38 恋の魔法その一
デート。
それは待ち合わせの時間を決めて、一緒に行動することを意味する。
初めてのデートに、俺は胸が躍っていた。
朝早くから起きて、変な髪型じゃないか、変な服装じゃないか……普段はしない確認をする。
白いワイシャツに、黒いズボン。
俺が着飾っても代わり映えはしないけど、咲月とのデートを成功させたい決意の現れだ。
髪は短めだから、適当に流しておく。
寝癖がないようにするだけでも、いい感じじゃないか?
準備をしっかりと終えてから、俺はリビングの確認をした。
デートの道なりを決めている。だから、やれることを精一杯やっておきたいんだ。
「……少し、眠くなってきた」
まだ日が昇らないのもあって、俺は睡魔に負けてしまったようだ。
少しだけ、とソファに腰をかけ、重い瞼を閉じた。
瞼の隙間を縫うように、光が差し込んでくる。
じゅわっ、と何かを焼く音が耳を撫でる。
鼻の先からは美味しい香り。
……そっか、仮眠してたんだっけ。あっ、時間!
俺は重たい瞼を無理やりこじ開け、視界に光を差し込ませた。
まどろみの視界が映る中、音の鳴る方、キッチンを見ていた。
「あっ、純星おはよう。起きた?」
「……咲月?」
「朝ご飯もうすぐできるから、テーブルを拭いておいてね」
「えっ、ああ」
エプロンをつけてキッチンに立つ咲月は、俺を見るなり笑顔を浮かべた。
咲月とは俺の家で落ち合う話だったが、朝ご飯の話は聞いていない。
俺はソファから立ち上がり、水道に近づいて蛇口を捻り、台布巾を濡らした。
寝起きの手に、冷たい水が染みる。
「純星、デートのために気合い入れてくれたんだね」
「ま、まあな」
「でも、力を入れすぎて二度寝しちゃうのは笑える」
フライパンを器用に使いながら、くすくすと笑う咲月には参ったものだ。
俺は台布巾を軽く絞ってから、テーブルを拭いた。
咲月との始まりを迎える、そのテーブルを。
「美味しかった、ごちそうさま」
「お粗末さまでした。純星は美味しそうに食べてくれるから、見てて嫌じゃないんだよね」
「咲月は見られてると恥ずかしがるけどな」
「……女の子はそういうものなの」
「そうなのか」
乙女心は結局よくわからないままだ。
それでも咲月を理解したい、そんな思いが俺の中に芽生えたことには変わりない。
ふと気づけば、咲月は椅子から立ち上がり、俺の方に近づいてきた。
今はエプロンを脱いでいて、咲月の服装が眩しく見える。
ワイシャツに似たブラウスは白色で、透き通るような黄緑色の髪とポニーテールも相待って元気な印象を与えてくるようだ。
またスカートを着用しているものの、ニーハイソックスという靴下で肌の面積をしっかりと少なくしている。
正直その点は、驚きだ。
咲月のことだから、デートだとしても露出が多いものばかりを着ると思っていた。
「もー、そんなまじまじと見ちゃってー。もしかして、惚れちゃったとか?」
咲月は意地悪に笑みを浮かべ、わざとらしく口元に指を添えている。
「そうかもな。今日の咲月、一段と可愛いよ」
「惚れ、た……それに、いちだんとかわ、いいって……」
咲月は壊れたおもちゃのように、どこかぎこちなくなっていた。
何か悪いことを言ってしまったのだろうか?
考えたところで、咲月が何を思っているのか知る由もない。
「……私の見立て通り、純星がワイシャツを着てくれていてよかった」
「そういや、種類は違ってもお揃いだな」
「いわゆる、考えが似たもの同士」
「それはそれで、恥ずかしいんだけど」
「えへへ」
無邪気に笑う咲月。
頑張って、少しは見栄え良くする服装を選ぶ努力をして良かったのかもしれない。
「休憩も済んだし、そろそろ行こっか」
「そうだな。念のため確認だけどさ、最終地点は本当にそこでいいのか」
「うん。私は決めたから」
「そっか」
咲月が嬉しそうにしながらカバンを持っているので、俺は椅子から立ち上がった。
そしてゆっくりと、咲月のカバンに手をかける。
「そのくらい、持ってもいいか?」
咲月は驚いたように目を丸くしたが、それは花咲く笑顔へと変わった。
「純星、そういうところは気配りがいいね」
少し恥ずかしくなり、俺は頬をかいた。
咲月と歩幅を合わせて、玄関の外に出る。
鍵を閉めれば案の定というか「戸締りは大丈夫?」って言葉が飛んでくる。
「さっき見てただろ」
「まあね」
「ったく。……お手を、どう、ぞ」
「ふふ、はい。純星、やっぱり不慣れだね」
「仕方ないだろ、初めてなんだから」
創一さんに仕込まれたとはいえ、不慣れな発言はするものじゃないな。
「……辛くなったら、いつでも言ってくれよ」
「純星と一緒なら、大丈夫だよ」
「あのなぁ……」
「それじゃあ、出発しよっかっ」
元気のいい咲月に流されるまま、俺は咲月と一緒に、晴天の下を歩くのだ。
一人じゃない……しっかりと手を繋いで、離さないように、結ぶように。




