43 陽だまり
「……遅くなって、ごめん」
この日、俺はある文字が刻まれた石の前に立っていた。
周りにも、同じような石は沢山並んでいる。
柄杓で石に水をかけて、汚れを落とす。
少し乾いたら、切り花を入れ替えて、線香に火をつけて……お供えをして、手を合わせる。
降り注ぐ日差しの中、俺は目を瞑った。
「咲月と、付き合うことになったよ」
やってきたこと、起きたことを、口にした。
正直、この現状は予想外だった。
「……いきなり来た、と思ったらこんなことを言って、おかしいよね。忘れてて、ごめんね」
本当に初めてだった。
視界から水が溢れて、止まらないことが。
ぼやける視界に刻まれた文字『赤井家』。
……これが現実だから……。
解離性健忘。
噂程度には症状を聞いていたが、まさか俺自身がなっているとは思ってもみなかった。
俺は幼い頃――両親を無くした。
咲月が言うには、俺は事故にあって、目の前で両親が亡くなるのを見ていたらしい。
原因として、電気の魔法による相手車の暴走で片付けられたのだとか。
俺はぼんやりとしてか覚えていないが……両親と車で移動している際、正面から向かってきた車と衝突したのは事実だ。
その事故の瞬間、俺はまだ幼かったのもあって、母親が窓を割って車外に放り出した。
そして……目の前で燃え上がる二つの車に、車内に取り残されてもがき燃えゆく両親を、この目で見ていた。
記憶はそこで薄れて、思い出すことを拒んだ。
――書き換えるように。
「……それでね、俺は……魔法を使って今を生きてるよ」
きっと、眠る石の前で言うことじゃない。それでも、それでも両親に伝えたかった。
「全部、咲月のおかげなんだ」
俺は多少の涙を拭って、その場で膝をついた。
咲月のおかげで、事故の傷は見えないほどに回復していた。
だから俺は何も知らずに、今日まで忘れて生きてきたんだ。
両親の代わりとして、見守る親になってくれていた創一さん曰く……俺の魔法が傷つけないように変化したのも、その事故や記憶が原因らしい。
咲月に至っては俺を苦しませないように、両親が他県で暮らしている書き換わった話に合わせて、ずっと隠してきたとのこと。
もちろん、咲月の両親も事故の件を知っていて……咲月を俺の傍に多く居させてくれたらしい。思い出す時間を減らして、一人にさせないために。
「俺は、みんなのおかげで、今を幸せに生きてるよ。だから、だから……俺を産んでくれて、育ててくれて、ありがとう」
もう、何を口にしているのか追いつかない。
涙が枯れるほどに溢れるし、笑顔なのに泣きっぱなしで。
拭えないほどの涙が溢れていた、その時だった。
「……はい、ハンカチ」
「ありがとう。……咲月。どうしてここに?」
「どうせ、純星が泣いてると思ってね。私は見てない、だから、好きなだけ泣いておくといいよ」
「どうして、どうしてそんなに優しいんだよ」
「……純星だからだよ」
何度、何度、咲月の言葉に救われるんだ。
咲月が墓石を綺麗に拭いている中、俺は泣いた。
止められない、溢れた感情のままに。
どれほど泣いたのか、わからない。
頭が割れるほどに痛い、それくらい泣いたのは事実だ。
「純星、これが現状だよ」
「うん。わかってる」
ずっと、両親と次はいつ会えるのか、と幼少から高校生の今の今まで思い続けてきた。だから、この現状を見て、理解できないはずがない。
「あのさ、純星に打ち明けるタイミング、あの時しかなかったのはごめんね」
「気にしないでくれ。……咲月、体は大丈夫なのか?」
「心配する純星、素直だけど、えっちなやつ」
と茶化し気味な咲月に、俺は目を逸らした。
咲月と付き合って、あれから一ヶ月が過ぎている。
そんな中、俺は咲月と……異性としての初めてを経験した。
「まあ、否定はできなくなったな」
「ふふ、体は大丈夫だよ。純星が優しくしてくれたから」
「……咲月が手取り足取り、全て教えてきたからな」
咲月曰く、俺が壊れないように創一さんがかけていた魔法を、自分を使うことで無理やり解いたのだとか。
創一さんに関しては諸説あるので、真相を知るのは咲月だけだ。
ふと気づけば、透き通るような黄緑色の髪が風に揺れていた。
差し込む太陽が、静かに石と咲月を照らす。
「純星のお母様、純星のお父様、この先――私が純星を幸せにします。幼い頃、とてもお世話になりました」
咲月はしんみりとそう言って、合掌してお辞儀した。
「……そろそろ行くか」
「そうだね」
俺は咲月の手を取って、立ち上がった。
この石がずっと綺麗に保たれていたのは、咲月と咲月の両親、創一さんのおかげだ。
……今後は、俺が紡いでいく番だ。
握った手をぎゅっとして、俺はもう一度確認する。
間違いなく、赤井家の名前が刻まれた墓石。
もう、生きて会えることはない。
つけてもらった命ある名前を、あの声で呼んでもらうこともできない。
だけど俺は――。
「咲月。この先、咲月をずっと幸せにできるように、努力するよ」
「純星にできるかなー?」
「できるよ。俺は、失うことの辛さを知って尚……こうして立ち上がれたから――」
受け止めて、傷つけないで、立っている。
咲月との未来を望む、その想いだけで十分だ。
吹いた風が優しく肌を撫でて、咲月の髪に光を帯びさせて揺らし輝かせる。
横顔に見える、薄らと光を帯びた黒い瞳。
片手で髪を柔く押さえる咲月のその仕草は、とても愛らしい。
「純星、大好きだよ」
「……知ってる。俺も大好きだから」
咲月と交わす言葉の一つ一つには、深い意味がある。
俺は咲月と手を繋ぎ、日差し照らす中、ゆっくりと歩むのだった。




