表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Discord  作者: 真白
4/4

第四話 違和感



 ピリピリとした空気が、潮風と共に港に流れる。ブランカーからは、まるで空気を具現化したかのように、絶えず稲妻が発せられていた。


 しかしその上に広がる空は、嫌味な程清々しい青空であった。


「ア、アァァアッ」


 まるで悪魔の叫びだった。

 ひどくかれた声が、周りにいるクレリスターとシルヴィ達の鼓膜を刺激する。

 血を吐きそうな勢いのそれは、男の悲痛さを痛感させるには十分だった。


 フィルは白目の男に、思わず目を細めた。潮風が一つに結わいている黒髪を撫でる。


「結構な力を放出してるわね」


 シルヴィが言った。その声色には呆れと緊張が含まれている。


 フィルは隣にいる金髪の彼女を見上げると、再び男に目を戻した。


(なんだ? なにかがおかしい……)


 不特定な疑問が、フィルの頭を過ぎった。しかし"なにか"が分からない。

 まるで何かがつまったような、もどかしい感情がぐるぐるとフィルの頭の中に渦巻いた。





「――フィル!」


 シルヴィの焦った声に、、フィルは我に返った。ビリッ、という音が聞こえ反射的に後ろに飛ぶと、さっきまで立っていたところに雷が落ちた。

 落雷したところの地面が黒くなる。


「ぼー、としない! 次来るよ!」


 そう言うやいなや、ブランカーの身体から放出される雷が、無差別に辺りに落ちた。

 それを素早くかわしながら、シルヴィが自動式拳銃で男の足元付近に狙いを定める。

 銃声が港に響いた。


 しかし、男は何もないかのように無反応で、依然電気を放出し続けるだけだった。



「やっぱ意識は戻らないか……」

「何やってるにゃー。無傷で倒すなんて無理にゃよ」


 エルマーが笑顔のまま、しかし呆れを含んだ声色で言葉を投げ掛けた。


「分かってるっつーの……!」


 そう言ったものの、シルヴィの青い瞳には戸惑いの色が隠せずに浮かんでいる。


(相手は意識を失って力だけが暴走している。麻酔銃じゃ動きを止めるだけで、力は消えない。かといって殺すのは、嫌だ。……どうする?)


 シルヴィが考えている間にも絶えず電気がブランカーから放出されている。






「ア、アァァァ!」


 男の悲痛な叫びがこだまし、比例するかのように放出される雷の威力が増す。

 ばちばち、と辺りに電気が走り、シルヴィは思わず眉を寄せた。


「シルヴィ、大丈夫?」

「ん、平気。でもどうしようか……」


 なるべく傷付けたくない。それがシルヴィの本音だった。

 それを分かっているのか、フィルは複雑な表情でシルヴィの横顔を見上げたあと、苦しむ男へ視線を移した。


(やっぱり、何かがおかしい。でもなんだ? 何がおかしい?)


 喉が潰れたような叫び声を上げるブランカー。暴走している力に身体が絶えられないのだ。

 フィルは、眉を寄せると彼から出る電気に目をやった。


(さっきから電気は放出されたままで、衰えてない……?)


「……あっ」

「? どうしたの、フィル」

「おかしいよシルヴィ」

「……何が?」

「さっきからあんなに力を放出しているのに、全く弱まっていない」

「そういえば……。確か魔力は生命力に繋がる、のよね?」


 少し自信なさげのシルヴィの言葉に、フィルが頷く。


「あんなに放出しているんだ、普通の人はすぐに魔力切れになるはずなのに……」


 エルマーがシルヴィの家を訪れたのが約1時間前。つまり、最低でも1時間以上はあの状態だということだ。普通ならとっくに力尽きて、下手したら生命力が全て消え、死んでいてもおかしくないのだ。


 しかし、彼は生きている。身体から放たれている稲妻が、何よりの証拠であった。






「この様子だとまだまだ尽きなそうね」


 金髪をくしゃり、と掴み溜息混じりに言った。


「……シルヴィ」

「ん?」

「僕の力を、使うよ」


 決意の篭った声だった。


 シルヴィが勢いよく振り向くと、紫の瞳が真っすぐこちらを捕らえていた。その瞳の奥には、緊張の色が隠せずにいる。


 シルヴィはその僅かな色に気付き、少し口を開いたあと、やめた。

 その変わり、いつもの、活気に溢れる笑顔を浮かべてみせる。


「分かった。援護するわ」

「……ありがとう」


 シルヴィの笑顔に、フィルも優しく微笑んだ。


 彼女は素早く銃をホルスターに入れると、レッグホルスターから、新たな銃を取り出した。見た目はさっきと変わらない、自動式拳銃。

 しかし、機能は明らかに普通の銃とは異なるものだった。


 シルヴィはゆっくり目を閉じ、銃に魔力を込める。

 その銃口は、フィルを捕らえていた。





 それを結界の外から眺めていた男の一人が、目を見開くと、慌ててエルマーに目をやった。


「エルマーさん! あの子ら一体なにを……」

「――バリア」

「は?」

「それがあの子の力。ただし、自身の身体の周り、または自身がバリアの中にいることが基本条件にゃ。――その条件を打ち破ったものが、あれにゃ」


 なお笑顔のまま、シルヴィの手元の銃を見る。男は理解出来ず、眉をひそめた。


「あの銃はある人が特別に造ったシルヴィ用の銃にゃ。あの子の力そのものを弾に変え、弾が当たったところにバリアが張られるにゃー」

「そんなものを造れる人がいるなんて……一体」

「それは、秘密にゃ」


 エルマーが笑顔のまま、しかしそれ以上の質問は許さないように、静かに言った。

 パン! と銃声が響いた。






「あのブランカーに触れる直前にバリアを解くわ」

「うん」

「感電は私にはどうにも出来ないけど……」

「分かってる。大丈夫だよ」


 安心させるように優しく微笑む。しかしそれは今のシルヴィには無効に近かった。


 それでも、自身のパートナーが言ったのだ。大丈夫、と。だから。


「行ってくるね」

「……気をつけて」


 シルヴィの言葉に無言で頷くと、短剣を持つ力を強め、地面を蹴った。

 無差別に飛び交う電気は、フィルまで届くことなく、弾かれる。

 男の元へ着くのにそう時間はかからなかった。


――今だ!


「バリア解除!」


 シルヴィの言葉と共にフィルを守っていたバリアが消える。同時にフィルは叫んでいる男の腕を短剣で少し傷つけると、そこに手を伸ばした。

 ビリィ! と皮膚に電流が走る。


「くぅ……っ!」


 皮膚が焼ける音と、電気が走る音が混ざり合う。

 フィルは口を食いしばり、傷口に触れた。

 途端、黄色い糸のようなものが無数に、男からフィルへと流れる。それは、紛れも無く、生命力だった。






「アァァア!」


 男の悲鳴が大きくなる。

 ビリィ! と身体から放たれる電気が増し、フィルを弾こうとする。


「ぐ、くぁ……っ!」


 フィルの口から悲痛な声が漏れる。

 息苦しい。

 徐々に身体の感覚が麻痺していく。


(まだだ、あと少し、あと少しだ。全てを奪うな。寸前で止めるんだ)


 黄色い糸は依然フィルの身体に流れ込む。


「――っ!?」


――なんだ、今の感じ


 流れ込んでくる糸に、何か違和感を覚えた。まるで性質が変わったかのような、不快な違和感。


「アァァァァ!」

「うぁっ……くっ」

「アァァ、アァァ……」


 やがて最後の足掻きに費やす生命力もなくなりはじめたのか、放出される電気が徐々に小さくなっていった。

 それを確かめると、フィルは素早く手を引っ込める。

 同時に、とうとう立つことも困難になり、倒れ込んでしまった。





「フィル!」


 シルヴィが金髪をなびかせ、走り寄ってきた。フィルは寝転んだまま顔を僅かに動かすと、苦笑してみせる。その姿は所々焼けて、ボロボロだ。


「男は……」


 ブランカーに目をやると、男はふらふらと身体を揺らし、しかし依然倒れることはなかった。身体から放たれていた電気はだいぶ弱まり、小さな稲妻が所々走っているだけとなっている。恐らく倒れるのも時間の問題だろう。


 作戦は成功だった。

 シルヴィは安堵の息を吐くと、今だ倒れているフィルの横に膝をついた。


「大丈夫?」

「なん、とかね」


 へへ、と可愛らしく笑った彼にシルヴィも笑みを浮かべる。

 さっきまでの緊迫した空気が嘘のように、二人の間には穏やかな空気が流れていた。しかし、


「あっ、ブランカーが!」


 その空気を壊すかのごとく、クレリスターの一人が声をあげた。





 咄嗟にシルヴィが顔を上げると、そこにはふらふらと歩いているブランカーの姿が。

 そしてその先にあるのは、ゆらりゆらりとたゆたう海。


 シルヴィは咄嗟に立ち上がり地面を蹴った。

 男の身体が、ゆっくりと海に向かって落ちてゆく。

 誰かが、あっ、と声を上げた。緊張が走る。


 瞬間。


 港に響いたのは、大きな水音ではなく小さな、ぱしっ! という渇いた音だった。


「セーフ……」


 水面に触れる寸前で、どうにか男の腕を捕らえた。

 男は暴れる様子もなく、まるで人形のようにじっとしている。


「う、重っ……!」


 思わず口から漏れる。だが、歯を食いしばると腕に力を混め、そして


「たぁっ!」


 男を引っ張り上げた。なかなかの怪力である。

 まるで釣られたかのように宙を舞う男。

 誰かが感嘆の息を吐いた。

 がんっ! と男が地面にぶつかる。その時。カラン、と別の何かが落ちる音がした。






「あっ」


 シルヴィが小さく声を上げる。

 青い瞳に映ったのは、日差しの中で輝いている銀色の腕輪だった。恐らく男が付けていた物だろう。


 慌てて手を伸ばすも既に時遅く、腕輪はころころと転がり、音をたてて海へと落ちていった。


「あちゃー。……ま、いっか」


 なんともお気楽な言葉は、戦闘の終わりを示していた。


****



「んー、疲れたー」

「はは、お疲れ様」


 伸びをしながら呟いた言葉に、フィルが笑顔で言った。

 先程の戦闘でボロボロなのにも関わらずにこにこと笑みを浮かべている彼にシルヴィは思わず苦笑する。


「なーに言ってんの! それはこっちの台詞よ。実際一番働いたのはフィルなんだから。お疲れ様」


 ねぎらいの言葉をかけながら、少々ボサボサの黒髪を撫でてやる。

 フィルはその行動に、じー、とシルヴィを見上げた。

 いつもは笑うか照れるか、はたまた不機嫌になるかだというのに。

 無表情で見上げてくる紫の瞳に、シルヴィは首を傾げた。


「なに?」

「シルヴィって、僕の頭よく撫でるよね」


 それは疑問形でなかったが、まるで「どうして?」と尋ねられているようだとシルヴィは思った。

 返答を待つようにくりくりとした瞳を無言で向ける少年に、シルヴィは「んー」とうねってみせた。

 やがて出た答えは、


「小さいからじゃない?」


 なんとも直球かつ嫌味にも聞こえる答えだった。

 勿論男であるフィルは、小さいと言われいい気がするわけもなく、口を尖らした。


「そんなに変わらないじゃないか……」

「10cmくらい変わるんじゃない?」

「そんな小さくないよ! せめて5cmぐらいだろ!」

「小さいことには変わりないけどね……。なに? 頭撫でられるの嫌い?」


 きょとんと首を傾げ尋ねたシルヴィに、フィルは複雑そうに首を横に振ってみせた。


「嫌い、じゃないけど……」


 男としては複雑だ。その言葉は飲み込んでおく。

 なんとも思春期じみた悩みに、フィルは思わず苦笑いを漏らした。






 周りからみるとなんとも微笑ましい二人を、エルマーは少し離れたところから見ていた。――否。瞼から覗かせた翡翠の瞳は、正確には、フィルを捕らえていた。


 エルマーは感情の読めない笑みを浮かべたまま、さっきの戦闘を思い出していた。


(傷口から生命力を吸収し、自らの力に変える能力、か。あの子が暴走したら大変なことになりそうにゃー)


 今は優しく微笑んでいるフィル。しかし、その力は彼の性格に関わらず、恐ろしいものに変わりはないのだ。


「……似合わない力だネェ」


 エルマーの呟きは、誰にも聞かれることなく潮風に消されていった。



****



「はーい、おっつかれにゃーん」

「……」

「シルヴィ、顔」


 ピンクの頭に付けた黒い猫耳を、手でぱたぱたとしながら迎えたエルマーにシルヴィは女とは思えない表情を浮かべた。

 それにフィルがすかさずつっこむ。


「はい、これが今回の収入にゃ」

「うひゃ、パンパン!」


 封筒がはち切れんばかりに詰まったお札に、シルヴィが目を光らせた。


「現金だなあ……」

「何か言った?」

「いや、なにも」


 別の意味で目を光らせたシルヴィに、フィルは慌てて目を反らした。


「エルマーさん、あのブランカーはどうしますか?」

「ん? とりあえず本部の幽閉所に入れといてにゃ。刑の実行はそれからにゃ」

「わかりました」

「……」


 クレリスターの男とエルマーの会話に、シルヴィは気を失っているブランカーを見た。






 数人掛かりで運ばれているブランカーは、まるで死んでいるかのようにぐったりとしていた。


「……あのブランカー」


 呟いたのはフィルだった。シルヴィが隣を見ると、彼は目を細めブランカーを見つめていた。


「あのブランカーが、どうかしたの?」

「うん……。さっき能力を使ったとき、何か違和感を感じたんだよね……」

「違和感?」

「僕もよくわからないんだけど……。今まで感じたことのない違和感だった」


 フィルの言葉に、エルマーは気付かれないようそっと目を開けた。

 口元は相変わらず弧を描いていたが、それとは裏腹に、その瞳はまるで何かを探るように、フィルを見ていた。


「……とりあえず、今日は早く帰りましょ! あんたの傷の手当もしないとだし」


 明るい声でシルヴィが言った。

 フィルはその言葉に、まるで今自分が怪我していることを思い出したかのように「あぁ」と声を漏らす。


「これぐらい大丈夫だよ」

「それでも手当はしないとでしょ? まっかせて、私がちゃんと手当してあげるから!」

「えっ」


 自信満々に胸を張ったシルヴィに、フィルは思わず顔を引きつらせた。






「い、いいよ、自分でやるから」

「何で? こう見えても私、ちょっとは手当上手くなったのよ! ……多分」

「多分って付ける時点で駄目だよ、シルヴィ」


 苦笑しながら優しくつっこみを入れたフィルの言葉を無視し、シルヴィはその場から歩きだした。


「じゃ、エルマー私達は帰るから」

「あ、ちょっと待ってよシルヴィー!」

「またよろしくにゃーん」



 去っていく二人の背に肉球の手袋をはめた手で、見送る。

 やがて二人の姿が見えなくなると、手を振るのをやめた。


 そして甲高い口笛を吹いた。





 瞬間、にゃーんと可愛らしい声が近寄ってきた。視線を下にずらすと、そこには黒猫がエルマーを見上げていた。

 丸い金色の瞳が日差しに照らされきらきらと輝く。

 エルマーは笑みを深めるとその黒猫を優しく持ち上げた。

 そして毛並みを整えるように背を優しく撫でる。


「お疲れ様ー。ちゃんと見ていたかにゃ?」

「にゃー」

「そうかそうか、偉いにゃ。後でご褒美あげるからにゃー」


 まるで会話をしているかのようだった。実際、しているのかもしれない。


「さて、戦闘の報告をしに行くとするかにゃー」


 呟くともう一度猫の背を撫でた。

 黒猫は大人しくされるがままだった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ