と、扉を閉めて、靴のかかとに指を入れてちゃんと履きなおした。
それから、メノウから受け取った部屋の鍵を使って扉に鍵を掛ける。
「よし、それじゃ行こうか」
「は、はいっ」
白夜はぎこちない返事をする。どうしてか、緊張しているようだった。
僕は気にせず、歩き出す。白夜は右隣に並んた。
特に会話もないまま、玄関ホールの大階段を下りて行く。――と、彼女は急に立ち止まり、
「あ、あの……」
「ん? なに?」
僕と彼女の目が合った。しかしそれは一瞬で、すぐに彼女は目を逸らす。
「……どうかした?」
「シャドーさん、あの……もしかして」
「……?」
「…………怒ってます?」
「はぁ?」
僕は間の抜けた声を出す。怒っている? 僕が?
「いや……怒ってないけど?」
僕が言うと、彼女は小首を傾げて、
「そ、そうですか? でも……ずっと怒ってるような顔をされてましたけど」
不思議そうに僕の顔を覗き込む。ややたれ目の、大きな瞳にずっと見られて、今度は僕が恥ずかしくなって目を逸らしてしまった。
……あぁ、またか。
僕は内心、やってしまったなと溜息をついた。
友人によく言われるのだが、どうにも寝起きは目つきが悪いらしいのだ。自覚していないだけに、タチが悪い。彼女が緊張していた理由は、僕の機嫌が悪いと勘違いしていたからか。
「ただボーっとしてただけだから、気にしないで」
「そうなんですか?」
白夜の表情にはまだ疑問符が張り付いていたが、彼女はそれ以上追求しようとはせず、かわりに別の話題を切り出した。
「そういえば、今日は島の探検に行ってたんですよね。結局、私は外に出てなくて――……」
大食堂までの僅かな時間。僕と白夜は他愛もない会話を続けた。