42 傷つけない魔法〜愛〜
ずっと好きだから。
咲月の言葉が耳を離れない。
奪われた唇の感触も、未だに熱を帯びて、真実を重ねてくる。
正しいとは、傷つけないとは。俺の頭によぎるのは予想外のことでの動揺だけだ。
俺は咲月のことが好きだし、今日この瞬間……俺が先に言うはずだった。
なのに、なのに、咲月から告白されている。
告白と同時に、初めてのキスの味も覚えた。
甘苦いと聞く。だが、離れるはずのない熱を帯びた、知らない感触が脳を焼く。
「……どうして、咲月はどうして、俺の全てを、簡単に奪えるんだよ」
息を吸って吐き出した言葉は、今ある動揺だけだ。
「……簡単じゃないよ」
咲月は首を振った。
そっと頬に触れる小さな手が、優しいのに痛かった。
痛くないのに、辛くないのに、触れる温もりが感情を揺らしてくる。
「簡単じゃ、なかったよ」
咲月は思いを吐き出すように、飲み込んでいたであろう言葉を口にしていた。
明快な言葉だからこそ、俺の気持ちに深く突き刺さってくる。
変わらないまま、咲月と過ごして、適当に笑い合う……そんな日常でもよかったのに。
上手く、言葉にできない想いが、刺さる傷跡から溢れてくる……。
「ずっと長かったよ」
「……うん」
「私は純星の傍に居たし、ずっと見てたよ。でも……」
咲月は覚悟を決めた様子で、しっかりと胸を押さえていた。
真っ直ぐに見てくる薄らと光を帯びた黒い瞳。
魔法の風に揺れる、透き通るような黄緑色髪のポニーテール。
吸い込まれるような瞳に、俺は息を呑み込んだ。
「純星が壊れてほしくなかった」
「……俺が、壊れてほしくない?」
「魔法は魔法でしか治せない、って言ったでしょ?」
「うん」
咲月の回復魔法は、対魔法の傷における秘策だ。
しかし咲月は曲解ゆえに、自身の回復魔法に制限をかけている。
多分、それとは別の、魔法にかかった俺が居る、と捉えるべきだよな……。
「傷つけない魔法も、純星の魔法から魔法陣が消えたのも……魔法のせいだから。……私は、純星の傍に居るしかできなくて、辛かったんだよ」
気づけば、黒い瞳から輝きに満ちた銀色の粒が流れていた。
初めて見る、咲月の涙。
どれだけ思い続けていて……頬を濡らさないように、ずっと俺のそばにいたんだ、咲月は。
咲月の思いに気づけなかったのは、俺の落ち度だ。
目の前で涙をこぼす――女の子の、好きな子の思いを無碍に、闇夜に返したくない。
俺は自然と、咲月を抱き寄せた。
生まれついた時から持つ、この二つの腕。
それは誰かを抱きしめるため……否、大好きな咲月を抱きしめるために、受け止めるためにあったんだ。
俺は座ったままだったから、抱き寄せた咲月を全身で実感できる。
今までは胸元ばかりに当たっていた咲月の頭も、顔にすごく近い。
涙に濡れたその頬が、俺の頬にぴっとりと張り付く。
咲月のもっちりとした全ても、全部、俺は抱き寄せる。
優しく甘い香り。
咲月でしか感じない匂いが、鼻をくすぐってくる。
「咲月、俺は謝らない。でも」
「……うん」
「変わらないまま、想い続けてくれて、ありがとう」
咲月への感謝。
いつも咲月は近くに居てくれた。なのに直視せず、目を逸らしていた俺に対する戒めでもある。
涙をこぼすほど、揺れる気持ちをぶつけられて、見て見ぬ振りはもうできない。
気づけば小さな手が、ぎゅっと、ぎゅっと、離さないように俺の服を掴んでくる。
「深くは聞かない。だけどさ、俺は俺だ」
「知ってる。純星は純星だよ。でも、私は純星が、好きだから……大好きだから……辛いの」
「知ってる。だって、俺も好きだから」
えっ、と驚いたように咲月は喉を鳴らした。
俺は迷ってから、創一さんに相談したり、自分なりに考えたりしてきて、気持ちは決まっていた。
上手くいかないかもしれない。そんな心配、今じゃ気にしていなかった。
――咲月が大好きだから。
だから今日という日を、咲月に気持ちを告白しようと、好きと伝える日にすると決めていた。
決めていたのに、咲月に先を越された。
それでも不器用なりに、変わろうとするんだ。
咲月は俺を見上げるように見ては、赤くなった頬がさらに熱を帯びていると感じさせてくる。
驚いたように目を丸くする咲月も、案外かわいいものだ。
「ずっと黙ってた。……咲月と一緒にいない時間、辛くて、寂しくて、一緒にいたいって何度も思って……もう、離れたくない、って思うほどに……好きになっていたことを」
小さな手のひらがゆっくりと、俺の頭に伸びる。
「大丈夫だよ、純星。私は離れないし、純星の気持ちが知れて嬉しいから」
咲月が静かに優しく頭を撫でてくる。
その小さな手で、頭を撫でるのはやめてほしい。
吐き出した気持ちで泣かないようにしている、俺の目を濁らせるから。
「泣いてもいいんだよ。好きを裏返せばね、泣く程大好きで辛くて……それでも、守りたいから、一緒にいたいから、夢を見たい、って意味なんだよ」
「なんだよ、それ」
咲月の言葉は本当に、意味不明だ。
意味不明なのに、俺は咲月が好きだって知ってしまった。
少しの間、腕が宙に触れる。
咲月はスルリと抜けて、隣に腰をかけてきた。
意識を戻せば、まるで自然の世界で二人きりなのに、ここは家のリビング。
でも、魔法のような時間が俺たちを見守ってくれている。
太ももに落ちた手に、顎から溜まって落ちる、一粒弾ける水滴が冷たかった。
「純星、私をようやっと意識してくれたね」
「ずっと意識してたよ。本当は、咲月の方が鈍感なんじゃないか?」
「私は純星みたいに努力馬鹿で、鈍感じゃないから」
「……証明できたり?」
「するよ」
咲月は迷いなく言い切った。
その瞳に反射するのは、鮮明に映る俺の姿。
「――純星、これから先も、ずっと好きでいてくれる?」
「ああ。俺は、咲月が大好きだよ」
俺だって言い切る。
何度だって……いや、ずっと咲月を好きでいるから。
不意に、知らない魔法の風が頬を撫でた。
撫でる風はゆっくりと、俺の左手の薬指を包み込む。
刹那、咲月の左手の薬指からも同じく、以前巻いた白い毛糸が繋がったまま伸びている。
「これは、誓う二人を永遠に繋げる魔法。大好きを証明する魔法だよ」
咲月が無邪気に笑みを浮かべた。
と同時に、間に繋がっていた毛糸は魔法の粒になって、お互いの指に巻かれた毛糸に纏わりつく。
粒に染まって輝けば、瞬く間もなく――銀色の指輪に変わっている。
一本の深く掘られた線の入った、中央に小さな宝石がついている指輪。
その線は止まることを知らない、途切れることを知らない。
淡く光る透明な宝石が、心の鼓動に共鳴するように煌めいている。
咲月とお揃いの、誓いを意味する指輪。
「咲月、これからは絶対に、手を離さないからな。この指輪に誓ってやる」
「うん。純星、大好きだよ」
「……俺も」
不器用だったかも知れない。
でも、これは俺と咲月、二人だけの気持ちを伝え、好きを伝えるための時間だ。
「……温かい」
「純星のほうが、すごく温かいよ」
咲月に腕を回して、思うように抱きしめた。
ぐっと縮まる距離に、交わる咲月の体温。
この時間がずっと、ずっと、この先も続いてほしいと、俺は思った。
揺れる草花や木々、流れる川の音、咲月と繋いでいく時間の中で。




