第二話
この作品は混迷をたどります。覚悟の上ご愛読いただける方のみに奉げます。
第一章 小さき差別(2)
「ディエル」の街は亜人の都とされる場所からは、かなり離れた僻地であった。
その街の片隅で、今夜も男たちの会合が行われていた。
部屋は十条ほどだろうか、真ん中に大きな瓶が据えられている。その廻りを囲むように十数人の男たちが座して、手に水牛の角で作られた杯を持っている。
深刻そうな話の中、男たちはその杯で瓶の中から液体をすくっては口に運ぶ。どうやら瓶の中身は酒のようである。
「…やはり、トーイのところも『人間』だった…」
黒牛頭の男が話しだした。
「昨日の夜、大鐘山の麓の川から流したそうだ」
一同が重い溜め息を吐くのが感じられる。
「……このままでは、いずれこの街も滅ぶ……」
「外から来る子供の数は、たかが知れている。このまま、生まれる命を闇雲に吹き消すような真似は心が痛い…」
「首都では『人間』が生まれれば殺してしまうという。まだ、この街は良心的なほうだ」
「嘆かわしい話しだ。『人間』との関わりを捨て数十年、すでに世界のあちこちにスラムができ、流浪の民すら数え切れない」
「俺は去年マギとの間に出来た子を川に流した…。その後のマギの悲しみようは見るに耐えなかった…」
「マギには可哀想なことをした。あれほど楽しみにしていたのに、結局救えないままに、流されてしまった。あれほど強い泣き声であったのに…」
「仕方なかろう。『亜人』の運命と言える」
虎の頭、トカゲ頭、豚の頭にキリンの頭、馬頭に河馬頭、熊頭など等、雑多な頭部が自らの子供たちの運命を悲しんでいる。
「…この街だけでも変えることは出来ないだろうか……」
呟きにも似た言葉は誰から発せられたものだろうか? しかし、それはこの中の誰しもが一度は心で呟いた言葉ではなかったろうか?
「出来るわけは無い…。こんな辺境とはいえ、数年に一度は首都から遠征に来る。そんな折に『人間』の子が見つかれば、この街の命運も尽きる」
「そうだな…。今までの悲しみもある。これから救える者が今まで救えなかったとすれば、マギを始め今までに子供を失くした者達も黙ってはいまい。…無理なことだ…」
失意の空気が一同を包む。分かっていたことを言葉にしたことで、改めて悲しい現実を知る。心の底辺まで凍てつかせる確認作業であったろう。
いまや中央に置かれた瓶に手を伸ばす者も無く、重苦しい沈黙だけがささやかに流れていく。
そんな中、屋外を慌ただしく走る人物がいた。何か叫んでいるようにも聞こえるが、興奮しているのか聞き取ることはできない。ただ、どうやら子供のような声であることは確認できた。
「あれは、トワドじゃないか?」
子供の名が一同の間で確認されたと同時に、部屋のドアが壊れんばかりに押し開かれた。
飛び込んできたのは、確かにトワドであった。
「どうした?」
虎頭の男が声を掛けたが、トワドは息を切らせて口をパクパクするだけで、懸命に酸素を吸うことに専念するばかりだ。
「何事か起きたのか?ええい、落ち着かんか!それでも『亜人』の端くれか!」
黒牛頭に一喝されて蛇頭のトワドはスーと一息ついて
「ブエルが明日やってくる!!」
と叫んだ。
「なに!? ブエルが来るとな?」
「一年振りか? あの婆様、今度はどんな土産を持参するやら」
「また『人間』の花火かもしれん。去年は三人も火傷をさせられた」
「いやいや、真実の鏡みたいな宝かもしれん。あれは良い値で売れた。この街が今あるのもあれのお蔭だからのう」
先程までの暗雲とした空気が少しは緩和されたようだ。
「トワド。ブエルが来ると、なぜ知った?」
虎頭がトワドに問う。
「さっき、ブエルの大鷲が見張り台の上に停まったんだ。手紙を咥えていたよ。明日の午後には街に着くって!」
「そうか……みんな、これは良い機会かも知れん。こんな話の最中、流浪の民であるブエルがやってくる。底意地は悪いブエルだが、博識で良識はある。金には興味が無いのも救いだ。噂では呪術にすら目覚めたという」
虎頭は一同をぐるり見渡しながら言った。
「なにが言いたい? あのブエルが救世主にでもなると言うか?」
「エセな知識を振り回し、民を惑わす婆様だ。期待するのがおかしいぞ」
「そうだ、一箇所に留まれず流浪を選んだ愚か者ぞ。なにが出来る?」
一同は口々に疑問や反発を表すが、虎頭の決意は揺るがないようであった。
「流浪だからこそ出来ることもある。ここは、わたしに任せてもらえまいか?」
「………。そこまで言うには自信があってのことか?」
「悪いようにはしない。ここで不毛の論議をするよりは、遥かに進歩的に思う」
静寂の時間が僅かに流れたが、一同は互いを見直し頷き合った。
「任せよう」
「いかな妙案か知らんが、このままで良いわけは無い」
「救える命なら、救わねばならん」
一同の心は虎頭に委ねられた。
話の内容を知らない蛇頭のトワドだけがポカンとしている以外は、明日のブエルの到着を心待ちにすることになった。
ただ、この決断が、大いなる変化の序章とも知らずに………。
つづく