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本当にあった(かもしれない、ある意味)怖い話 その12 虫  作者: こますけ


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2/2

「ある意味怖い話」部分

 さて、この話の語り手にして主人公――被害者?――である望月君だけど、残念なことに、今はもう、この世の人ではない。

 数ヶ月前に、突然実家マンションの窓から飛び降り、帰らぬ人となってしまったのだ。

 急な訃報を耳にした僕らは、驚きあわて、喪服の用意もそこそこに、お通夜が行われる会場へ駆けつけた。

 傷心を隠して葬儀の手配に忙しいお父さんとは裏腹に、お母さんは控え室にぽつんと一人、他の人から離れて座っていた。

「このたびは……」

 むにゃむにゃと挨拶の口上を述べ、それ以上なにもいうことのできないまま、じっとうつむく。

 上目遣いにちらりと見ると、ろくにものも食べていないのだろう、記憶の中の姿よりやせ細り、消沈しきって……この世のどこにも身の置き場がない、といった風情だ。

 なんともいたたまれない時間の流れる中、ぽつり、ぽつりと「その時」の様子を、あらぬ方を見つめたまま、お母さんが話し出した。

 その朝、望月君はいつもと変わらぬ様子で自室から出、「おはよう」といつもと変わらぬ口調で、台所で働くお母さんに声をかけた。

 その後、顔を洗いに洗面所へと向かったのだが……そこで、それまでに聞いたことのない声が響いてきたのだそうだ。

「なんと言いますか……ひいいい……って感じの、声にならない悲鳴を無理矢理肺から押し出したような、本当に切羽詰まった声で……」

 なにごとかと手を止め、洗面所へ様子を見に行くと、床にへたり込んだ望月君が、いきなり足へとすがりつき、

「母さん!出た、出たんだ!鼻から、オレの鼻からも!」

と、よく分からないことを、震え声で口にする。

「え?どうしたの?一体なにがあったの?」

思わずお母さんも座り込み、彼の両肩をつかんで揺すぶりながら、切迫した問いを発した。 と、彼はみるみる顔をゆがめ、

「オレは、オレはもう、オレは……!」

そういうなり、お母さんの両手を振り払い、居間からベランダへ出て、そのまま……そうなってしまったらしい。

 そこまで話したところで、お母さんは、力なくしゃくり上げはじめた。

「一体あの子に、なにがあったんでしょうか……あんな、急に、そんなことする子じゃなかったのに……」

 僕らはなにも答えることができず、ただ黙って顔を見合わせた後で、ゆっくりと同じ方向へと目を向けた。

 控え室の端、最も入り口に近いあたり。そこに、夏海さんが座っていたのだ。

 別れてからまだ1年も経っていないから、一応元夫のお通夜や葬式に声がかかるのも、まあそう不思議なことではない、のかもしれない。

 とはいえ、既に他人ではあるのだから、客の応対もせず、むしろただの弔問客としてお通夜に出席するのも、まあそれほどおかしなこととはいえない、のかもしれない。

 だが、それならそれで、親族であるご両親にお悔やみのご挨拶を済ませたら、速やかに退去するのが普通ではないだろうか。それを、わざわざ控え室の奥に居残り、誰と話すでもなく、通夜振る舞いのすしをバクバクひたすら食べ続けるなど、やはりどこか通常の神経ではない気がする。

 少々薄気味悪いものを見る目でずっと見つめ続ける僕らの視線を感じているのかいないのか、夏海さんはずっとすし折りに目を落とし、ひたすら箸を動かし続け……やがて満足したのか――それとも折りが空になったのか――箸を置く。

 かたわらの湯飲みに入った茶を一息に飲み干すと、彼女はそのまま静かに立ち上がった。

「おかあ――望月さん。それでは、これで失礼します。私が言うのもなんですが、どうかあまりお力を落とさないでくださいね」

 僕らの間に割って入るようにしてお母さんの目の前に立ち、なおもしゃくり上げるその手を取ってそう告げると、夏海さんは、そのままくるりときびすを返し、後ろもふり返らずに、去って行った。

 なのだが……。

 きびすを返すその刹那、ぼそりと口にした一言を、僕は確かに耳にした。

「たかが虫で、大げさな」

誰にも聞こえないほどのかすかなつぶやき声で、彼女は、確かにそう言ったのである。


 なぜ今回、この話を報告しようかと思ったかというと、うわさで、夏海さんが再婚する、と聞いたからだ。

 相手の人は、痩せぎすでやや険しい顔をした、神経質そうな――望月君によく似た感じの人だという話だ。


今回で作品完結。

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