36 氷の魔法そのニ
不安を持った俺は、ある人に相談をしにいった。
と言っても、相談する相手は一人しかいないのだが。
「珍しいな、じゅんの方から相談に乗ってくれ、なんて言うなんてよ」
お店が休みだと言うのに、創一さんは快く相談を引き受けてくれた。
相談する相手が間違っているかもしれない。だけど、間違っていても、正しいことを知れると俺は思ったんだ。
「ほらよ」
「ありがとうございます」
創一さんは気前よく、テーブルに軽食を出してきた。
お店兼自宅になっていて、作業場の隣にキッチンのスペースを備えている。
料理の腕前は……軽食なら挑戦した味じゃないから、俺は好きだ。
創一さんは手際良く料理を用意して、相向かいの椅子に腰をかけた。
氷の音が鳴ったコップに、創一さんは手をつける。
「で、相談ってなんだ?」
アイスコーヒーを一口嗜んでから、創一さんは本題を聞いてきた。
俺が真剣に見ると、創一さんは普通に気を緩めている。
「その、創一さんに聞くのはおかしいかもしれないんですが」
「じゃあ聞くなよ」
ごもっともだ。
おかしいことを相談する……それを分かった上での相談なのだから。
聞くなよ、と言われたところで、俺は相談する。
なぜなら、相談にするために来たからだ。
「で、相談ってなんだ」
「……その、咲月といると、どこか落ちつかない気持ちが増えて……」
「なるほどな。先に断っておく、俺は心理学者じゃないからな」
「知ってます」
創一さんは間違いなく、魔法のエキスパートだ。それは何よりも、お店に並んでいる様々な道具から理解している。
ただ創一さんには、生きた時間での知恵があるから、俺はそれを借りたかったんだ。
創一さんは目玉焼きの載ったトーストを口に運び、うまそうに食べていた。
目線で、お前も食べろ、と言ってきたので俺もいただいておく。
目の前にあるのは、お皿に載ったピザトースト。
こんがりと香る薄い狐色に焼けたチーズに、彩りのある輪切りのピーマンにベーコン。
美味しさの秘訣は、ケチャップとマヨネーズの香ばしさなのだとか。
手にとって口に運べば、パリッ、と心地よい音を軽快に立てる。
伸びるチーズ、口の中に瞬間的に広がる味わい。
創一さんの軽食は味がまとまっているのに、それでいて濃い味がアクセントになってちょうどいい。
咲月の存在が明らかになる前まで、創一さんがよく作ってくれていたので懐かしさが込み上げてくる。
「どうだ、腕は落ちてないだろ?」
「はい、すごく美味しい」
「ははっ、じゅんは顔に出るからな」
やっぱり、俺は顔に出てるのか?
「そりゃあ、作ってくれる人も嬉しいと思えるだろうな。で、咲月ちゃんに何かあったのか? それとも何かしたのか?」
この人は本当に頭が回っている。
俺が切り出しにくいと踏んで、軽食を食べさせることで暖和してくれたんだ。
こういうところは見習いたい、と素直に思える。
「さっきも言ったのですが、落ちつかない気持ちがあって」
「それは相談する相手を間違えてねえか? 率直に言えば、じゅんは咲月ちゃんに恋をしているんだろ?」
「ここっ、恋っっ!?」
俺は思わずむせた。
好きかも、っていう感情は湧いたことがあっても、恋をしている、なんて思ったことがなかったのだから。
率直だとしても、ストレートに投げすぎだ。
「なに、振られた歴は男の証。俺が言うんだ、間違いねえ」
「むしろ、師匠だから信用性に欠けるんですが?」
「ははっ、こりゃ一本とられたな」
笑い事じゃないのに、この人はお気楽だ。
「純星――それはすでに、答えを知っているんじゃないか?」
「答えを?」
「ああ。例え幼馴染であったとしても、どうでもいい、そんな子のために精一杯の努力をするわけがないだろ」
「努力……」
「じゅんは確かに馬鹿がつく程の努力家だ。でもよ、それとは別に、気を引きたい、好きだって気持ちがあったんだろ? あくまで俺の憶測だけどよ」
「……好き……」
今思えば、俺はその気持ちを、自分自身を知ろうとしていなかった。
咲月といる時は、ただ理由をつけて一緒にいる口実を、時間を作ろうとしていたんだ。
その理由を考えれば――俺は咲月を好きだった?
幼馴染以上の関係を、一緒にいない時間の時に、少なからず俺は求めていたのかもしれない。
溶けていく気持ちが……とめどない想いを溢れさせようとしてくる。
創一さんを見ているはずなのに、頭ではどこか咲月を考えていた。
「じゅん、男ならぶつかってやれ」
「どういうことですか?」
「細かいことは考えたって、前に進めねえんだ。なるようになれってことさ」
「つまりそれって、思考放棄なんじゃ?」
「細えことはいいんだよ。ルールはあっても、破るべき時はあるんだ。そのタイミングはじゅん、その時次第だぜ」
多分、この人はタイミングを全て間違えたのだろう。
じゃなきゃこんなカッコいいことを言っておいて、彼女いない歴を堂々と語るはずがないのだから。
「師匠、ありがとう」
「じゅん、この後は俺を頼る必要がないんだ。全力で向き合ってこい」
本当に、師匠には感謝しても仕切れない。
魔法しかり、両親の代わりに面倒を見てくれていることも含めて。
「にしても、お前の父親に似て、じゅんも一途なんだな」
「……お父さんも?」
「おっ、気になるか? 料理作るついでに、少しばかり話してやる」
俺はこの後、創一さんの料理を食べながら、お父さんのことを聞いたり、咲月への想いを整理するのだった。
……俺は変わるのが怖かったんだと思う。
溶けさせないことで、見て見ぬ振りをする理由をずっとつけていたから。




