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”和音”が重なる場所  作者: ろっく


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2/21

第2話・夜の先と、重なる声


――俺は、薄暗い夢の中にいた。

そこは店でも自宅でもなく、ただ「静かな場所」だった。


目の前に、茶虎の猫がぼんやりと浮かび上がる。

――カズネだ。


コイツは、変な猫だ。人の心が分かるらしく、

店で気になる人がいるとこうやって俺に伝えてくる。


「……また、か」

「また、だね」


声は、音というか、直接頭に響いてくる感じだ。


「今夜は?何だ」

「コンドウが気にしてた人のこと」


カズネは、尻尾を一度だけ床に打ちつけた。


「彼女はね、人を支える言葉を仕事にしてるんだ」

「……ゆうべの客か」

「うん。でも、コンドウが思っているより、

 ...…悩みは、深い」


俺は腕を組んだ。目の前の猫を、見つめる。


「何が聴こえた」

「孤独」


パンッと放たれた言葉。


「人の話を聞いて、言葉を選んで、背中を押してる。

 でもその分、自分は誰にも寄りかかれなくなってる」

「...…仕事だから、って割り切ることは出来ないのか?」

「割り切れる人なら、店には来ない」


カズネは一歩、俺のほうに近づき、言う。


「彼女は、しっかり前に進んでる。...…でもね、

 支える側に立ち続けることで、自分が孤独になるんじゃないかと怖がってる」

「……名前は、知ってるのか」

「イズミ」


その音が、胸に落ちた。

カズネは目を細めた。


「答えを出さなくていい。ただ、聞いて。少し、寄り添うだけでいい」

「それが、俺達の役目か?」

「そう。あそこは“和音”の場所だから。いろんな音が、重なる場所。

 ...…任せるよ、頼むね、イズミを」


カズネの姿が、ゆっくりと溶ける。




―――カタン。


皿が重なる音で、コンドウは目を覚ました。


隣の部屋から、フライパンの音と湯気の匂い。

ヤヨイはもう起きていた。


一緒に暮らして、もう6年になる。結婚はしていないが、

そんなことはふたりともどうでもよかった。


「……おはよう、メシか。サンキューな」

「おはよう。......珍しく、うなされてたよ」


ヤヨイは、テーブルに卵焼きの乗った皿を運びながら言った。

俺は、その皿を目で追いつつ、つぶやいた。


「...…いつもの夢を、見た」

「カズネ?」

「ああ。名前まで知ってた」


ヤヨイは驚かない。


「じゃあ、本当に気になる人なのね」

「みたいだな」


俺は顔を洗い、着替えると、

ヤヨイの作ってくれた美味しそうに湯気を立てる食事を前に、

ぽつぽつと、確認するかのように、さっきカズネと話したことを、

彼女に伝えた。


―――2日後。


金曜日の昼下がり。

居酒屋「かずね」の裏口は開いていて、ミチコがすでに仕事をしていた。


ミチコは、この店の先代の頃からいる、仕込みメインのパートだ。

50代半ばと感じさせないパワフルさと、さっぱりとした潔さを感じる、魅力的な人だ。

きっと、酸いも甘いも経験して来たんだろうな、と俺は思う。


「おはようございます」

「はい、おはよう。今日は串、少し多めね」


ヤヨイはデニムのサロンを腰に巻き、野菜を洗い始めた。


「ミチコさん、あのね」

「ん?何?」

「この前ね、ちょっと気になるお客さんが来て」

「うん」

「仕事帰りみたいだったんだけど......ちゃんとしてる人なのに、

 何か、...…ひどく疲れてる感じでさ、」


ミチコは、顔を上げずに言う。


「その人、ひょっとして、......誰かを支える側の人なんじゃない?」

「……わかります?」

「やっぱり。わかるわよ。私も昔、そうだったもの」


ヤヨイが手を止め、話に聞き入る。

ミチコが、ヤヨイに向き直った。


「仕事で人の背中支えてるとね、“私は誰に弱音吐くの?”って不安になるの」

「……」

「だんだんと孤独になっていくのが解るのよ。でも、その誰かを

 放り出すこともできない」


ヤヨイは、小さく息を吐いた。


「そんな、無理をしなきゃいいのに」


ミチコは、少し笑って、まな板に目を落とすと、続ける。


「そういう無理をしない人は、そもそも悩まないわよ」

「仕事なんだし、割り切れないのかな?......そんなんじゃ、いつか壊れちゃう」

「仕事だから、よけいに割り切って考えられないのよ。——真面目な人なのね」


焼き台で炭を(おこ)しながら、俺は、黙って耳を傾けた。


大丈夫よ、とミチコは言う。


「そういう人は、ちゃんと前に進んでいけるから」


確信に満ちた、力強い声。


「ただ寄り添ってあげれば、きっと、その人の支えになれるわよ」


そのタイミングで、コウが顔を出した。


「おはようございます!」


ミチコが笑顔を返す。


「おはよう、コウちゃん。早いわね」

「金曜ですから」


開店準備が始まり、やがてヒロミが入ってくる。


「いらっしゃいましたー!」


いつものにぎやかな声。

シャッターの開く音。店の空気が、少し明るくなる。


ミチコは仕込みを終えると、

じゃあ、あとはよろしくね、と軽く手を振り、帰っていった。


―――開店。


最初の客は、毎日安定の出勤率を誇る

常連客、ザキだ。今日は一人で顔を出した。


「ヒロミちゃーん!今日も無事、生き延びたぞー!」

「大げさ。いらっしゃい、ザキさん」


ヒロミがいつもの軽口で答え、コウが注いだ生ビールを取りに行く。


ヤヨイがぽろっと話し始めた。


「そういえば、この前のイズミさんさ...…」

「え?イズミさん?」

「誰?」


ヒロミとコウが同時に振り向く。


「あ……名前」


ヤヨイが、しまった、という顔を俺に向ける。

俺は、少しだけ苦笑いを返す。


わいわいと、軽い冗談も交じりつつイズミの話をしていると、

裏口から、タカヤが顔を出す。


「おはようっす!」


タカヤは、

有名私立大に通う19歳のバイトだ。

若さと、偏差値の高さゆえの上から発言が多少鼻につくが、

その素直さと、笑顔がなぜか憎めない。


「おはよう、タカヤ」


ヤヨイが、笑顔で答える。

タカヤが、さっそく食いついてきた。


「何の話で盛り上がってんすか?」


ヒロミが、今までの話題を、かいつまんでタカヤに話す。

しばらくしてタカヤが、いつもの調子で深く考えずに言い放つ。


「ふーん...…でも、その、イズミさんって人、

 そんなことで悩むなんて、正直、甘くないすか?」


まわりの空気が、一瞬止まる。


「支える側の孤独、とか、意味わかんないっす。だって、仕事なんでしょ?

 そこ、割り切って考えられないんすかね」


俺は、夢の中の声を思い出す。


――少し、寄り添うだけでいい――


闇に溶けそうな、カズネの声。


ヤヨイは、昼間のミチコとの会話を思い出していた。


「そういう人は、ちゃんと前に進んでいけるから」


耳に残る、力強い声。


やがて、俺はタカヤを視線にとらえると、

少し、声を波立たせる。


「タカヤ、人のことを、解ったふうに言うなよ」


タカヤが、少し面食らう。


「は?何がすか?」


「人ってもんは、支える側の方が孤独になりやすい。

 ちゃんと進んでいる奴ほど、しんどくなる。仕事だからと、割り切る方が難しいんだ。

 ......そんなもんなんだよ」


ザキがあきれたように、それでいて少し

楽しそうに、言う。


「出た。店長の説教タイム」

「出ましたね」


ヒロミが笑って答える。


「タカヤ、ちゃんと聞いときなよ」


タカヤが、少し不貞腐れたように鼻を鳴らした。

コウは、黙って聞いていた。

ヤヨイが、優しい笑顔で、タカヤの肩を、ポン、と叩いた。


俺は、また悪いクセが出てしまったと少し気まずい顔で、

焼き台に視線を移す。

同時に、イズミのことを、想う。


俺たちが、イズミにしてやれること。

それはきっと......ただ話を聞き、寄り添い、

私は孤独ではないんだと、感じてもらうことだけなのかもしれない。


「そうだよな、...…そんなことしか、できないよな」


思わず、つぶやく。カウンターのいつもの場所で、

カズネがしっぽを揺らした。

やがて、入口を見て、立ち上がる。


ガラガラと扉が開いた。


「いらっしゃいませー」


ヒロミとコウが、同時に声を上げる。


「こんばんは」


そこに立っていたのは――イズミだった。


カズネが、鼻を鳴らし、彼女の足元に近づいて行った。


              (つづく)



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