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”和音”が重なる場所  作者: ろっく


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9/21

第9話・ボタン


週末の夜は、いつも、店の空気が少しだけ浮つく。


暖簾を出す前から、今日は混みそうだな、と誰もが思っている感じだ。


俺は、焼き台の前で炭をいじりながら、その空気を感じていた。


ヤヨイは、俺から少し離れたところで、ホールを眺めながら、グラスを拭く。

特に会話はない。視線も、交わすことはない。


——仕込み中、少しだけ言い合いになった。


理由は下らないことだ。

仕込みの順番とか、言葉の言い方とか、

疲れとか、そんなもんが重なっただけだった。


どちらも悪くない。でも、なぜかどちらも引かなかった。


些細な食い違い。ボタンをかけ違えたまま、夜が始まる。


開店してから、すぐ、



「やってる?」


いつもの調子で賑やかにザキとシンが、来た。


「あ、いらっしゃーい」


ヒロミが声を上げる。いつもの席に案内する。


「生、2つねー」

「はいはーい」


ヒロミは、軽快にオーダーを通す。


「モモ―!生2個ねー!」


シンは、ヒロミの声を聞いて、一瞬照れたようにニヤついた。

ヤヨイは、いつもと同じような笑顔を、いつもの客に向けた。


「今日は早いね、ザキさん、シンさん」

「休日出勤だったしな。代わりに月曜代休になったんだ」

「そうなんです。だから解放感半端ないすよ」


モモが、ふたりの前に生ビールを出した。

そのままシンの顔をじーっと見つめる。


シンが、ザキとグラスを合わせ、ビールを一口飲んでから、ふと、モモに顔を向けた。


「何?」


モモが、急に、大きな声を出した。


「シンさんって...…ヒロミさんのこと、結構好きですよね?」


一瞬、時間が止まる。


「ちょ、ちょっと!」


ヒロミが慌てて止める。

シンは、ビールを口から吹き出すと、顔を赤くした。


「え、は、な、なに、き、急に」


モモは、ニヤニヤしながらシンを見る。


「ま、まあ、嫌いじゃ、ないけど...…」

「ほらー、そうだと思ってたんだよねー」


モモが嬉しそうに言う。


「やめてよ、何なのよ、もう、モモってば」


ヒロミは赤くなっている。

マナが、その話を聞きつけて、会話に混ざる。


「あれ?私はシンさん、イズミさん、だっけ?

 あの人のこと気になってんのかと思ってたけど」

「え、そうなの?」

「いやいや、そんなことないってば」

「えー?」

「ふーん?」

「もう、急に、勘弁してよ、モモちゃん」

「良いじゃねえか、なあ、ヒロミ」


ザキがヒロミを見て、からかう。

ヒロミは、照れてキッチンに逃げ込んだ。

シンは、生ビールを半分ほど飲み干した。


俺は、そのやり取りを、苦笑いしながら、見守る。

そういう話は、墓穴を掘ることがあるので、

踏み込まないことにしているのだ。


噂話は、勝手に育つ。

楽しそうで、結構だ。



「こんばんは」

「いらっしゃいませー、あ、」


ヤヨイが、反射的に声をかける。暖簾が割れて、入ってきたのは、イズミだった。


俺は、その姿を1度しっかりと視界にとらえると、無意識に声が少し低くなった。


「いらっしゃい」


ヤヨイの心に、チクッと、何かが刺さる。

でも、何も言わずに、イズミに笑顔を向ける。


その一瞬の、何でもない沈黙。

いつもと違う、感触。


「いらっしゃいませ、イズミさん」

「また来ちゃいました」

「生ビールでいいですか?」

「いえ、今日は、ハイボールにします」

「分かりました」


ヤヨイが、一瞬俺を見る。——俺は、それに気づかない振りをした。


ヤヨイが、ハイボールを手に、イズミに近づく。空気を変えるように笑う。


「どうぞ」

「ありがとう」

「お久し振りですね、お元気でしたか?」

「はい、何とか」


俺は、何となく違和感を感じる。

今夜は、何か、違う。


俺は、目の前のイズミを見ないようにして、

その先にいる、ザキに声をかける。


「ザキ、今夜終わったら

 久し振りに1杯、行こうや」

「お、どうした、珍しい。良いな、行こう行こう」


俺は、曖昧に笑って焼き台に視線を戻す。

ヤヨイは、何も言わなかった。


ホールの端に移動したヤヨイは、ヒロミに手招きをした。


「ヒロミちゃん、今日、終わったらちょっと......家で飲まない?」


ヒロミは、ちょっと考えた後、


「良いですよ。今夜はミチコさんの家に、ヒラリお泊りだから」


と答えた。

俺は、聞こえない振りをした。

それから店は、すぐに忙しさを増していった。


そこそこ忙しかった営業時間の終わるころ、

俺は、帰りがけのザキと、待ち合わせの約束をする。

そのあと、暖簾をしまい、提灯の明かりを消した。

シャッターを下ろす。


「お疲れ」


声が少し掠れた。


「お疲れさま」


ヤヨイも、それだけ返す。


お疲れさまでーす、と言い残して、

モモとマナが、バタバタと帰った。

ヒロミは着替えるために、トイレに入る。

俺は、ヤヨイに近づき、言った。


「ちょっと、行ってくるわ」

「……うん、行ってらっしゃい」


一瞬、ヤヨイは、何か言いかけて、言葉を飲んだ。


ヒロミが着替えを終えて、出て来る。

ヤヨイは、何かを振り切るように、くるりとヒロミに向き直った。


「ヒロミちゃん、行こう」

「うん」

「今日カズネ、連れて帰るよー」


ヤヨイは、カズネを抱き上げると、

ヒロミを連れて、振り向きもせずに帰っていった。


俺は、その背中を、黙って見送り、店を出た。


俺達は、それぞれの夜を過ごす。



わたしは、ヒロミちゃんと一緒にコンビニに立ち寄った後、

部屋の鍵を開けた。


リビングのテーブルの上に、店から持ち帰った賄いの残りと、

缶チューハイが2本。

カズネは、ヒロミちゃんの横で丸くなる。


「で、どうしたの?」


ヒロミが言う。


「コンドウさんと、喧嘩でもした?」

「そういうわけじゃないんだけど...…」

「今日、何か、おかしかったね」


ヤヨイは、少し考えてから、答えた。


「仕込みの時、ちょっとね、あと...…」

「ああ、イズミさん?」


ヒロミが、続ける。


「コンドウさん、あの人のこと、...…気になってるみたいに見えたね」

「別に、何もないとは、思うんだけどさ...…」


わたしは、自分の想いが言葉にならないことに、少し苛立つ。


「お客さんだし、久しぶりに来たからだとは、思うんだけど...…」

「コンドウさん、優しいからね。それに、ああいうタイプ、放っとけない人だし」

「ああいうタイプ?」

「前に、進もうと頑張ってる人」

「......」


少し間が空き、ヒロミが言う。


「ヒラリの父親も、そんなとこあったな」


ヒロミの声が、——少し低くなる。


「……そうなんだ」

「優しい人だったよ。面倒見良くて。

 だから...…私のことはちゃんと見なかった。...…コンドウさんとは、違うと思うけどね」


ヤヨイは、何も言わずに、チューハイの缶を傾けた。


「だからさ」


ヒロミは続ける。


「ちゃんと、喧嘩できるの、悪くないと思うよ」

「……そっか」


カズネが、小さく鳴いた。


―――


俺は、ザキと居酒屋のカウンターに並び、タバコに火を付ける。


「で?どうした」


ザキが言う。


「ヤヨイちゃんと、何かあったのか」


俺は、煙草を片手に、麦焼酎の水割りが入ったグラスを傾ける。


「別に、何もねえよ。昼間ちょっとな...…ただ、何かな...…」


俺は、自分の想いが言葉にならないことに、少し苛立つ。

ザキが聞いた。


「あ、ようやく結婚、するのか」

「しねえよ」


俺はすぐに、否定した。


「即答だな」

「今は、まだ考えてねえ」

「でもさ」


ザキは、少し真面目な声になる。


「手放す気も、ないんだろう?」

「...…」


俺は、何も言えなかった。

ザキが、笑いながら言う。


「...…面倒くせえな、お前」

「うるせえ」


俺は、少し笑うと、灰皿に視線を移して、タバコを消した。



――深夜

ヒロミが帰って、部屋は静か。


わたしは、ソファにもたれて床に座り、カズネに話しかける。


「ねえカズネ、わたしさ、——独りよがりに、なってないかな...…」


カズネは、顔を上げただ、わたしを見ている。


「わたしにも、何か言ってよね。……まあ、いっか」


......そのまま床の上で寝落ちした。


―――


玄関を開けると、リビングから明かりが漏れていた。部屋は、静かだ。


「ただいま」


リビングに入る。カズネが、俺を見上げた。

ヤヨイが、ソファにもたれたまま床で寝ていた。

俺は、低い声でヤヨイに言う。


「……おい、また風邪引くぞ」

「......うん、おかえり...…」


ヤヨイは、そう呟くと、また眠りに落ちる。


俺は、小さくため息をつくと、寝ているヤヨイを、寝室に運んだ。

――軽い。

ベッドに寝かせ、布団をかける。少し、寝顔を見つめた。


俺は、ヤヨイの寝室を出ると、さっと少し散らかったリビングを見渡し、

明かりを消し、自室に入った。


――朝。

キッチンからの物音で目が覚めた。俺は、寝室を出るのをちょっとためらう。


気まずい。

...…全く、何だっていうんだ。

寝室を出ると、ヤヨイは、いつもよりちょっと固い笑顔を、俺に向ける。


「おはよう」

「...…おはよう」

「今日、わたし...…ヒロミと出かける約束したから、ちょっと行ってくるね。

 ......ごはん、作ったから」

「...…ああ、わかった。行ってこい」


ヤヨイが出かけた後、

俺は、ヤヨイの作った食事を取る。

コーヒーを入れ、ソファにすわり窓の外を眺めた。


久し振りの、ひとりの休日。——こんな時間も、悪くない。

ふと、シャツの胸元を見ると、ボタンをひとつ、掛け違えていた。


指先で外し、きちんと、留め直す。

俺は、少し冷めたコーヒーをすすり、

今日1日をどう過ごすか考えた。


ヤヨイは玄関を出ると、

コートのボタンを留めなおした。

少し振り返り、歩き出した。


何か、変わったわけじゃない。

何か、話したわけでもない。


それでも、このままではいられない、と思う。


窓の外で、生活の音がする。日常は、続いている。


掛け違えたボタンは、焦らずに、

直せるときに、直せばいいんだ。


                   つづく



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