第一話 ブランカー
そこは、小さな街であった。
柔らかな日差しが街を照らしている。小さな街ながらも、中々活気に溢れているそこは、なんとも平和な風景だった。
パン! パン!
その穏やかさを壊すかのような音が街に響いた。それは明らかに銃声で、この街にはあまりに不似合いな音だった。
ざわつく人々。
すると数人の男達が、何かから逃げるかのように人々の間をすり抜けていった。
そして、すぐにそれを追うように、
「こぉらー! 待ちなさい!!」
まだ幼さの残る少女の声が街に響いた。
セミロングの金髪を揺らし走る彼女は、片手に銃を持ち男達を追っている。肩のところだけ切り取られたかのようなを白いロングコートは、第三ボタンまで閉められ、赤いプリーツスカートが覗いている。彼女は、銃を構えると男達の足元を打ちはじめた。
パン! パン! パン!
「うわあああ!」
「意外に逃げ足はやいわねっ」
「シルヴィ!」
男の声に、少女――シルヴィ=アルベルトは依然男達を追ったまま、ちらり、と隣を見た。
そこには黒髪を一つに束ねている少年の姿が。中性的な顔立ちをした少年――フィルは、黒いロングコートを揺らし、紫の瞳でシルヴィを捕らえた。その中には焦りの色が見れる。
「こんな街中で銃使ったら危険だよ!」
「大丈夫! 街の人には当てないから!」
「大丈夫じゃないだろ!? もし間違って――って」
「いい加減に止まりなさいー! じゃないと撃つわよ!」
「もう撃ってるじゃねぇか!」
「あんた達が止まらないからでしょ!」
「んな理不尽な!」「理不尽じゃない!」
「もうシルヴィってばー!」
フィルの話を無視してシルヴィは男達を追う。
「えぇい、こうなったら!」
「え、シルヴィまさか……」
フィルの戸惑いの声を聞きながら、シルヴィは自身の首に手を伸ばした。そして白を基調としたチョーカーを外す。
「ちょ、やばいよシルヴィ! もしバレたら……!」
「大丈夫! バレる前にけりをつけるから!」
言うやいなや、シルヴィは足を止めた。そして太ももに忍ばせてあった別の銃を取り出すと、銃口を男達に向ける。
シルヴィはゆっくりと目を閉じた。金髪がふわり、と揺れる。
(男達は三人。街の人は端に寄っているから、男達の最低でも半径1m以内にはいない。――いける!)
「範囲測定完了! 目標、前方を走る男達! ――いっけぇ!」
パァン! と銃声が響き、銃口から緑色の光が放たれた。光の弾は、男達の足元におちると、瞬間男達の周りを透明な緑の壁が囲んだ。
男達は急のことで止まることが出来ず、ドンッ、と壁にぶつかる。
「っ!? 何だこれ、壁!?」
「くそ、先に進めねぇ!」
「一体どうなって……」
「私の能力よ」
混乱する男達の耳に、音符が付きそうな軽快な言葉が届いた。その声に、男達は身体をびく、と揺らし恐る恐る後ろを振り向くと、
「覚悟は出来てるわよね?」
可愛らしい笑みを浮かべ、銃口を透明な壁の中に入れているシルヴィの姿が。
「う、うわぁぁあ!」
パァン!
銃声と男達の悲鳴が響いたのは、ほぼ同時だった。
****
「盗賊捕獲完了しました!」
ピシッ、と敬礼のポーズをし、シルヴィは警察官に言った。その表情はとても清々しい。
「あぁ、ご苦労様。よくあの盗賊を捕まえてくれた。……ただ」
警官はそういうやいなや、後ろをちら、と見た。
「ほら、とっとと立て!」
「〜〜たぁっ! た、たのむ、さわらないでくれぇ……」
「は?」
「ぜ、全身が痺れて……」
「立てない……っ!」
「……一体何をしたんだ?」
警官が嘆いている男達からシルヴィに視線を戻した。
シルヴィはそれに満面の笑みを浮かべ、
「何もしてませんよー。ただ、痺れ薬を撃っただけです」
「な、なるほど」
あまりに清々しい笑顔で言うシルヴィに、警官は思わず冷や汗をかいた。
「それより、約束のものは?」
「あ、あぁ、はい。これが君達の欲しがっていた情報とお金」
そういい、大小二つの封筒をシルヴィに渡す。
シルヴィは封筒を受け取り、中を確認した後、警官に礼を言いその場を去っていった。
「……あれがあのセドリックの助手か」
「……流石っすね」
そう言ったのは誰だったか。
****
「んーっ、今日の仕事も完璧っ!」
「何が完璧だよっ」
「あたっ!」
伸びをしながらシルヴィが言うと、誰かに頭を叩かれた。頭を抑えながら振り向くと、そこには呆れ顔をしているフィルがいた。
僅かながらもシルヴィより小さいフィルは、シルヴィを見上げ、口を尖らしている。
「もし魔術使ったことがバレたらどうするんだよっ」
「まぁまぁ、バレなかったんだしいいじゃない」
「そういう問題じゃない! ただでさえ魔力を持っている僕らブランカーは目を付けられているのに、あんな人前で力使って……! もしバレたら捕まるんだよ!?」
「でも誰も警官に告げ口しなかったし。 良い街ねー!」
「あのねぇ……はぁ」
言っても無駄、と感じたのか、フィルはそれ以上言うのをやめた。
そんなフィルを見てシルヴィはくすくすと笑うと、フィルの黒髪を少々乱暴に撫でた。
「結果オーライだったんだから良いじゃない。それに、あのまま街中を逃げ回られたら、そのうち誰か人質にとりそうだし。ね?」
「……分かったよ」
「さっすがフィル!」
「だてに何年もシルヴィのパートナーやってないからね」
苦笑しながら言ったフィルに、シルヴィは嬉しそうに笑った。
「さ、早く帰ってセドリックのとこ行こう」
「その前にどっかでご飯食べない? 私お腹ペコペコー」
「だーめ。ご飯はセドリックのとこ行ったあと」
「えーっ! フィルはお腹すかないの?」
「すかない」
即答したフィルに、シルヴィは頬を膨らました。
「むー、だからフィルは大きくなんないんのよっ」
「なっ、それは関係ないだろ!」
「関係ある! ほら私をみなさい。ちゃんと立派に育ってるでしょ?」
「……脂肪が?」
「なっ! し、失礼ね、私そんな太ってないわよ!」
「どーだか……いたっ!」
「フィルのばーか!」
べー、と舌を出して速足で先を歩くシルヴィに、フィルは叩かれた頭を摩りながら自分より少し高いシルヴィを追い掛けた。
****
しばらくして二人が着いた場所は、レンガ造りのアパートだった。中々綺麗なアパートだが、住人はシルヴィ、フィルを含め10人に満たない程少人数だ。
「セドリックー、情報収集してきたわよ」
一階の、管理人室と書かれたドアを叩きながら言う。すると中から、入っていいぞー、とけだるそうな声が聞こえた。
中に入ると、そこはまるでメルヘンの世界のような場所だった。壁には額縁に入ったスイーツの写真。棚の上にはスイーツの形をした置物。そしてどこからともなく香る、少々濃い甘い香り。
シルヴィとフィルは鼻を抑え、ソファーに座っている部屋の主を見た。
「はい、資料」
「おー、サンキュー」 鼻声で言ったシルヴィに、部屋の主――セドリック=ブランザはまたもけだるそうに礼を言った。
ボサボサの赤毛を掻きながら封筒を開ける姿は、どこにでもいるような三十代半ばの男だ。しかし着ている服は苺柄と、顔と服が合っていない。――否、服だけにあらず、この部屋とも合っていない。
しかし当の本人は気にしていないのか、封筒の中に入っていた資料を見ている。
一方のシルヴィとフィルはというと、部屋に充満するきつい香りに、身体をプルプルと震わせている。
「……ん、確かに。お前らご苦労さ――」
「っもう無理いいいい!」
封筒の中身を確認し終えたセドリックが再び礼を言おうとした瞬間、シルヴィが叫びながら、目にも留まらぬ速さで部屋を出ていった。
「あっ、シルヴィずるい! 一人だけ逃げるなんて……うぷっ」
「おい大丈夫かよフィル。顔真っ青――」
「僕ももう無理……!」
またもセドリックの言葉は遮られ、今度はフィルが部屋を出ていった。
バタン、とドアが閉まる音がし、セドリックはしばらく玄関のほうを見たあと、ふう、と息を吐き、
「ったく、お子ちゃまにはこの甘美な香りの良さがわからねぇのかねー」
と呟くのだった。
****
セドリックの家から飛び出て行った二人は今、カンザスの街中を歩いていた。
そこは、出店なども所々見られ、中々活気に溢れた街であった。
「はぁー、危うく吐くところだったわ」 疲れきった表情を浮かべ、言ったシルヴィに、フィルは思わず苦笑する。
二人とも片手には林檎が握られている。
「あの香りは何度嗅いでも馴れないよね」
「ねー。あんなスイーツ馬鹿が……もぐもぐ、そこそこ有名な情報屋だなんて、世界は不思議よね……」
「あはは……」
林檎をかじりながら言ったシルヴィの意見に同意なのか、フィルは苦笑しつつ頷いてみせた。
「きゃあっ!」
突然、街中に女性の鋭い悲鳴が響き渡った。咄嗟にシルヴィとフィルが後ろを振り向くと、そこには地面に座り混んでいる女性の姿。
そして、女性のものだと思われるバッグを持ち、こちらに走ってくる男の姿があった。
「泥棒ーっ!」
女性の悲痛な叫びが響く。その光景を見たシルヴィは、溜息を吐くと持っていた林檎をフィルに投げ渡した。それを片手で受け取ったフィルはシルヴィを見上げ、
「大丈夫? 僕がやろうか?」
と、言葉のわりにあまり心配していないような口調で言った。
シルヴィはそれに「平気っ!」と腕を回しながら言った。青色の瞳は依然男を見据えたままで。
「どけぇっ!」
男が声を上げ、ポケットからナイフを取り出した。周りの人間はそれにおののき、自然と道を作る。
しかし、その先にはシルヴィが余裕そうな笑みを浮かべ男を待っていた。
「そこの女邪魔だ!」 男がシルヴィに向かって言った。しかしシルヴィは依然笑みを浮かべたまま、動こうとはしない。
シルヴィの挑発的な行動に、男は舌打ちするとナイフを前につきだした。
「まったく、今日は泥棒によく会うなぁ」
ぽつり、と呆れたようにシルヴィが呟いた瞬間。数m先に迫っていた男に素早く近づくやいなや、男の腕を掴んだ。そして同時に男の足を蹴り、バランスを崩す。
男は咄嗟の出来事についていけず、目を見開いた瞬間、地面にたたき付けられた。それはほんの数秒の出来事だった。
「かはっ」
「ただナイフ持ってれば大丈夫だなんて、思わないほうが良いわよ」
男に忠告すると、シルヴィは首に手刀をいれ、意識を失わせた。
シルヴィは男が気絶したことを確認すると、小さく息を吐いて立ち上がった。
すぐさまフィルが寄ってきて、
「ご苦労様、シルヴィ」
林檎を渡してねぎらいの言葉をかけた。
シルヴィはニッ、と笑うと食いかけだった林檎をシャリ、とかじった。
「そういえばバッグ。えーと確か……」
「あの、私のです、それ」
「あ、貴方のね。はい、どうぞ」
「ありがとうございます!」
バッグの持ち主が深々と頭を下げ、礼を言った。シルヴィはそれに少し照れ臭そうに頭をかく。
「これからは気をつけてくださいね」
「はいっ……あ」
女性が頭を上げた瞬間、何かを見て目を見開いた。シルヴィとフィルは女性の反応に、首を傾げる。
女性は気まずそうに目を逸らすと、もう一度頭を下げ、そそくさとその場を去っていった。
「なんなんだろ?」
女性の後ろ姿をみて不思議そうに呟いたフィル。しかし隣から返事は返ってこず、変わりに溜息が聞こえた。フィルが隣を見上げると、そこには苦笑を浮かべているシルヴィがいた。
「シルヴィ?」
「……もう、鈍いわね。これを見たんでしょ、きっと」
そういいながら自身の首元を指差す。そこには、白いチョーカーがあった。中心には銀の逆十字架がはめられている。
それは、魔力抑制装置であった。普段能力を使うのを禁じられているブランカーが付けることを義務付けられているもの。
同時に、周りに自分は異質だと示すものでもあった。
「……シルヴィ」
フィルが心配そうな声色で名前を呼んだ。
複雑そうな表情を浮かべ見上げてくるフィルに、シルヴィは苦笑してフィルの黒髪を乱暴に撫でた。
「わっ、ちょ」
「そんなしけた顔すんじゃないわよ! 私なら大丈夫だからさ!」
「わ、分かったから! 髪ボサボサになるっ」
「うりゃあーっ」
「もー、シルヴィーっ!」
困りながらもどこか楽しそうなフィルに、シルヴィも楽しそうに黒髪をボサボサにするのだった。