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”和音”が重なる場所  作者: ろっく


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第3話・宿り木


「いらっしゃい」


そう言った時、俺の声が、もう一段低くなったのは無意識だった。

店内のあちこちから、いらっしゃいませー、と声が飛んでくる。


イズミは、前と同じように、入口でほんの一瞬迷ってから、店に入ってきた。

かろうじて繕った微笑みでイズミは答える。


「こんばんは」

「どうぞ。空いてるよ」


カウンターの端を指すと、イズミは小さく頷いて腰を下ろす。


「また、生でいいか?」

「……お願いします」


ヤヨイが伝票を書き、コウがグラスを用意する。


その間にも、店は動いている。


「ヒロミ、3番テーブル、串先」

「はーい」

「コウ、冷蔵庫から豆腐出しといてくれ」

「はい、了解っす」


コウは返事は良い。でも動きは、少し遅い。

そしてなぜか、冷凍庫を開けて中を覗き込む。それを見てたヤヨイが突っ込む。


「コウってさ、了解って言う割に、イマイチ聞いてないよねー」

「ひどっ!聞いてますよ」

「そう?にしては、そこ、冷凍庫だけど?」

「あれ?」


ヒロミが笑いながらイズミに出す生ビールを手に横を通る。


「はいはい、コウ君ドンマイでーす」

「通常運転だな、コウ。なんか...…安心するわ」


ザキが笑う。


カズネは、カウンター下のいつもの場所から

そのやり取りを、少しだけ目を細めて見ていた。


イズミの前に、生ビールが置かれる。


「どうぞ。お待たせしました」

「あ、ありがとうございます」


泡を一口飲んで、イズミは小さく息を吐いた。

焼き台の前にいるコンドウと、賑やかな店内。

仲が良さげな、従業員と常連さん。——そんな風景を眺める。


何だか、親戚の家に来たような、少しの緊張感と、安心感が

イズミの胸にじわじわと湧き上がる。


...…まだ2回しか来たことがないのに。


あの日、ここの近くの立ち飲み屋に昼間から入った時と、

全然違う、とてつもない多幸感。


...…ああ、ここに居たいな。自然と、思えた。



「……落ち着きますね、ここ」


イズミが、言う。俺は、答える。


「そうか?」

「はい。みんな...…ちゃんと、自分の場所にいる感じがして」


俺は焼き台から目を離さず、それなら良かった、とだけ言った。


——自分の場所。

その言葉が、イズミの中で静かに残る。


いつもの私は、どこにいても少し浮いている感覚がある。

考えすぎなのか、気にしすぎなのか、分からないまま立ち位置を探す。


でも今は、探す前に、もう座っていた。

いつの間にか、......風景になっていた。


その足元に、カズネがいつの間にかいた。


「あ……猫」

「いるだろ。勝手に居ついちまったんだ」


俺は答える。


「何言ってんの、自分で拾って来たくせに」


ヤヨイが、笑いながら言った。


「そう、だったか?」

「そうよ」


イズミは、猫に視線を落とす。


カズネは、逃げない。距離を測らない。

ただ、そこにいる。それが、当たり前のように。


「今日は、起きてるんですね」

「だいたい起きてるよ」


カズネは、イズミの靴先に鼻を近づけ、それから静かに丸くなった。

なんとなく、懐かしい「猫」の面影が、イズミの心に浮かぶ。


「名前、なんでしたっけ?」

「カズネ」

「……お店と同じだ」

「ああ」


ヒロミがすっと会話に混ざる。


「カズネ、人見知りしないんですよ。気に入った人のそばに勝手に寄ってきて、

 じっとそこにいるんです」

「そうなんだ、好かれてんのかな?」

「そうですね...…疲れてそうな人が好きかもですね」


イズミが、ほんの少しだけ笑った。

俺はちょっと焦ってつっこむ。


「ヒロミ、余計なこと言うなよ」

「えー、そうじゃないですか?」


タカヤが眉をひそめる。


「猫に好かれるとか、正直、よく分かんないっす。何か、合理的じゃないってか...…」

「出た!合理的。好きだねー、それ」


ヒロミが即座に返す。


「タカヤってさあ、よく人の気持ちを計算するよね」

「だって、その方が早いし」

「早いかもだけど、雑だよ。気持ちって、計算してわかるもんなの?」

「じゃあ、どう言えばいいんすか」


にわかに、会話の熱量が上がる。

そのまま、ヒートアップしそうになった時、イズミが、くすっと笑った。

ヒロミが少し慌てる。


「あ……すみません。うるさくて」

「いいのよ。今の、ちょっと面白かったし」


ヒロミはちょっと気まずい顔で笑う。タカヤは、まだ納得してない顔だ。


「そういえば、お名前、イズミさん、ですよね?」


ヤヨイが、タイミング良く話題を変える。

俺は、少しほっとした。

ヤヨイは、こういう空気をちゃんと読んでくれる。


「コラム、読みました。......お名前も、そこで」

「え?」

「あ、たまたまです。美容院行った時、置いてあって」


名前を知っていることを、ごまかす言い訳だ。

まさか、夢で猫が教えてくれたなんて、言えるわけがない。

本当は、休みの日にわざわざ本屋まで行って買って来た。

......まあ、そのおかげで俺も読めたんだが。


思いがけず、名前を知っていたこと、それを呼ばれたこと、自分の言葉を知っていたこと、

そのことにイズミは少し、驚いているように見えた。


「……ありがとうございます」

「言葉の選び方が優しいなって思って」


イズミは、一瞬だけ視線を落とす。

――優しい。

その評価に、少しだけ戸惑う。


俺は、言葉を重ねた。


「人を突き放さない文章って、書く方はしんどいよな」


焼き台から顔を上げないまま。


「普通は...…逃げ道用意するからな。自分の分のさ、孤独にならないための、言葉を」


——支える側の孤独。


夢の中で聞いた声と、今の言葉が、俺の中で静かに重なった。


イズミはすぐに返さず、ビールをもう一口飲む。

天井を見上げ、息をつく。


「……それでも、何故か...…辞めたいとは思わないんですよね」

「そうだな」

「……不思議ですよね」


タカヤが、俺を見て、堪え切れずに、口をはさんだ。


「...…でも、それって結局、自分で選んでるんすよね?」

「まあ、そうだな」

「なら、そんなに悩むこと、あるっすか?」


一瞬、空気が止まる。


「しんどいんなら、辞めればいいんじゃないんすか?仕事っすよ?

 ......変えられるじゃないすか」


ヒロミが、あー、と小さく声を出した。

コウが、タカヤの顔を見る。

ヤヨイは、小さくため息を漏らした。


...…そういうことじゃねえんだよ。コイツの、こういう所がもどかしい。

俺は、タカヤの顔を見て、ため息交じりに言った。


「選んでるからって、楽だとは限らないだろ」

「……そうなんすか?」

「それに、仕事だからと割り切れるもんでもねえし、

 しんどくても、辞めたいってわけでもねえしな。

 あー、...…分かんねえか、今は」


ザキが、芋焼酎のグラスを片手に、笑う。


「店長、タカヤに甘いな」

「そうか?うるせえな」


タカヤは、コウと顔を見合わす。コウは、お手上げと言うようにふーっと息を吐いた。


イズミは、そのやり取りを、黙って聞いていた。


その時カズネが顔を上げ、イズミを見上げる。


視線が合って、ほんの一瞬、時間が止まった気がした。


音が消える。


——私、ここに...…居てもいい?


言葉にすると壊れそうな感覚。

でも確かに、ここで私はちゃんと呼吸が出来ている。


カズネは、私を見て、しっぽを揺らした。


音が戻る。


微かにほほ笑むと、イズミは、俺の顔に視線を移して、静かに尋ねる。


「……また、来てもいいですか」


俺は、答える。


「ああ、来ればいい」

「答えは、...…まだ出ないんですけど」

「ここは、答えを出してから来る所じゃないさ」

「そうですよ」


ヤヨイが、言葉を重ねた。


「私たちは、いつでもここにいますから。

 いつでも、いらしてください」


その言葉で、イズミの肩から力が抜けた。


賑やかに、様々な――音が、重なる。

俺達は、ちゃんと、寄り添えたんだろうか。


しばらく過ごした後、

イズミは笑って小さく手を振ると、

振り返らずに、帰っていった。


                    (つづく)



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