39 恋の魔法その二
家から歩き、咲月とやってきたのは洋服を専門に扱っているお店だ。
店内をガラス越しに見たところ、他のお客さんはいないようだ……?
戸惑いをみせない咲月は、手を繋いで何を思っているのだろうか。
そんな掴みどころの無さに、俺は首を傾げるしかなかった。
「咲月、今日はやってないんじゃないか?」
「純星に言ってなかったね。ここは知り合いのお店なの」
「知り合いの」
「そうそう。行きますって言ったら、この時間は貸切にしてくれる、って」
「話が吹っ飛んでるけど、太っ腹だな」
「そうかも。早く入ろ」
ワクワクした様子で手を引いてくる咲月に、俺は頷いた。
咲月の顔が広いのは、幼馴染として嬉しいものだ。
とはいえ、顔が広いだけで、あの姿とかをさらけてなければいいのだが。
そんな考えを空に投げて、お店のドアを開けて中へと入った。
ガラス越しで見るのとは違い、洋服は所狭しとあるが、明るい色合いの服が多くて窮屈さを感じさせてこない。
また上から吊るされたシャンデリアが、他のお店とは違った豪華さを感じさせてくる。
「純星、来たこと伝えてくるから、少し待っててね」
「わかった」
そう言って咲月は、お店の奥に続く道へと消えていった。
……慣れないな……。
手に残る、咲月の温もりが離れない。
手をぎゅっとして、俺は少しだけ余韻に浸ってしまう。
浸りながらも、店内を見渡した。
ここはどうやら、主に装束系の服を扱うお店のようだ。
巫女装束や、古基調の装束……いわゆる儀式や覚悟などと言った、目的のために扱うものである。
装束にはさまざまなデザインがあるのは知っていたが、ここまで多いのは驚きだ。
白の布に対して赤色が縁取っていたり、縁結びさながらの紐で彩っていたりと、見ているだけでも飽きない。
服には関心、態度、意欲が零点だったが……咲月とデートをすることを思えば、勉強した方がいいな。
そんなことを思っていると、奥から足音が聞こえてきた。
「純星、おまたせ」
「あれ? 咲月、お店の人……知り合いは?」
「そろそろ発動すると思うよ」
「発動する?」
「ようこそいらっしゃいました」
疑問をする間もなく、俺は目を疑った。
戻ってきた咲月の隣に、ペンギンを模したようなホログラムが浮かび上がったんだ。
……いや、ペンギンにしては線状すぎるし、扇状が鮮明すぎる。
正直、よくわからない形のペンギンを模した何かだ。
「これは投影技術を活用した、投影魔法のひとつだよ」
「……この時だけ心を読まれるのは助かるよ」
「広芽さん、ご紹介ありがとうございます」
「まあ、描いた張本人は、ペルンって呼んでるけど」
「……ペルン」
一応、ペンギンなのかもしれない。
浮かび上がる物体をペンギンと認めたら、俺の中にある概念が変わりそうだが。
いや、それは咲月の拡大解釈で今更か。
なんて思ったら咲月が頬を膨らませたので、俺は苦笑しておいた。
「広芽さん、頼まれていたものは試着室にありますので、大大大親友以上の幼馴染とごゆっくりどうぞ」
「……え、終わり? 消えたんだけど」
「うん。このお店はそもそも閑古鳥が鳴いてるから」
「なんでだよ!?」
「……魔法は便利な反面、失うものが増えるの」
「そういうことか」
「そっ。でも、ここは受注専門だから、私が好きな場所だよ」
笑みを浮かべる咲月は、無理をした様子ではない。
思えば、時代が便利になると、その反面で消えてしまうものもある。
だから、魔法が使えるこの帝国にとっては、他県から来る人か、知る人ぞ知る状態になっているのかもしれない。
ペルンが消えたのを気にも止めず、近くにある服を見る咲月は勇敢だ。
装束以外にも、日常用の服も少なからず置いてあるらしい。
「どの服も、咲月に似合いそうだな」
「そ、そう……? 練習した、お世辞じゃないの?」
「なんで疑うんだよ。そのブラウスのワイシャツも似合ってるし、なんなら咲月は何を着ても可愛いから」
何気なく言っただけなのだが、なぜか咲月は頬を真っ赤にしていた。
りんごよりも赤く染まっていそうな白い頬は、上目遣いで見てくる咲月の気持ちを露わにしているのか?
咲月はもじもじしながら、近くにあった服を手に取っていた。
「純星はずるいよ」
「なんでだよ」
「……なんでも、だよ」
そう言って笑顔を浮かべる咲月は、月が輝いたようだった。
ふと気づけば、服を体に当てて似合っているか確かめる咲月に……俺は目を奪われている。
咲月を意識してよかった。
咲月が楽しんでいる一面、咲月の喜ぶ一面、その全てが今は好きだと思えるから。
俺は拳をぎゅっと握りしめた。
……終着点の汽笛が鳴る前には、しっかりと伝えたい。
俺にとって、このデートをただのデートで終わらせる気はない。
たった一回しかない、って咲月が言っていたように――最後まで思い出に残る、永遠の花を飾りたいから。
「純星、どうかした?」
「あっ、いや、なんでもない」
「微笑むって珍しいね」
「そうか?」
そうだよ、と言いたげな咲月は微笑みを返してきた。
「じゃあ、用意してもらってた服を試しに行こっ」
「おい、咲月」
「どうしたの?」
「そっちは試着室だろ?」
「そうだけど?」
「なんで俺の手を引くんだよ」
「いいからいいから! 純星も一緒に入るんだよ」
「は?」
咲月に手を引かれるまま、俺は試着室のある方へと向かった。
試着室に二人で入れば、カーテンが閉じられる。
二人が入って動いても大丈夫なほどに空間はあって、真正面に大きな鏡が一つある。
とはいえ、咲月と一緒に入ったのもあって、鼓動は張り裂けんとばかりに痛みを覚えていた。
ふと気づけば、咲月は知った様子を見せずに、試着室の中に置いてあった布類に手をつけていた。
「おい、咲月」
「えへへ、純星は素直だね」
無邪気に笑う咲月。今だけは、本当に小悪魔そのものだ。
俺が顔を手で覆い隠せば、笑う声が個室に響く。
パサリ、と布の擦れる音が聞こえる。
目の前で脱いでいるのだとしたら、本当に咲月は何を考えているのか不明だ。
怖いものみたさで、指に隙間を開けて覗きたいが、それは俺の覚悟が許さない。
下着を何度か見てしまったとはいえど、譲れないものだってあるんだ。
故意的に見るよりも、許しを得て見る方が、俺の心理的、感情的にも楽だと言えるから。
数分ほどたった時、トントン、と肩を指で小突かれた。
「純星、もう手を退けても大丈夫だよ」
「え? ……脱いで無かったのか……」
「やっぱり、純星は純粋で、素直で分かりやすいね」
手をどかして、視界に入れた光景に目は釘付けになった。
咲月は現在、ローブとも言える装束を身に纏っている。
どうやら、ブラウスやスカートの上から着たようで、俺の考えはつくづく裏目に出ているようだ。
咲月が身に纏った装束……フードがついた、白を基調としたデザイン。
薄桃色のラインが縁を彩って、下に伸びるコートの先はギザギザをあしらっていた。
そして白い装束のデザインは、主に幾つもの線が伸びて、下から上に行くと一つになるシンプルなものだ。
白装束は目立つものもあるが、透き通るような黄緑色の髪、薄らと光を帯びた黒い瞳を持つ咲月に、とても似合っていると断言できる。
とはいえ、装束の上からもわかる膨らみは、目にくるものがあるんだけどな。
内側の服がブラウスなのもあって、まだ未完成なのだろうか?
「そうだね。これは装束だけで未完成だよ」
「だから、さりげなく心を読むなよ」
「うーん、純星がえっちな目で――」
「それは本当に申し訳ない」
「ふふ、素直でよろしい」
咲月が何げに胸を張るので、心理的によくない。
俺は軽く息を吸ってから、改めて咲月を見た。
「これ、私が純星に見せたかったものなんだよ」
咲月が何を思って、俺に初めての装いを見せたのかは不明だ。
それでも理解できる、咲月の柔らかさの中にある素敵さ。
「その装束、咲月に似合ってる」
「……あのさ、どう似合ってる……?」
「……咲月は普段知恵があるのに、無邪気だったり、人には見えない優しさで振る舞ったりしてくれてる」
「うん」
「そんな咲月の、物事は拡大解釈するけど、一つの導きになっている、印象を再現したいい装束だと思う。それに」
「それに?」
俺は呼吸をし、咲月を真剣に見た。
「咲月の魔法がイメージされているし……咲月が何を着ても似合うって、俺が保証する」
「保証って……どのくらいの規模で?」
「タイタニックに乗った気分でいいぞ」
「最後は沈んじゃうじゃん!」
「それもそうだな。でも、沈むのは俺だけに対して、にしてくれよ」
と言った直後、咲月は沸騰するように頬を赤くしていた。
何度頬を赤くするのかわからないが、変なことを言っただろうか?
「純星は、本当に、素直で純粋だね」
「それはどうも」
「これ、しっかりと中着も作ってもらわないと」
咲月は謎に気合を入れているが、きっかけになったのならよかった。
「それじゃあ、そろそろ行くか?」
「うーん、これは決まったけど、あとはやり残したことがあるんだよね」
含みを持たせる咲月に、なぜか寒気を覚えた。
「なんだ、それは?」
「前に約束したでしょう? お買い物に付き合ってもらうって」
「……そうだな」
「だからね、今ここで、私の下着決めを純星に付き合ってもらおうと」
「あのさ……逃げる選択肢は?」
「ないよ。さあ、純星、好きな色、好きな形を教えてねー」
「聞いておくけど、それは俺が見ることになるのか?」
「純星以外に、見せることはないからね」
前言撤回。こいつに可愛さはあるが、可愛さがあるだけで鬼だ。
とはいえ、咲月との約束をしたのは俺だし、ある意味で束縛しているのも俺だ。
俺は腹を括って、店内にあった女性用下着を、咲月に振り回されながら見ることになった。
その際に、咲月が俺の表情で選ぶものだから、俺の趣味趣向に沿ったものを選ばれることになったのは別のお話。




