合い言葉を「ニンジャ」にした13年後
「『今夜は月が綺麗ですね。』の意味、知ってる?」
「そのままじゃないの?」
「アイ・ラブ・ユーって意味らしいぜ。」
「はっ。嘘だー。」
「本当だよ!親父が言ってた!」
「アオのお父さんって、ロマンチストだよね。」
「否定はしないさ。その意味の真偽はともかく、俺たちの秘密の合言葉作らない?」
思わず胸が高鳴った。「秘密の合言葉」は、11歳の私にとって、とても魅力的な響きだった。
「いいね!何にしようか?」
「じゃ、『ニンジャ』は?」
ブーッと吹き出す。よりによって『ニンジャ』か。でも、それはこの桐の木の周りで忍びごっこばかりしていた私たちには、ピッタリ過ぎる言葉だった。
「いつまで笑ってるの?違うのにする?」
「いや、いい。ニンジャで。で、その意味は?」
「うん。あのさ……。」
「!」
その翌日。アオは遠くの町へ引っ越して行った。何年後かに再会して、見た目がどんなに変わっても、互いのことがわかるように。そのための合言葉だ。
あれから13年が経った。仕事帰りにこの桐の木の前を通るのが日課だった。ここに来るだけであの時のことが甦る。日常の中の非日常。ありもしない奇跡を期待するだけの、心を僅かにくすぐる舞台装置。
それにしても……
クククッ、と喉元に込み上げる笑いを押し込んで呟く。
「ニンジャ……。」
「ニンジャ!!」
知らない低音渋ボイスで、無駄に元気に答える声があった。
振り向く。背の高い青年。声の割に幼さの残る笑顔で立っていた。
「ひよっとして、アオ君?」
「久しぶり!キリ。」
「全然分かんないよ。面影ないし、声もさ。そんなイケオジみたいな声になんの?」
「うん。俺、声優。」
「マジか!」
「俺たちの合言葉の意味も覚えてる?」
遠い日の記憶。
「あのさ、合言葉の意味は『お互いの秘密を伝えよう』にしよう。」
「じゃ、せーので言うか?」
「………………………!!」
互いの声が重なって何と言ったか分からない。
「そろわないな。」
「そりゃ、そうでしょ。」
「じゃ、俺から。結婚を前提に付き合ってください。」
「私は、友達からお願いします。」
「いや、もともとダチだったでしょ!」
ダハハッ!っとアオは笑った。
「でもまぁ、付き合おうってところは一緒だな。」
「そ、そうだね。」
「つもる話もあるし、飲みにでも行くか?」
「いいね。」
アオの言葉を聞いてからではとても言えなかった。
私はつい照れ隠ししてしまった。本当はこう言ったのに。
「あなたをずっと好きでした。」




