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”和音”が重なる場所  作者: ろっく


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第4話・思い出の中の街


イズミが帰ったあと、

賑やかな店内も、徐々に人が減り少しずつ静かになっていった。


「じゃ、そろそろ片付けようか」


ヤヨイの一言で、残っていた空気が動き出す。


俺は、提灯の明かりを消し、コウが、グラスを下げ、ヤヨイが、暖簾をしまい、

ヒロミが、テーブルを拭き、タカヤは、ゴミ袋を引きずる。


「今日は、なんか時間が経つの早かったですね」


コウが言う。


「中盤、バタバタしたからね。忙しいと時間経つの、早く感じるよね」


ヒロミが答えた。


俺は、炭を片付けながら、いつも通り、黙って聞いている。


「あの、さっきの人、イズミさん」


タカヤが少し真面目な顔で言う。


「……印象、残るっすね」

「イズミさん?」


ヤヨイが言う。


「名前、もう覚えたんだ」


ヒロミが笑う。


「覚えますよ」


タカヤは少し考えてから言った。


「なんか、こう……大人の現実を見せられた、みたいな

 ...…何か、よくわかんないけど」


「タカヤ、若いな」


ヒロミが、笑いながら茶化す。


「また来ると思います?」


コウが、俺の顔を見て聞く。


「来るだろ」

「答え、はやっ」

「こういうのは、縁、だからな」


俺は、曖昧なことを言って、曖昧に笑った。


片付けがひと段落し、みんなを見渡す。


「お疲れさん。......じゃ、一杯だけやるか」


わっと、にわかに空気が揺れ、ささやかなお疲れ会が始まる。

みんなグラスを手に、それぞれの場所に座る。


「じゃ、お疲れさん」


軽くグラスを合わせる。

お疲れ様でーす、という声が重なった。


俺は、カウンターに座り、少し離れてその景色を眺める。


「今日さ」


ヒロミが言った。


「私たち、ちゃんと居場所だった気がする」

「何それ、どゆこと?」


コウが笑う。


「褒めてんの。分かんないかなー、このニュアンス」

「それって、機能してたってことっすか?」


タカヤが言う。


「機能って...…言い方。人にしか作れない、空気ってあるでしょ」


ヒロミが返す。


俺は、そのやり取りを聞きながら、カウンターに肘をついた。


少しだけ、目を閉じる。


――夢の中だろうか。

カズネが俺の横に居た。

さっきと、ほとんど変わらない風景。少しだけ、薄暗い。俺は、カズネを見る。


「……イズミ、どうだった」


カズネは少し近づいてきて、言った。


「安心してたよ」

「...…良かった」


俺は、ほっと息を吐く。

カズネは小さなくしゃみをすると、伸びをしながら、続けた。


「コンドウがいたから」

「そうか?」

「ありがとね」


カズネは、しっぽを一度だけ揺らした。

少し間を置いて、カズネが言う。


「人ってさ...…居場所を見つけるんじゃない。“思い出す”だけなんだよ」


俺は少し、鼻で笑う。


「相変わらず、曖昧なこと言うな」

「答えは、そいつにしかわからないだろう?」


それだけ言うと、カズネの姿が、すーっと消えていった。


―――


「……ねえ」


肩を揺すられる。


「ねえ、帰るよ」


ヤヨイだった。


「……ああ、寝てたか」

「夢、見てたでしょ」

「まあな」

「みんなもう帰ったよ。私達も、帰ろう」

「ああ、すまん」


ヤヨイと一緒に、静けさを取り戻した街に出て、家路につく。

並んで歩いていると、ヤヨイが話し出した。


「夢、カズネ出てきたの?」

「分かるか」

「分かるよ」


しばらく黙って、歩く。


「...…良かったね、イズミさん」

「……ああ」


それ以上何も言わず、ただ、並んで歩いた。


――二日後。

毎週日曜日は、定休日だ。


カズネが、足元で寝ていた。いつもは置きっぱなしだが、

土曜日の夜だけ、連れて帰ってくるのだ。


昼前のキッチンで、ヤヨイが食器を出している。


「今日は何か予定ある?」

「特に決めてない」


そう答えながら、コーヒーをふたつ入れ、ひとつをヤヨイに渡す。

ありがと、そう言って受け取ると、ヤヨイは、遅い朝食の支度にかかった。


俺はリビングのソファーに座り、コーヒーを飲みながら、

窓の外を眺める。今日は、いい天気だ。

ベランダには、洗濯物がはためいていた。


ヤヨイが食事を作る音を聴きながら、

なんとなく昔のことを、思い出していた。


―――


――刑事になって間もない頃だ。

その頃の俺は、毎日についていくのが精一杯で、疲れていた。


警察署の近所に行きつけの居酒屋があった。

酒も料理も、特別じゃない。ただ、居心地だけが、妙に良かった。


そんなある日、その店の店主を、逮捕した。

大した事件じゃなかったけど、その店主は、半年の実刑を食らった。


出所した後、しばらくしてまた、店主は店を開けた。

俺はその頃、移動して違う街にいたが、噂を聞いて、店に顔を出した。

久し振りに見た店主は、少し瘦せていたが、元気そうだった。


「もうあんなことは、やらねえよ......こりごりだ」


そう言って、笑っていた。


それから数年通っていたが、ある日、主人に、病気が見つかった。

俺は、居心地のいい店が無くなるのは、嫌だった。


「店、どうすんだ」


そう尋ねた時、突然、


「店、あんたにやるよ、コンドウさん」


そう言われた。

俺は、冗談だろ?と笑った。


辛いこともあったが、俺はこの仕事が好きだった。

その時は、刑事をやめる、なんて未来、想像できなかった。


そんな頃、ある事件でひとりの女性と出会った。


ある反社の男が、行きつけのバーの女性に執拗に絡んでいた。

その行為は明らかに異常で、女性は恐怖を感じて、警察に相談に来た。

それが、ヤヨイだった。

俺たちは、彼女を保護し、その男を追う。

その男はしつこく、ヤヨイの近くに気配を残しながら、巧妙に隠れていた。


捜査が長引くにつれ、その男の足取りがつかめなくなっていった。

ヤヨイは、毎日怯えて暮らしていた。

俺は、彼女を守りたい、と、思うようになっていた。


ヤヨイは、その頃すでに両親はなく、頼れる親戚もいなかった。

寄りかかれるのは、俺しかいない。


ある日、ヤヨイが男に拉致されそうになった。

守りきれないと思った。——制度の中では、難しかった。

俺は、刑事を辞め、ヤヨイを連れ、その街を離れた。

後悔は、なかった。


やがてこの街に戻り、店を引き継いだ。

店主は――ありがとう。頼んだよ、コンドウさん、

そう言って、この街を去った。


「——なあ...…一緒に、暮らそうか」


そう言った時、ヤヨイは、驚かなかった。

少し考えてから、


「うん。そうだね」


そう言った。

それだけだった。


それが、今も続いている。


「ごはん、出来たよ」


ヤヨイの声に、俺は思い出から引き戻される。

足元には、カズネが居た。


テーブルの上には、美味しそうな焼き魚と味噌汁と、

キラキラと湯気を立てるご飯が並んでいた。


「サンキュ。いただきます」


テーブルに着き、手を合わせる。

ヤヨイは、俺と向かい合って座り、いただきます、と手を合わせると、


「何考えてたの?」


と聞く。俺は、


「あの頃を、思い出してた」


と答えた。ヤヨイは、しばらく黙って箸を動かした。

やがて、


「一緒に居てくれて、ありがとう」


と、小さな声で囁いた。

俺は、その笑顔を見ると、小さくうなずき、味噌汁をすすった。


穏やかだな、と思う。

ヤヨイは、毎日俺の近くで、笑って暮らしている。

――俺は、コイツに出会えて、良かったと思っている。


翌日。

俺はカズネを抱き上げると、ヤヨイと並んで、店まで歩く。


店に着くと、俺はカズネを床におろす。

カズネは、伸びをすると、カウンター下の、いつもの場所で丸くなる。


いつもの、始まり。

俺たちは、店を開ける支度を始めた。


この街では、出会いも別れも、繰り返されていく。


俺たちは、その景色の中のただの一軒だ。


笑い声、迷い、喜び、痛み、孤独...…

様々な音が流れていく。

それは、明日になれば、上書きされていく。


それでも、消えずに積み重なって、

やがて、

誰かの「戻る場所」になる。


また、客が来る。

荷物を降ろし、コートを脱いで、食べて飲んで、話す。

少しだけ、安堵してそれぞれの夜に、帰っていく。


それでいい。そうして、続いていくのだ。


                (つづく)   



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