12.大好物だろ?
午後 七時三十五分。
僕とナゾシンは『ディグルスの地下砦』に戻ってきた。
玄関ホールには誰もいないが、大食堂のほうから賑やかな声が聴こえてくる。
どうせ酒好きの姉御三姉妹のことだから、もう飲みはじめて盛り上がっているのだろう。
「行ってみようか」
「そうですね」
ナゾシンに返事をして、僕らは大食堂に向かった。
大食堂の扉を開けると同時に、
「酒臭っ!」
と、僕は声を上げて鼻をつまんだ。大食堂は既にアルコール臭で満たされていた。
もう飲みはじめているとは思っていたが、まさかこれほどとは……
「おお、シャドー、アンタも飲むかぁ?」
シエルの頬は紅潮していて、目付きもとろんとしている。彼女はワイングラスを片手にご機嫌だった。
大食堂には、メノウ、シエル、クキ、白夜と、女性陣は全員集合しているが、紅蓮とフェイスの姿が見当たらない。まだ帰ってきていないのか?
「僕は飲まないよ。それより、お腹が減った」
「腹が減ったらビールを飲むんだ。お腹が膨れるぞ!」
クキもできあがっているようで、滅茶苦茶なことを言ってくる。
僕はそれを軽く無視して、
「メノ姉さぁん、ご飯まだー」
と、メノウに夕食を催促した。彼女は食堂の奥――ダイニングキッチンで大きな鍋の中身をかき混ぜている。
「ごめんよお。もう少し時間が掛かりそうなんだ。なにしろ人数が多いから」
「ふむ。なら食事が出来上がるまで部屋で休んでいるよ」
「え? あ、ちょっと、ナゾシンさん!」
ナゾシンは逃げるように大食堂を出て行った。ここにいれば“記憶が吹っ飛ぶまで飲まされる”と思ったのだろうか。うん、その判断は正しい。
僕もすぐに彼のあとを追いかけようとするが――クキに腕を掴まれてしまった。
「シャドーはこっち!」
「ナーゾーシーンーさぁぁん――……!」
扉の向こう――玄関ホールに手を伸ばすも、無情にも扉はクキによって閉じられた。
僕はそのままクキに手を引かれ、無理やり着席させられる。ワイングラスが差し出されると、ボトルを持ったシエルがどぼどぼと流し入れ――やがて表面張力で浮き上がるほど、限界ギリギリまでワインは注がれた。
「ワインの入れ方絶対間違ってるよっ!」
「なに言ってんのさ。大好物だろ? 遠慮するな、さあ飲め!」
言いながら、シエルは僕の肩に腕を回してきた。だいぶ酔っているのか、彼女のこめかみが僕の側頭部に当たる。絡み酒か、酒臭い。
「だから飲まないって言ってるでしょ! ――ん?」
僕は白夜が素面なのに気付く。
「あれ? 白夜さんは飲まないの?」
さりげなく白夜に話を振ってみる。姉御達の注意をそらしたかったのだ。
「白夜たんはまだ未成年でつ」
と、奥からメノウの声。いつの間に“たん”になったのだろう。
「いやいや姉さん、何事も経験だよ。でも、白夜たんは許す」
「許すんかいっ!」
僕がシエルにツッコミを入ったところで、白夜が口を開く。
「今年で成人するんですけど、わたしお酒弱くて……付き合い悪くてごめんなさい」
本当に申し訳ないと思っているのだろう。最後のほうは消え入りそうな声で、よく聞こえなかった。別に誤る必要もないのに、いい子だな。
「白夜さんが気にすることないよ。この人たちがおかしいだけだから」
「「「アァン?」」」
姉御三人同時に睨まれる。うっ、マズッたな……。
白夜をフォローしようとしたつもりが。彼女達の怒りを買ってしまったようだ。
――ぽんっと。
シエルに絡まれたままの僕の肩に、新たな手が置かれた。首を巡らせると、クキの笑顔が――
「シャドーは飲むよねぇ? 飲みたいよねぇぇ?」
言いながら彼女は僕に肩を寄せると、僕の手にそっと自分の手を重ねた。今まさに両手に花、しかし棘が痛すぎる。軽い拷問だ。
僕が無言でいると、クキは僕の手を目の前のグラスに持っていく。持ち上げたグラスから、表面張力で浮いていた分のワインが白いテーブルクロスに零れ落ちる。――くっ、ついに強行手段に出たか!
「……うぅ……」
僕は両耳に当たる彼女たちの吐息に寒気がして、わなわなと震えだす。
「………………飲んでたまるかーッ!」
「わっ!」
突如僕は大声を上げると、驚いて身を離した彼女達から逃れるように席を立ち、大食堂から飛び出した。
無我夢中でホールの階段を駆け上がる。
「はぁはぁはぁ――!」
階段を上りきったところで、膝に手を当て息をついた。危ないところだった……
「――コラー! シャドー!」
大食堂のほうからクキの声がした。急いで飛び出したので、扉は開けっぱなしだ。
僕は声を無視して、自室の扉を開けた。
「ふぅ……」
部屋に入るなり、僕はベッドに倒れ込んだ。
彼女達に付き合っていたら、宝探しどころか二日酔いで残りの日をベッドの上で過ごすハメになる。それでは、せっかく旅行にきた意味がない。
「どうにかしないとな」
なにかいい方法はないものか。ないだろうなあ……
僕は枕に顔を突っ伏した。