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恋する幼馴染と魔法のような時間  作者: 菜乃音


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06 風の魔法その三

「純星、もしかして怒ってる?」

「怒ってないよ」


 バイト終わり、俺は咲月と家路を辿っていた。

 咲月は終始無言だった俺を疑問に思ったのか、横から顔を覗き込んでくる。


 疑問気であっても、手は握られている。

 人前では握らないのに、暗い夜道で繋がれる手はむず痒さがあった。


 咲月を安全に家まで送り届けたいから、有難くもあるのかな。


 田舎道で程々の灯りしかないので、咲月の意外な一面を知れたと考えるべきだろう。


「そう言う時って、怒ってる時だよ」

「別に怒ってないよ。俺が咲月に怒る理由があるのか?」

「な、無いと思うけど……ほら……あるじゃん……?」


 ないのにあるとは、これ如何にってやつだ。


 薄らと光を帯びる黒い瞳は、顔色を伺ってくる。

 もじもじとした様子の咲月に、俺は首を傾げるしか無かった。


「もー、純星は鈍感だよ」

「鈍感って言われてもな……」

「……ほら、私がそうさんと話してたじゃん? その、嫉妬とかしてないの?」


 咲月の純粋な疑問に、思わず鼻で笑ってしまった。

 笑ったな、と言いた気な咲月に、俺はそっと首を振る。


「……嫉妬をしてないと言えば嘘になる」

「……え?!」

「なんで聞いてきた咲月が驚くんだよ」


 そう、嫉妬をしてないと言えば嘘になってしまう。

 俺は閉店作業をしている時、咲月が創一さんと話しているのを外から見ていた。

 咲月が誰かと話すのは自由だと思っている。それに、創一さんが咲月を奪うことが無いのも知っているから。


 でもそれとは裏腹に、咲月と縮まっていく関係がどこか、俺を俺じゃなくさせている。


 咲月を意識してしまう。咲月を基準で傷つけない魔法を……咲月のことを考えてしまう、突っかかるような気持ちに。


 俺は驚く咲月に、思いとは真逆なため息をひとつ零していた。


「別に……咲月が離れないか心配だっただけだ」


 変なことを言っただろうか?

 咲月は夜道でも分かるほどに、頬を赤く染め始めていた。

 物陰を抜けると、月明かりが照らすように差し込んできた。


 透き通るような黄緑色の髪は月明かりを帯びて、煌めくように柔く光を反射している。

 揺れるポニーテールが、時間の流れを伝えてくるんだ。


 息を呑み込むだけでは物足りないほど、俺は咲月に見惚れていた。


 咲月は幼馴染で、おせっかいを焼いてくるだけなのに……この気持ちは、なんなのだろうか。


 ふと、握られていた手に強く力が入ったのだと理解した。


「……馬鹿だね」

「……なっ!?」

「純星は馬鹿だよ。私は離れないよ。それに、私が純星から離れちゃうと餓死しちゃいそうだし、魔法(努力)の傷ばかりで治す人がいなくなっちゃうでしょ?」


 何も言えなかった。

 無邪気に笑う咲月が可愛いからじゃない。

 本当のことだし、咲月が居てくれるから、俺は両親と離れて暮らしても辛うじて生きていられる。


 だから、咲月以外ではダメなんだと知っている。

 だけどその言葉の名前を、気持ちの名前を俺は知らなかった。


「……ありがとう」

「素直な純星、嫌いじゃないよ」


 茶化すのもいい加減にしてほしいが、咲月は本気だろう。

 創一さんには後で、咲月を送り届けさせるための時間をくれたこと、感謝をしないといけない。


「咲月、寒くないか?」

「え、今は別に。うん……ちょっとだけ、肌寒いかも」

「少し待っててくれ」


 俺は咲月に手を向けた。

 魔法陣を介すことが出来ない……魔法陣を媒体としない俺は、魔力とも言える体内に宿る魔然に語りかける。


 俺の本当の魔法の形は、気持ちを表すものだと。


 最初は不格好かもしれない、ちょっと変態じみてるかもしれない……それでも、男心でもない、乙女心でもない、俺は俺だと、本当の自分が心の在り方だと言えるように。


 俺は息を吐いた。

 咲月に向けていた手のひらが風を撫でるように、咲月の周りに渦巻いていた空気を変えていく。


 本来は手だけに集中していた魔法を、俺は咲月に対して、咲月の周囲へと触れさせていた。

 これは、炎の魔法を咲月に向けた時に感じた感覚と同じだ。


 人を思うことで変えられる、そんな気持ちを咲月に。


「これが、傷つけない魔法――咲月に送る、風の魔法だ」

「温かいね」


 咲月の周囲の風を、咲月の体温に対して適切な温度に変えたのだ。


「でも、他の人の風の魔法とは違って、優しい」

「咲月、珍しく単語が多いな」

「し、仕方ないでしょ! ……純星だって、魔法陣を使わなきゃ、魔法をちゃんと使えるくせに……」


 咲月がムスッと頬を膨らませているが、俺は見て見ぬふりをした。

 咲月の言う通り、俺は魔法陣を媒体にしないのであれば魔法を使える。

 だが、学生の間は魔法陣を使う振りをして、魔法を使えないと見せかけるだろう。


 傷つけない魔法自体も他人と協調性がないと蔑まされておきながら、魔法すらも異端となれば出る杭は打たれると、目に見えているのだから。


 いつしか、この泣き声が産声に変わる日は来るのだろうか……。


「純星、私は純星の悩みならいつでも聞くからね」

「だから、人の心を読むなって」

「読んでないよ。純星は顔に出るから、わかりやすいんだよ」


 いたずらに笑みを浮かべる咲月には、困ったものだ。

 とはいえ、俺も後で自分の顔を鏡で見た方がいいのだろうか?


「あ、純星」

「なんだよ」

「この風の魔法、私で試す魔法としては認めないからね」

「……は?」

「純星らしいけど、もうちょっと純星らしさを感じたいから」

「もはやお前が吹き荒れる風だろ」


 そうかも、と言ってポニーテールを横に揺らす咲月は、お気楽にも程があるだろう。


「……もうそろそろ家に着くな」

「そうだね」

「……咲月、お腹空いた」

「そればっかり。……着いたら作ってあげるから、ちゃんと手洗いうがいしてね」

「はーい」

「ふふ、純星の風の魔法、楽しみだなー」


 傷つけない魔法……風の魔法を咲月で試すのは、まだ終わらないらしい。

 ふと気づけば、帰る家の屋根が二つ、遠目で見えていた。

 俺は咲月の手を離さないように繋ぎなおし、知らない距離に答えを求めるのだった。

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