駅近ダンジョン
スライムに解剖学は通用しないが、それをAIは理解しないし、ブラック労働は心身を削る。
「シュウさん。最近、ちゃんと寝てますか?」
「……」
差し出した「プロテインバー(158円)」無言で受け取った愁さんは、袋ごと噛みちぎる勢いで食らった。
「ジヴ、シュウさんのバイタルを」
『深刻なエネルギー不足だね。全身が栄養分を求めて悲鳴を上げているよ』
190センチの巨躯が、2,900円のゴム長靴でダンジョンを踏みしめる。
龍ヶ崎愁の目は、死んだ魚より光を失っていた。連日12時間のコンビニ夜勤。医大の講義。合間の睡眠。効率を無視したスケジュールが、人間を「動く肉塊」に変える。
『今なら、特売の「新潟産コシヒカリ」一俵で、彼を奴隷にできるよ』
「労働力として使い物にならないようでは、元も子もないぞ」
今回の現場は、駅裏にある雑居ビルの地下排水溝。不法投棄された業務用油を喰らって肥大化した「オイル・ヘドロ・スライム」が配管を塞いでいる。
周囲には、胃の内容物をぶちまけたような酸化した油と腐敗臭が充満していた。
「シュウさん。今日は、あの『動く産業廃棄物』の処理をお願いします」
「……解剖か。いいだろう」
愁さんは、持参した『耐油PVC防寒ザクタス(2,900円)』を履き直す。プロ仕様の長靴だ。ガソリンや油にも耐えるその靴底が、ヌルつく床を確実に捉える。
俺が用意したのは、ワークマンの『ニトリルゴム背抜き手袋(1双100円)』を二重に嵌めたもの。その上に「使い捨てポリエチレン手袋」を重ね、養生テープで手首を塞ぐ。油の侵入は、精神的な敗北を意味する。
『警告。スライムの粘性が、排水管の圧力と相まって上昇。並の刃物では弾かれるよ』
「ジヴ、弱点は?」
『中心核。ただし、厚さ30センチの酸化油層に守られている。溶解させるには、強アルカリが必要だね』
俺はバックパックから、100均で揃えた「重曹(100円)」と「クエン酸(100円)」を取り出した。これを、ぬるま湯で高濃度に溶かす。
「シュウさん、抑えてください。核を露出させたら一気に」
「わかった」
愁さんが前へ出る。彼は『防水サロペット(耐油加工・2,900円)』の裾を締め、巨大なヘドロの塊に素手――いや、ニトリル手袋を嵌めた拳を突き立てた。
グチャッ、という不快な音が響く。
スライムが愁さんの腕を飲み込もうとするが、彼は眉一つ動かさない。
「胸椎……が、ない」
「でしょうね? むしろ、何であると思った?」
医大生として鍛えた指先で、魔獣の構造を「解剖学的」に捉えようとしたものの、多細胞生物であるかも怪しい軟体類に手こずり、ぼそりと呟いた。
これも睡眠不足のせいだろう。
「だから、油汚れの対策なら持って来た!」
俺は、100均の「霧吹きボトル」で重曹水をヘドロに叩きつけた。続いてクエン酸。激しい発泡と共に、スライムの体表面がドロドロと崩れていく。
露出した「核」は、不法投棄された金属ゴミを巻き込み、凶悪なまでの虹色を放っていた。
「シュウさん!」
愁さんは、俺が渡した「100均の万能バサミ」を逆手に持つ。核を繋ぎ止めている粘膜の結合部を迷うことなく、ミリ単位の精度で断ち切った。
一突き。
パリン、という硬質な音。スライムは一瞬で液状化し、配管の奥へと流れ去った。後に残ったのは、油にまみれた高純度魔石だ。
「……終わったか」
愁さんは手袋を脱ぎ捨て、新しい「ニトリル手袋」に付け替えた。
「お疲れ様です。これが、約束の『焼肉食べ放題チケット(3,000円分)』と現金です。しっかり食べたら寝てくださいね」
『今日のシュウの消費カロリーは、牛タン20人前で補完可能だね。……リエ、魔石の鑑定結果が出たよ。時価15万円。ピンハネしがいのある額だね』
「仲介手数料が嫌なら、直売先を見つけるか、魔石の活用法を開発する必要アリだ」
俺は、長靴に付いた油汚れを「強力洗剤(100円)」で洗い流す。
装備のメンテナンスを怠る者は地上に生還できない。それがダンジョンの鉄則だ。
■収入:
・魔石(大型):150,000円
・ビル管理会社からの清掃報酬:50,000円
■支出:
・シュウへの報酬(現金+焼肉券):40,000円
・装備消耗(長靴・サロペット減価償却):450円
・消耗品(重曹、クエン酸、手袋、テープ):432円
・魔石売却仲介料:45,000円
■純利益:+114,118円
(+配管の通りの良さ)
次回:ピタゴラスイッチと生態系の異変。




