40 恋の魔法その三
「咲月、デートの最後にする場所は、あそこでいいのか?」
うん、と嬉しそうに頷く咲月は、わざとらしく体を寄せてきた。
洋服屋さんからの帰り道、俺は荷物を片手に持ち、咲月と手を繋いでいた。
装束は仮縫い中だったようで、咲月があの後に知り合いと調整の話を少しだけしていた。
そして持ちかえる袋には、案の定というか、俺の表情から読み取られたであろう……咲月が今後着る服や下着が入っている。
意識を割いても、手に持つ袋でダメージだ。
そして咲月に体を寄せられたのもあって、体はうまく力を逃せないでいる。
「あのさ、咲月は……」
「どうしたの?」
口に出していいのか、俺は心配だった。
口に出せば、世界が変わってしまう、気持ちはそう思ったから。
ふと気づけば、繋がっていた手に、ぎゅっと力が入った。
俯いた視線をあげると、咲月はただ純粋に、優しく見守ってくれている。
……咲月はいつも、俺を陰から、横で見守ってくれていたんだ。
吸い込む空気はとても温かい。
「どうして、いつも俺の……そばにいてくれるんだ」
口にする言葉が、上手く固まらない。
どこか浮いているのに、それでいて確かに言葉を届けようとしている。
「前に答えたことなかったっけ?」
多分ない、と答えた俺に対して、咲月は首を傾げていた。
咲月とは色々な話をしている。だから、忘れているというよりも、今だと答えが変わっているかもしれない期待だ。
とはいえ、忘れているのも事実である。
ゆっくりと咲月が体を揺らせば、歩いているのも相まって、スカートが軽やかになびく。
「幼馴染よりも、大事な存在だから」
「大事な、存在」
「うん。でも、本当に隠している心はー」
「心は?」
咲月は溜めながら、俺を微笑んで見てくる。
「今はまだ、ちょっとだけ秘密だよ」
わざとらしく、空いていた指を口元に添える咲月は可愛らしいものだった。
咲月の隠している秘密、気になるものではある。
気になるでしょう、と言いたげな眼で見てくる咲月に頷いてみた。
「ヒント。鳥が後ろ向きでキスをして、太陽と月が重なる頃、に答えはわかるよ」
「……謎謎か?」
「どうだろうねー」
楽しげにくすくす笑う咲月には困ったものだ。
ふと見上げれば、鳴きながら飛ぶ二羽の小鳥。
とはいえ、木で休んでいないから、後ろ向きに重なることはない。
そしてもう一つ、ずっと二人を照らす太陽。
月が重なるにしては、金環日食はまだまだ先だ。
……そう考えると、深く考えた発言になるのか?
咲月の考えを比喩ではなく隠喩と捉えて、答えを探すべきなのだろうか。
考えれば考えるだけ、頭がこんがらがりそうだ。
「ふふ、純星はしっかりと相手をしてくれるから、嫌いじゃないよ」
「もしかして、冗談で言った?」
「冗談じゃないよ。私は過去よりも未来を見てるだけだよ」
「過去より、未来……それじゃあ聞くけどさ」
さきほどから聞いてしかいない。
だがデートだというのに、会話が弾まなかったり、お互いに嫌な思いをしたりするよりはいいだろう。
「買った下着の中に随分と大胆なやつがあったけど、あれはなんの未来のためなんだ?」
俺が気になったのは、ランジェリーの中でも薄生地なものがあったせいだ。
別に咲月が着るものにとやかく言う気はないが、好奇心というものになる。
「もー、興味津々だね。そんなに心配しなくても、純星には着てるところを見せてあげるし……タイミング次第では、特別に触らせ、て、あげるから……」
「……咲月さん!?」
なぜか咲月の方が頬を赤くし、動揺したように口にしていた。
しまいには、黙って俺の腕に頭突きをかましている。
無理をしてほしくないが、想像した俺も罪なものだろう。
そう思って、火照る咲月を黙って受け止めた。
「あっ、もう着くね」
「逸らしたな」
「いいんだよ」
「そうだな」
咲月と手を繋ぎながらついた、デートの最終場所……俺の家だ。
「純星、お昼ご飯食べたら……お願いね」
「咲月の頼みなら、断ることはないよ」
最初で最後のこのデートの、最後の鐘が鳴る場所。
家に着いて、俺は玄関のドアを開けた。
「ただいま」
咲月は俺よりも先に、家に上がった。
家族に対して口にする、魔法のような言葉を声に出しながら。
綺麗に靴を脱いで、ゆっくりと振り向いて俺を見てくる咲月は、普段よりも綺麗に微笑んでいた。
その柔らかい表情は、心を揺らしてくるようだ。
「……ただいま」
「純星、おかえりなさい」
幼い頃以来、口にすることのない、帰宅の言葉を……咲月のために口にしていた。
俺は表情を柔くし、ドアを閉めるのだった。




