07 風の魔法その四
「おいおい、魔法陣の描き方を教えてやろうか?」
「てか、ここは魔法を使う高校なのに、よく入れたな」
俺はこの日、また校舎裏で蔑まされていた。
彼らの打ってくる魔法を、隙を見て魔法でいなせるからマシだが、下手すれば致命傷だろう。
帝国主義内での魔法は、相手の生命を奪わない……遊びの範囲なら許されるから、地べたに腰を預ける俺を、こいつらは嘲笑えているんだ。
俺はやり返さず、ただ彼らの好きにさせるしかなかった。
「お前、本当につまんねぇな」
「壊れた人形。魔法を使えねえんなら、さっさと辞めることだな」
そんな捨て台詞を吐き捨て、少数で有りながら雑踏と思わせる彼らは校舎裏を後にした。
地を見て俯く俺は、立ち上がれなかった。
地面が手に張り付いて離れない。
傷つけない魔法を彼らに打つことは出来ない。打ってしまえば、俺は彼らと同じ立場になってしまう。
虐げられる強者は、いつだって弱者の集まりに弱いんだ。
束になることでしか自由になれない彼らに――。
「純星!」
力なく壁に背を預けていた時、俺を呼ぶ声が、咲月の心配する声が聞こえた。
意識は考えの中で、朦朧としていたようで、視界に映る黄緑色の髪がぼやけて見える。
思った以上に俺は……体力を使っていたらしい。
「……咲月」
「どうして……どうして、やり返さないの!」
咲月の嘆きに、俺は首を振るしか無かった。
弱々しく声を出したのは悪いが、咲月が本気で心配しているのは目に見てわかる。
風が鼻を撫でた。
温かいのに、咲月の香りがする、魔法を帯びたままの風。
「咲月、俺は別に大丈夫だ」
「大丈夫じゃないでしょ! だって、純星、制服ボロボロだよ……」
咲月の言う通り、俺の制服は既にボロボロになっていた。
受け流していたとはいえ、それはあくまで身体に対する魔法への抵抗にすぎない。
だから、制服までは守りきれなかったのだ。
風の魔法のお手本だ、と言って何回、何十回と打たれて制服を犠牲にした程度だから、上々ではあるだろう。
「俺は大丈夫だから」
「……純星、とりあえずこれを着て」
咲月は持っていた手さげから、ジャージを取り出して渡してきた。
ズボンは流石にどうこうできないが、上だけでもどうにかしたいらしい。
ジャージのサイズを見たところ……そこまで用意周到、おせっかい焼きの咲月には頭が上がらないな。
ジャージは明らかに咲月が着るようではないと、大きさや質感から分かるのだから。
「すまない、ありがとう」
咲月からジャージを受け取り、俺は制服を変えるように着用した。
ボロボロになった制服をきっちりと折り、持ってきていた手さげに咲月は入れ込んでいた。
そして無言で渡してくるあたり、全て予想していたのだろう。
「……純星、本当に、やり返してもいいんだよ。話の通じない獣なら、自衛するしかないんだから……」
少しの間が通り抜け、咲月は俺の隣で中腰していた。
咲月は心配したように声が震えている。
薄らと光を帯びる黒い瞳は、俺の姿を反射していた。
「……なあ、咲月」
「うん」
「やり返すことに、意味はあるのか」
本当に、ただの疑問だった。
「確かにさ、相手に……いじめてくるような弱いやつに、力を示すのが手っ取り早いとは思うんだ。でもさ、それって解決になるのか?」
「えっと……それは……」
咲月もわかっていたようで、言葉に詰まっていた。
実際、やり返し合うのは、いたちごっこに過ぎない。
だからって、全て受け入れて、やられっぱなしで、なんて都合のいいことを思っていない。
「どちらかが折れろ、って俺は言うつもりないんだ。でもさ、そういう悪いことをするやつにも事情はあるだろうし……なんて言うか、俺はそういうやつらとの落とし所を見つけて、ちょうどいい距離感でありたいんだと思う」
「純星が疑問気だね?」
上手く言葉に出来ない。
先の蔑んできてたやつらもそうだが、なんで蔑むのか、というのに理由はあると思うんだ。
理由なくやるのなら、それは知能を持てなかった命と割り切るしかないだろう。
でも俺は傷つけあいを望んでいないし、お互いにちょうどいい距離は必要だと思う。
少し曇った顔をしていた咲月ははにかんでいる。
「……なんか、純星の傷つけない魔法は、魔法であって魔法じゃないみたいなのに、魔法だよね」
「急になんだよ」
いたずらに笑みを浮かべる咲月に、俺はため息を吐いた。
「だって、純星は新しい今を作ろうとしている……それって、新しい風を呼ぶ、風の魔法みたいなものだよね」
「暴君か何かなのか??」
炎の魔法の時もそうだが、そこまで拡大解釈をし始めたら、魔法で無くてもよくなるだろう。
「今、魔法じゃなくてもいい、って思ったでしょう?」
「……ああ」
「ほ、ほら、あれだよ? 純星の生き方が、純星の傷つけない魔法に思いを乗せてる気がしてね」
「……傷つけない魔法が、俺の生き方」
その考えはなかった。
傷つけない魔法を、俺はどうすれば扱えるか、自分に問うことばかりしてきた。
だから、咲月の考えに想いは揺れていた。
「咲月、ありがとう」
「純星、素直なのは偉いよ」
「そ、そんなことで褒めんなよ」
笑みを浮かべて褒めてくる咲月に、俺は恥ずかしくなった。
ちゃっかりと頭を撫でてくる咲月の手のひらは、どこか心地よさがある。
「なあ、咲月……今日、風の魔法を試してもいいか?」
「うん! 純星の成長、楽しみにしてるね」
「……お前は少し痩せたらどうだ」
「純星、それ、知らない人が聞いたら失礼だからね!」
制服越しとはいえ胸を寄せ気味で説教してくる咲月から、俺は目を逸らした。
見える視界的にはご褒美だけど、まだ早いのだから。
その時、校舎の方からチャイムが鳴ったのもあり、俺は咲月と約束して、一緒に校舎裏を後にした。




