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Discord  作者: 真白
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第二話 始まり

 太陽が丁度真上にある。まだまだ柔らかな日差しは、大地を照らしていた。


 そこはアルマンド国の中心部に位置する街、カンザス。


 露店などが連なり、なかなかの活気に溢れている。


「はぁー」


 穏やかな街中に不釣り合いな溜息が小さく響いた。


 溜息の主である少女は、鎖骨まである金髪を揺らし、空のように澄んだ青い瞳は少し伏せ気味で、歩いていた。

 その手元には、紙袋に入った大量の林檎。


 それは現在より少し幼い、シルヴィ=アルベルトであった。


 シルヴィは大量の林檎を不機嫌そうな表情で持ちながら、ずんずんと歩いている。

 そして、暫くして再び出た溜息。疲労からくるものではなかった。






「あんの、甘党男……。なあにが、"帰りに沢山林檎買ってこい"だ、全く……」


 愚痴を零し、甘党であるアパートの主を思い浮かべる。

 余計に腹がたった。


「だいたいこんなに林檎買って、一体なに作るんだろ……。アップルパイかな」


 甘党なだけあって、スイーツを作るのは上手いセドリック。


 シルヴィは焼きたてのアップルパイを思い浮かべ、思わず恍惚な表情を浮かべた。


「おい居たか!?」


 想像に浸っていると、男の焦りを含んだ声が耳に届いた。

 何だろう、と振り向くとそこには黒いコートに身を纏った男達がいた。

 皆、息を切らし焦りの表情を浮かべている。


「いや、こっちには居ない!」

「くそ、逃げ足の速いガキだ」

「全くだ」


(げ、クレリスター)


 思わず眉をひそめる。

 ブランカーにとって敵と言っても過言でない反魔術教団(クレリスター)の存在は、ブランカーであるシルヴィも毛嫌いしていた。


しかし当のクレリスターはシルヴィの存在に気付いてないようで、また直ぐに走っていった。






(ブランカーでも暴れてるのかな? でもそれにしては街の人はいつもどおりだし……)


「――ん?」


 ふと、何かを感じてシルヴィは足を止めた。


(魔力……?)


 感じたもの、それは自身も持っている魔力であった。

 しかし、やはり何処かで暴れている様子はない。

 シルヴィは慌てていたクレリスターを思い出し、「なるほどね」と小さく呟いた。


(多分コレを付けてないブランカーが居たんだろうな)


 自身の首に手を伸ばす。そこには、もう何年前から付けているかわからない、白いチョーカーがあった。真ん中には銀の逆十字架がはめられている。

――魔力抑制装置だ。


(ガキってことは子供なのかな。あんなむさい男達に追われるなんて可哀相)


 そう思いながら、腕の中にある大量の林檎を見つめる。そしてふと思い出した。そういえばバッグに予備用の魔力抑制装置持ってたな、と。


「……よし、探しにいこっと」


 頭の隅にセドリックが思い浮かんだがとりあえず無視した。





****



 魔力を辿って歩いていると、いつの間にかに薄暗い路地裏についていた。


 活気溢れる街とは裏腹に、そこは静まり返っている。ところどころに張り巡らされている蜘蛛の巣に、シルヴィは思わず眉を寄せた。


「多分この辺だと思うんだけどなあ」


 小さく呟いたはずなのに、やたら大きく響いた気がした。


 暫く路地裏を歩いていると、先に十字路が見えた。

 とりあえず真っ直ぐ進もうとした時、


「動くな」


 鋭い声が静かに響いた。

 そして喉元に感じる冷たい感触。

 シルヴィは予期しなかったことに、身体を固まらせた。

 紙袋の林檎が一つ、地面に落ちる。






(気配が、よめなかった……)


 情報屋の仕事を手伝っているため、ある程度の戦闘は出来るようになっていた。

 しかし、今は全く気付かなかったのだ。


 それは、自分より戦闘馴れしていることを意味していた。


 冷や汗が頬を伝う。


 シルヴィは目だけを動かし、右を見た。

 そして思わず、「え」と声を漏らした。


 薄暗闇の中に短剣を向けていたのは、黒いコートに身を包んだ、自分より幼いと思われる少年であった。


 黒髪を腰まで伸ばし、紫の瞳は鋭く細められている。少年、と呼ぶには中性的な顔だが、纏う雰囲気は少女にしてはあまりに鋭いものだった。


(あ、この子ブランカーだ)


 横から感じる殺気混じりの魔力に、シルヴィは意外にも冷静に考えた。

 よく見ると、首に魔力抑制装置はない。






「……君、あいつらの仲間?」


 あいつら、とは恐らくクレリスターのことだろう。


 シルヴィは思わず首を振ろうとしたが、喉元にある短剣のことを思い出し口を開いた。


「……違う」

「本当に?」

「本当よ」


 きっぱりと言うと、少年は殺気を抑えゆっくり短剣を下げた。

 シルヴィは安堵の息を吐いた。

 そんなシルヴィを見て、少年は口を開き、


「疑って悪かった」


 無表情で、小さく謝罪をした。

 そして直ぐにその場を去ろうと歩きはじめた。

 が、それをシルヴィが止めた。






「ちょーと待った」

「……なに?」


 相変わらず無表情で少年が言った。


 足を止めたことを確認すると、シルヴィは自身のバッグの中を漁りはじめた。


 しかし大量の林檎を抱えているため、なかなか上手く探せない。


 暫くその光景を見ていた少年が、再び足を進めようとすると、


「だから、待ってってば!」


 今度はさっきより少し強めに、シルヴィが言った。

 少年が僅かに口を尖らす。


「えーと、たしかこの辺に……あ、あったあった。はい、これ」


 そういって少年に差し出したものは、自身もしているチョーカーだった。

 しかし少年はそれが何かわからないのか、眉をひそめそれを見つめている。


「なに、これ」

「なにって、魔力抑制装置」

「魔力抑制……?」

「知らないの!? 私達ブランカーは法則で、これを付けてないといけないのよ? 貴方付けてないでしょ?」


 シルヴィの言葉に、少年は自身の首に手を伸ばす。

 そんな少年に、シルヴィは思わず苦笑した。






「さっきのやつらに追われてたのも、多分そのせいよ。だからはい、あげる!」

「……いいの?」

「いいのいいの!」

「……あり、がとう」

「どういたしまして。って、あぁ!」


 何かに気付いたように、シルヴィが突然大声を上げたので、少年は思わずびく、と肩を揺らした。


「貴方怪我してるじゃない!」


 そういって少年の右腕を指差す。暗くて見ずらいが、確かにそこからは血が流れていた。


「あぁ、さっきあいつらに銃で撃たれたから」


 少年はいたって冷静に言った。

 しかしシルヴィは少年の言葉に眉を寄せる。


「あいつら子供にまで銃向けるなんて最低! 信じらんないっ」


 ぷんぷんと怒りながら地団駄を踏むシルヴィを、少年は不思議そうに見た。


「何で君が怒るの?」

「何で貴方は怒らないのよ!」


 質問を質問で返された。





 返事をしないでいるとシルヴィが少年の腕を掴んだ。そしてポケットから取り出したハンカチを、傷口に巻く。


「とりあえず、ないよりはましよね。ちゃんとした手当はセドリックにやってもらおう」

「セドリック?」

「私の親代わり! 気持ち悪いぐらいの甘党なのよ……って今はどうでもいっか。とりあえず、私の家に行こ。あ、その前に早くチョーカーつけてね。クレリスターに見つかったら面倒だから」


 饒舌(じょうぜつ)とはこのことか。と少年は密かに心の中で思うのだった。


 そんな少年の心情など知らず、怪我をしている腕と反対側の腕を掴み歩きだそうとしたシルヴィに、少年は口を開いた。


「いいよ、そこまでしなくて」

「良くない! 怪我人ほったらかしにしてたら後味悪いでしょっ」


 どうやら遠慮の言葉はシルヴィには効かないらしい。少年は思わず、小さく苦笑いを漏らした。


 無表情以外の少年の表情に、シルヴィは小さく口を開き


「苦笑いかあー」


 ぽつりと呟いた。

 意味がわからず、少年が首を傾げると、今度はシルヴィが苦笑した。





****



 シルヴィの家であるレンガ造りのアパートに着くと、シルヴィは真っ直ぐ自分の部屋に向かった。


 とりあえず少年をベッドに座らせ、そして電話でセドリックを呼ぶ。


 暫くしてやって来たセドリックは、部屋に入るなり身体を固まらせた。


 赤い瞳の先には、ベッドに座り、身体を覆っていたコートを脱ぎ、細くもしっかりとした腕を出している少年と、少年の前で屈んでいるシルヴィの姿。

 それはセドリックから見ると、まるでシルヴィが見知らぬ少年とキスをしているように見えた。


 勿論、実際はそんなことはなく、他に大きな傷はないか調べていただけなのだが。






「そ、そうか、お前とうとう彼氏が……」

「なに寝ぼけたこと言ってんの? いいから早くこっち来て」


 動揺しているセドリックに、シルヴィが冷ややかな目を送りつつ手招きした。

 しかしその瞳に気付いていないのか、依然動揺を隠せないまま、少々ボサボサな赤髪を手櫛で整え、近寄ってくる。


 そして少年の前に立つと、ごほん、と咳ばらいをした。


「えー、君がシルヴィの」

「つまらないボケはいらないから」

「ボケってなんだ、ボケって!」

「いーいーかーら! この子の傷の手当、してあげてくれない?」


 そう言って少年の右腕を指差した彼女に、セドリックはやっと目の前の少年がボロボロだということに気が付いた。

 ところどころ擦り傷や切り傷があり、そして一番酷い右腕は、指先にかけて血痕がついている。


 シルヴィと大差ないであろう少年の異様な姿に、セドリックは目を見開いたあと、小さく溜息を吐いた。


「シルヴィ、救急箱持ってこい」


 さっきまでの動揺は、既に見られなかった。



****



「とりあえずはこんなもんで平気だろ」


 そう言いながら包帯や薬品などを救急箱に戻す。

 見た目に寄らない手際の良さに、少年は思わず負傷した右腕を見た。

 そこには綺麗に巻かれた包帯(ただし苺柄)が。


「セドリックって、無類のスイーツ馬鹿なのよ」


 少年にだけ聞こえる声でシルヴィが言った。


「ん? なんだよ、二人してこっち見て」

「別にぃー」


 ぷい、と顔を逸らしたシルヴィに、セドリックは眉をひそめた。が、直ぐに視線を少年へ移す。


「――で? 結局そいつは誰なわけ?」


 視線は少年に向けたまま、シルヴィに質問する。


 すぐに返ってきた答えは、あまりに簡単なものだった。


「さあ?」

「……はあ?」


 挑発にも聞こえる返事に、数秒遅れてセドリックの口から出たのはなんとも情けない声だった。

 勿論、シルヴィは挑発しているわけでもなく、至って真面目なのだが。






 口をぽかん、と開けたセドリックに、シルヴィは再び口を開いた。


「怪我してたから連れてきた」


 それは頭を抱えたくなる言葉だった。――否、セドリックは実際に頭を抱えていたが。


「いや、怪我人を放っておけない優しさは喜ばしいんだろうけど、でも……」


 ぶつぶつと自分自身と会話しているセドリックを横目に、シルヴィは少年へ目を向けた。


「貴方、名前は?」


 ごく普通の質問。しかし、彼は答えようとはしなかった。変わりに口を固く結び、紫の瞳は伏せがちになっている。


 何故そのような態度を取るのか分からず、シルヴィはこてん、と首を傾げてみせた。

 部屋に静寂が流れる。


「……ないんだ」


 静寂を破ったのは少年だった。しかし、酷く小さな声は、最後しかシルヴィに届かなかった。

 思わず聞き返すと、少年はとうとう目を完全に伏せて、


「わからないんだ」


 酷く無感情な、しかし悲しげな声だった。


 それは再び部屋を静寂にするには、十分な言葉だった。






 重たい静寂の中、少年が再び話しはじめた。


「僕には、記憶がないんだ」

「……記憶喪失か」


 セドリックの言葉に頷く。


「気付いたら知らない所に倒れていて、持っていたのは僅かな金と武器だけ。それに"クラウン"という言葉だけだった」

「……だから、魔力抑制装置のことも知らなかったんだ」


 少年は無言で頷くと、閉じていた目を開いた。

 紫の瞳がなにを考えているのかは、わからない。


 暫くの静寂の後、口を開いたのはシルヴィだった。 彼女はその場に似合わぬ明るい声で、


「分かった。私が一緒に探してあげる!」


 と、満面の笑みを付けて言った。

 あまりに予想外の言葉に、少年は思わず目を見開いた。それはセドリックも同じであった。






「なに言ってんだよ突然」

「この子の記憶を探してあげるんだってば」

「探す、って一体どうやって?」

「とりあえずは、クラウンっていうのがなんなのか、からよね。それだけ覚えていたなら、きっと何か記憶に大きく関わることよ!」


 胸を張り、自信満々に言ったシルヴィに、セドリックは深い溜息を吐いた。


「あ、住むところはないんだよね? じゃあ私の隣の部屋で良い?」

「はっ? しかもここに住ませる気かよ!」

「だって部屋余ってるじゃない! どうせセドリックは本業でがっぽり稼いでるんだから、良いでしょう?」


 勿論、本業というのは情報屋のことだが。


「ね、どう? 貴方がよければここに住まない? それにここには優秀な情報屋もいるし、捜し物するにはうってつけだと思うの!」


 優秀な、を強調して言ったシルヴィにセドリックは自慢げに鼻を高くした。

 一方の少年は、話に着いていけずただ無言で、セドリックを見た。






 無表情ながらも困惑の色を隠せない少年に、セドリックはもう一度深く息を吐いた。


「……仕方ねぇなあ。ただし、情報屋の仕事を手伝うなら、考えてやってもいいぞ」

「セドリック!」


 少年よりもシルヴィが嬉しそうに笑みを浮かべるのをみて、セドリックは思わず苦笑いを漏らした。

 そして、ぐるん、と顔を少年に向け、期待を込めた眼差しで少年を見つめる。

 少年はきらきらと輝きを放つ青い瞳を見上げ、困惑した末に、「よ、ろしく……」とシルヴィの意見に合意するのであった。





****



「フィル!」


 聞き慣れた声に名前を呼ばれた。目を開けるとそこにはあの時のように瞳をきらきらと輝かせたシルヴィがいた。


 しかし、その姿はあの頃より幾分大きい。


 そこでフィルは――あぁ、夢を見ていたのか――と気付くのだった。


「……どうしたの? シルヴィ」

「セドリックがアップルパイ作ったの! 食べに行こっ」


(そういえばあの後も、アップルパイ食べたなあ)


 今より少しだけ幼い、けれど笑顔は変わらない彼女に、笑みが漏れた。


「? どうしたの?」

「ううん、なんでもないよ。シルヴィは先に行ってて良いよ」

「そう? わかった! フィルも早く来るのよっ」

「分かってるよ。僕もアップルパイは好きだからね。全部食べられたら嫌だし」

「私そんな食いしん坊じゃないわよ!」


 「そんなこと言ってると、フィルの分も全部食べちゃうからね!」と言葉を残して部屋を出て行ったパートナーに、フィルはくすくすと笑った。






(名前は……そうだ! フィルなんてどう?)


 あの時の彼女の言葉が脳内に響く。

 姿は変わっても、やはり彼女の本質は何一つ変わっていない。


 食いしん坊で、少し我が儘で、でもとても優しい女の子。


(いつか、恩返しが出来るといいな)


 何もなかった自分に、名前と、居場所をくれた彼女に。


 今日の空はあの時と同じく、澄んだ青空であった。



はい、皆さんこんにちは!

Discord第二話を読んでくれてありがとうございます!



今回の話はシルヴィとフィルの出会いですね。

本当は一話にしようかとも思ったのですが、そうするといろいろと面倒なことに(まだまだ文章力がないため)……汗



ここで明らかになったのは、フィルが記憶喪失だったということです。

Discordの重要な部分1です。

何だか記憶喪失ネタは王道の中の王道ですが、私は大好きです^^



ここまで読んでくださってありがとうございました!

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