後編
そこは薄暗い廃墟だった。
数人の男がテーブルを囲んで酒を飲んでいる。
濃密な血の香りを漂わせるのは、床に転がる四肢のない死体や人体の一部だった。
生きている者も混ざっているが、ほぼ全員が生気のない表情で虚空を見つめている。
(なるほど……)
僕は足元の魔法陣を一瞥する。
どうやらここが修羅らしい。
事前情報に違わぬ治安の悪さである。
この部屋だけで弱肉強食ぶりがしっかりと伝わってきた。
酒を飲んでいた男達が手を止めて僕を見る。
彼らは半笑いでこちらを眺めていた。
「来たぞ」
「チッ、男かよ」
「顔が良けりゃ、俺はどっちでも構わんがね」
「とにかく面接からだな」
男達は様々な言語で会話している。
いずれも知らない言語だが、不思議と意味は理解できた。
修羅で転生するにあたり、自動翻訳のようなものが働いているようだ。
便利な機能に感心していると、男の一人が立ち上がって近付いてくる。
「よう、何度目の転生だ?」
「何度目? さっき女神から話を聞いたばかりだけど」
「新人か! 修羅世界へようこそ! そして死ね!」
男がいきなりナイフを突き出してくる。
動きを予想していた僕は紙一重で躱しつつ、相手の後頭部と顎を掴んで首を捻り折った。
「ぐおぇっ」
頭だけ真後ろを向いた男は、血を吐いて崩れ落ちた。
ニヤニヤしていた他の者達は酒を置いてどよめく。
「カーイ!?」
「おいおい、新人に負けんなよ!」
「でも今の動きはヤバかったよな……」
僕は悠々とナイフを拾い、慌てる男達に告げる。
「何を騒いでいるんだい。ここは悪人の世界なんだろう。人殺しくらい日常の一つじゃないのか」
僕は返答を待たずに襲いかかった。
ナイフで男達の首を掻き切り、心臓を抉り、眼球を引き裂き、股間を刺し貫く。
彼らは銃や魔法で反撃を試みてきたが、大した脅威にはならなかった。
徒党を組んで愉悦に浸る者など所詮は三流未満であり、殺し合いを楽しむ相手としてはあまりにも脆弱だった。
ものの三十秒で男達を殲滅した僕は、部屋の端に置かれた大きな檻に注目する。
そこには傷だらけの少女が閉じ込められていた。
僕が近寄ると、獣のように唸って威嚇してくる。
僕はナイフを捨てて両手を上げた。
「別に攻撃するつもりはないよ。すぐに出ていくから安心してほしい」
「……私に手を出さないのか」
「ああ、別に興味がない」
「助けるつもりもないのか」
「頼まれていないからね」
「じゃあ助けてくれ。鍵はそいつが持っている」
少女が指し示した死体から鍵を奪い、それを使って檻を開ける。
僕は一礼して彼女を促した。
「どうぞ」
「……馬鹿だね。助けた瞬間、私が襲いかかるとは思わなかったのかよ」
「殺し合いはいつでも大歓迎さ。ほら、遠慮せず来るといい」
僕が笑顔で答えると、少女は渋い顔になった。
僕は小声で「冗談だよ」と付け足しておく。
檻から出た少女は僕に尋ねた。
「これからどうするんだ」
「特に決めていないな。今のじゃ物足りないから、獲物を探そうと思っているよ」
「じゃあ、私が案内役をするよ。土地勘がある人間がいれば便利だろう?」
「確かにそうだ。よろしく頼むよ」
僕は静かに握手を求める。
少女はしばらく悩んだ後、そっと手を握る。
彼女が破滅の魔王と呼ばれる災厄だと知ったのは、それから半日後のことであった。




