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第四話

第二章 名も無き戦争(2)



「子供等が助かるのであれば、私達に異存は無い。言ってくれれば何でもしよう」

 ブエルの申し出に誰もが大きく頷いた。それほどまでに住民達の悲しみは切実であったのであろう。儲けた子が原形が違うだけで手放さねばならぬ宿命は、生まれてこなかった命として割り切るには、身ごもって生まれるまでを愛でてきた期間があるだけに陰鬱とした影の方が強いのだろう。

「みんなが出来ることじゃないんさね。この中の二人でいいんさ」

 ブエルの喉の奥がクックと小さく鳴った。

「二人でいいのか? まさか生け贄とか言うのではあるまいな…」

 二人と聞いて虎頭は不安になった。

 ブエルは、噂では魔術にも精通すほどの知識をも得たという。魔術はそれほど一般的ではないが、不可思議な力を発揮する。治療することもあれば、殺す武器にもなるというし、遠方を見定めたり、近い未来さえも的確に予見することもあるという。しかし、小さな魔術には必要無いらしいが、大きな魔術にはそれ相応の代価も必要にもなるという話である。代表的なのが他のものの命『生け贄』だと言われている。どういうプロセスでそれが必要となるかは、魔術を使うものしか知りえない。

「馬鹿なことをお言いでないよ。あんた、あたしを魔術師か何かと間違えてやしないかい? そりゃ、流れ者の付物で、多少の知識位はあるさね。だが、使うとなれば話は別物さね。それ相応の素質が無ければ無駄なことさ。ヒッヒ」

 虎頭の懸念を一蹴すると、ブエルはぐるりを見渡した。

「ここに黒山羊の仔はいなかったかねぇ?」

「仔共を使う気か!?」

 虎頭は一層驚いた。大人であれば分別も付く。危険があれば、それに対しても何らかの対処も出来ようというものだ。しかし、仔共となれば、ある程度の知識は有していても、最善の対処を期待できない。

「なに、大した事をしろというんじゃないさ。ちょっと、様子を身に行ってもらいたいだけさね。少しばかり遠いかもしれないがね。ヒッヒ」

 ブエルの口調は軽い。誰しもが、この不当な申し出に賛同しかねてはいた。だが、難しい事ではないのも確かだ。それ故に、誰もが反対することも戸惑われていた。

「それは、仔共でなくてはならないのかね?」

 交渉の代表者の虎頭には、自然と決定権があるように思われた。証拠に、廻りの誰の眼も虎頭に注がれているではないか。

「そうだよ。大人では濁った眼で、その真意がわからないだろうよ。それが持つ意味も、それが印す道さえもねぇ。」

「では、どうしても」

「条件は、それだけさね。他は何もいらないよ。嫌だと言うのなら、この話はなしだがね。ヒッヒ」

 静寂が流れた。難しくも無い条件を断るには、街の悲しみは重い。

「条件を飲もう」

 虎頭が、太い腕を大仰に組んで静寂に終止符を打った。ブエルが、喉の奥でヒッヒと笑ったが、それが皆に届くことは無かったろう。

「しかし、こちらにも条件はある。少ない仔共を差し出せと言うからには、その真意を聞きたい。詳細も解らず、危険かも知れん場所に仔共はやれん」

「いいさね」

 虎頭の申し出に、ブエルは即答であった。

「この街から二人の子共を、あの万年雪のザハト山へ行かせてもらいたいのさ。あそこでは今、この世界を変えるかもしれない変化がもたらされているのさ。それを見定め、理解して判断して欲しいだけさね。その変化については、あたしも知りはしないよ。ただ、流浪の民の噂では、あの山にこそ真実の終止符があると言われ、それこそが世界の大団円を迎える為のものだという。だが、それには空蝉の身体と無垢な心が必要なのさね。それには、対照的な仔共が必要なのさ。黒山羊と白山羊の仔がね。ヒッヒ」

 息を呑む音が聞こえたように思えた。誰しもがブエルの言葉に聞き入っていたのだ。疑問と期待と不安が混在したような、むず痒くなるようなはなしの内容であったのは確かだ。

「そ、それは、この世界に期待しても良いということか?」

 虎頭の疑問は当然と言えよう。

「どうだろうね。どちらにしても変化はあるだろうよ。ただ、黒山羊の仔も白山羊の仔も、今やこの世界で探すのは大変さね」

 ブエルの溜め息に、廻りの人だかりから声がした。微細なささやきのようだったが、ブエルは聞き逃さなかった。

「居るんだね、黒山羊と白山羊が」

 ざわざわと波打つ人の声に、甲高い子供の声が、一際大きく響いた。

「僕が白山羊だよ。黒山羊はバボーがいる!」

 人波が声の主に振り向くのと同時に左右に分かれてゆく。そこには、確かに白山羊の頭部をした少年が立っていた。十歳にも満たないのではないだろうか。頭部にあるべき山羊の象徴の角もまだ見えない。その少年の背中に隠れるようにして、顔半分だけを覗かせているのは、同じような山羊の仔。だが、決定的に違うのは、その色だろう。漆黒のように黒い。瞳に光が無ければ、黒い塊に見えたかもしれない。

「ガブル、バボー。お前たち、いつからそこに居た?」

 虎頭が叱咤するような口調で二人を見た。怖気づくかと思ったが、白山羊のガブルは胸を張って誇らしげに空を向いた。その、後ろの黒山羊バボーは咄嗟にしゃがみ込んだところを見ると、この二人は色だけでなく、性格さえも正反対なのかもしれない。

「聞いていたなら話は早いさね。どうだい、二人とも行ってみるかい? 一月は掛かる、ちょっとした旅になるだろうけどね。ここからは人間の村も無い。亜人の村もない。ただただ、荒野が続く。恐らく、山の麓にたどり着くまでは、何者にも会うことはないだろうね。ヒッヒ」

 安心させているのか怖がらせているのか、ブエルの言葉は禍々しく聞こえた。

「僕らは、行くよ。みんなのためじゃないか。育ててもらったお父さんやお母さんも二年前に僕らの弟を無くしたんだ。こんなことは、いつかなくならなきゃいけないんだ!」

 空に向けていた顔を皆に向け、白山羊のガブルは叫ぶようであった。握り締めた両手が決意を物語っているようだ。

「利発な仔だねぇ。でも、後ろの仔はどうなんだい? お前さんとは違うかもしれないよ」

 からかう様にブエルが黒山羊を指差した。両手で頭を抱えるようにうずくまってしまっているではないか。

「バボー。お前の口から言いなよ。僕が無理強いしたんじゃ駄目だよ」

 白山羊ガブルがそっと黒山羊バボーの肩を撫でた。震えているのか、バボーはガブルが触れた途端、ビクンと身体を躍らせたが、顔を上げるとしっかりした声音で

「僕も行きます」

とだけ言ってガブルの後ろに隠れた。

「決まったようだね。明日にでも出発しとくれ。無駄な時間は無いよ。世界は今に悲鳴を上げるんだ。今なら、それをどうにかできるかもしれないからねぇ。ヒッヒ」

 おおよそ大それた話をしているとは思えないブエルの口調ではあったが、誰しもがブエルの言葉を疑わなかった。今までにブエルが言ったことで嘘があったことなど無いからだ。

 世界が悲鳴を上げる。想像することすら叶わない惨劇が一同の脳裏に広がりつつあった。

「すぐにでも行くよ」

 さえぎったのは白山羊ガブル。その影で黒山羊バボーも大きく頷いた。

 そんな二人を眼を細めて見るブエルからは、どんな思いがあるのかは窺い知ることは出来なかった。悲壮でも歓喜でも怒気でもない、初めて見せる無表情だったかもしれない。

 廻りの大人たちですら、反対も賛同も無い。否応もない話の進展に、いつの間にか蚊帳の外に追いやられた様であった。

 これから待ち受ける、二人の仔山羊の運命は、今この瞬間に動き出したのだ。



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