11.『Asmoday』
午後 六時十五分。
空は朱色に染まり、かすかに鼓膜をふるわせる波音が、センチメンタルな気分にさせる頃。
僕らは、墓地にいた。
それほど広くない敷地には、十字の墓標が横並びに五基、それが三列と、全部で十五基ある。
……それにしても。
僕は周囲を見渡す。
墓地を囲んでいる石のブロックは崩れ落ち、そのブロックに刺さっている鉄柵は錆びついている。
島の建物は完成して間もないのだから、もちろん、それらは演出ということになるのだろうが。
それでも、怖がりな僕を震えさせるには十分な迫力があった。
「ふむ。『UoE』で墓地と言えば、『ストゥーム墓地』以外にありえない。ここにもなにかありそうだな」
そう言って、ナゾシンは墓地を調べはじめる。
僕は、彼とは違う墓標を見て歩いた。
墓標といっても、特に誰かの名前が刻まれているわけではない。これらは全て、ゲームの世界観を再現しているだけの、ただのオブジェクトに過ぎない。――のだが、その最限度が半端じゃない。
墓石に付着しているシミ、ひび割れ、それから何者かの引っ掻き跡まであった。
――夜に来るのは絶対やめよう。
僕はかたく決心した。
「あ、そうだ」
僕はあることを思い出して、周囲を見渡した。『ストゥーム墓地』には、ひとつだけ、特別な墓標が存在している。
ただのオブジェクトではない、『ストゥーム墓地』のボスキャラクターが眠っている墓標だ。
予想通り、それはあった。
墓地の中央には、ひときわ大きい、豪華な造りの墓標が存在していた。他のものとは明らかに違う、見る者に畏怖の念を抱かせるものだった。
近付いて見ると、十字の部分にも細かな模様が刻まれている。これに間違いないだろう。
僕は、その墓標に刻まれている名を読み上げた。
「えーと、『Asmoday』……か」
『アスモダイ』は悪魔の王だ。そして、ここ『ストゥーム墓地』のボスキャラクターでもある。
ナゾシンは僕の隣にやってきて、続きの文字を声にした。
「血を供えよ。さすれば望みの物を与えてやろう」
「望みの物ってことは、ここにプレートがあるって意味ですよね。とりあえず、血を供えればいいってことなんだろうけど……」
僕はしばし考え込んでから、
「うーん、本当に血を供える、なんててことはないですよね?」
まさか、と冗談っぽく笑ってナゾシンの同意を求めた。
「そうだと思うが。気になるなら試してみるか?」
「え? どうやって?」
「そういえば、無人島だと聞いて持ってきておいたサバイバルナイフが――」
「お断りします!」
「そうか、残念だ」
「……とにかく、血ってことはないでしょう。たぶん、それに似たなにか。ワインとか、トマトジュースとか……。そんなのでいいんじゃないですか?」
トマトジュースで目覚める悪魔の王というのも滑稽だが、まさか本当に血を差し出せなんてことはないだろう。
「なら、どこかにヒントがあるはずだ。なければ、血を供えてみよう」
「だから血はありえないですってば!」
僕とナゾシンは、さらに墓標を詳しく調べた。が、結局、それらしいものは見当たらなかった。
この場所でプレートが手に入るのは、間違いなさそうなのだが……
「暗くなってきたな。そろそろ戻ろうか」
ナゾシンが言った。僕は墓地を調べるのに夢中で、辺りが暗くなってきているのにまったく気付いていなかった。
「そうですね。今日はこれくらいにして、戻りましょうか」
『ディグルスの地下砦』に戻るころには、もう夕食の時間になっているだろう。
妙なところにエネルギーを使いすぎたせいか、甘党の僕は急に糖分が欲しくなってきた。
今晩はデザートに何か甘いものでも食べさせて貰おう。もちろん、温かいコーヒーか、紅茶をセットで。