04 風の魔法その一
傷つけない魔法を試す前から、咲月との距離はどこか違ったんだ。
咲月は幼馴染で、それ以上でも、それ以下でも……いや、俺の両親が離れて暮らすことになってから、咲月はよくおせっかいを、料理や掃除を手伝いに家に来ることが多くなった。
生活の時間に咲月がいるだけ、だったのに、今じゃこの魔法を咲月に使い始めている。
俺は、咲月に何を思っているんだろうか。
授業中、俺は指に巻かれた絆創膏を見て物思いに老けていた。
無論、気を抜いていたせいで、音速を超えるチョークが額に飛んできたのはまた別の話だ。
「咲月、ごめん」
「純星、どこか丸くなった? も、もしかして、私の下着姿を見たのまだ気にしてるの……?」
頬を赤らめて見てくる咲月は、一体何を想像したのだろうか。
想像してない、と言いたげに頬を膨らませるので、さりげなく心を読んでいるようだ。
俺は呆れて首を振った。
今日はバイトがないのもあって、学校が終わってすぐに家に帰ってきていた。
案の定というか、今日も学校で俺がからかわれていたのを咲月は知っていたようで、俺の指先に絆創膏を巻いている。
「純星、人に自分を大事にしろ、って言っておいて魔法で怪我するの多いよね」
「……仕方ないだろ」
「分かってる。純星の魔法は傷つけない程に温かいのに、それでいて自分が傷ついちゃう、不可思議な魔法だってことくらい」
丸くなった、って言ったけど、咲月の方が丸くなったんじゃないか?
「純星、今私のこと太ったって思ったでしょう」
「思ってな――いだぁい!」
「傷口に塩を塗ったら治るかな?」
さりげなく怖いことを言わないでもらってもいいか?
俺の指先は、絆創膏が二つ巻かれている。
今日の怪我と、昨日の怪我。
それなのにどこか誇れるのは、咲月のおかげだよな。
絆創膏の上からとはいえ、切り傷のある指先を握るのは鬼か何かかな?
俺の反応を見て楽しむ咲月には困ったものだ。
「そんな危なっかしいことしないで、俺は咲月の魔法で回復してもらった方が早いと思うけど?」
「……純星には、絶対に使いたくないから」
息を飲み込んだ。
咲月は薄らと光を帯びた黒い瞳で俺を見てきている。
さっきの声は冷たくて、拒絶しているようだった。
表情が曇った咲月に、かける声が見当たらない。
俺は、咲月を傷つけたのか……。
「ご、ごめんね、急に……怒ってるとかじゃなくてね、純星にはそのままでいてもらいたいから」
「まあ、咲月がよく深く考えてる事は知ってるのに、俺の方が安易で悪かった」
咲月に頭を下げると、咲月は手を横に振っている。
許してくれたのだろうか?
「私は、そういう純星の素直さ嫌いじゃないよ」
「咲月はお気楽だよな」
「むむっ、それは私が軽い女って言いたいの?」
「言ってないから!」
咲月は本当にどこまで考えているんだ?
考えが読みにくいにしろ、深く考えすぎな一面は、咲月の良いところで、悪いところでもあるんだよな。
「褒めるか貶すか、どっちかにした方がいいよ?」
「さりげなく人の心を読むなよ」
読んでないよ、とお決まりの言葉を返してくる咲月は微笑んでいた。
咲月と座る、リビングのソファ。
生活感のない、ただ広いリビングなのに、心の中で強がる自分に勇気をくれるようだ。
風の通らないこの空間に、まるで咲月が風を循環させているようで、受け入れることを恐れない俺自身にむず痒さを感じているのか。
「……てか、咲月、俺の家に居すぎるとお前の両親が心配するんじゃないか?」
咲月は学校が終わって早々、俺の家にやってきた。
咲月は、飾り気のないシャツとズボンを身につけている。元が良いからか、そんな服装ですらも可憐に見せてくるんだ。
キャミソール姿じゃないだけマシと言える。
「大丈夫大丈夫! 純星の家に行くって言ってあるし、私の両親も純星のことは気に入ってるからね」
「なんだよそれ」
「それよりも純星、さっき鼻の下伸ばして、何を想像してたの? も、もしかして、私を襲おうと!? け、けだもの!!」
「落ちつけよ!? 別に、咲月を襲う価値ないだろ」
「それはそれで傷つくよ……?」
うるりとした瞳で見てくるのは、心に刺さるものがある。
「……えっと、昨日の咲月の姿を思い出したというか、あまりにも刺激的だったから」
「やっぱり忘れてないじゃん!」
「仕方ないだろ! これでも俺は男なんだから!」
「純星、そういう感情、私以外に向けたら駄目だよ……まぁ……欲求が溜まりすぎたら、一肌脱いであげないことはないかな」
「本当に困ったら……頼るよ」
「なんで本気にしてるの!?」
様々な感情を咲月以外に向ける相手がいるなら、俺は幸せものだろう。
そもそも、咲月以上の関係を他の女性に望むことは確実にない。
この県だけ……魔法を使える者の間で帝国と呼ばれる場所で、異質な俺にとっては、咲月と両親、バイト先の店長だけが拠り所なんだから。
他の県では魔法は使えないし、魔法の存在は認知されていないから、この時が俺は好きなのかもしれない。
「そうだ、咲月」
「うぅ、どうしたの?」
「ここ数日はバイトで遅くなるから、その間ご飯は気にしないでくれ」
「……バイト、ね。うーん、気にしないでて言われると気になる! だって純星、夜ご飯食べずに寝ようとしたよね……」
なんで咲月は最初に含みを持たせた?
咲月が納得したならいいが、どこか違和感を覚えた。
勝手に納得したと受け取っているが、咲月は頬を膨らませて俺を見てきている。
「じゃあ、純星が私に魔法を試してくれるのも先になるのかなー」
「なんで残念そうなんだよ?」
「だって、純星の魔法受けてみたけど、私はとても好きだったから」
「か、簡単に好きとか言うなよ」
「嫌だねー」
受け入れることを恐れない咲月は、本当に気ままでありながら、心強さを感じさせてくる。
「そろそろ時間だし、ご飯作ってあげるね」
「いつもすまない」
「気にしないで、私が純星のため……好きでやってることだから」
咲月が前を通り過ぎると、温かな風が肌を撫でた。




