31 花や木の魔法その一
だんだんと近くなっていく、咲月との距離。
目的で周りが見えなくなる俺でも、流石にそれはわかっている。
わかっているのに、わかっているのに。
咲くことはなく、ただ寄り添う木のように木陰をつくるんだ。
「おーい、純星?」
「あ、すまん。ぼーっとしてた」
ちゃんとしてよね、と言いたげな咲月は、おかずを箸で摘んでいた。
学校のお昼休み。
俺は咲月と一緒に中庭の木の下でお弁当を食べている。
普段は適当なもので済ませている。だけど、今日はなぜか咲月がお弁当を作ってくれたので、ありがたく頂戴している感じだ。
太陽の光が葉っぱの隙間から差し込む下は、どこか温かさがある。
俺の妄想も、広い空に消えて欲しいように。
「純星って、たまにロマンチストだよね。努力馬鹿なのに」
「一言余計だ。てか、誰がロマンチストだよ」
「うーん、じゃあ、黄昏だね」
「どっからじゃあがきた、じゃあ、が」
深く考えている咲月が、どうしてこうも軽率な発言をするのだろうか。
まあ、俺の前だけなら嬉しい……って何を思ってんだ。
とセルフツッコミを入れる俺は、ため息を吐き出した。
「あのさ、咲月」
「どうしたの? ていうか、食べないの?」
「食べるから」
俺は咲月からもらったお弁当のおかず、焼き鮭を口に運んだ。
塩対応で誤魔化された気もするが、気のせいかな?
「で、どうしたの?」
話を逸らしたのは咲月だよな?
どこか感覚を崩してくる咲月に、俺はむず痒さを覚えそうだ。
俺の顔を見てなのか、言いたいことがあったら口で言ってね、と言いたげな表情をしている。
どこまで人を見透かしているのか、小一時間問いたいものだ。
「いや……俺はさ、咲月の、どんなやつになれてんだろう、って思ってさ」
俺は不安だった。
俺からすれば、咲月は居てくれて当然……なんてふざけた考えから、魔法があっても居てくれる、そんな幸せな存在になっている。
でもそれは俺が思っていることだ。
咲月は無理やり、俺に合わせていないのか、それが心配だった。
家事は未だに壊滅的、食事はまともな栄養を取らない、云わばフレームの隙もない下落した人間だ。
家が隣同士だから、を理由で咲月の時間を奪いたくない。
おせっかいを無理にしてもらう理由……その距離が理由なら、俺は咲月から離れるべきなのかもしれない。
咲月と一日一緒に居なかった時間で、覚えた寂しさが、不安を背にして押してくるんだ。
咲月といて満たされているのは、俺だけかもしれない。
「……はあ」
咲月はお弁当箱の上に箸を置き、息をこぼした。
薄らと光を帯びた黒い瞳が、俺の姿を照らしている。
風に揺れる、透き通るような黄緑色のポニーテール。
気づけば俺は、咲月をまじまじと見ていた。
「純星はさ、本当に鈍感だね」
「なんで一々罵倒を挟むんだ?」
「でも、それが純星の良い所でもあるよ。そんな純星を、どんなやつ、で隔離するほど私が落ちてるように見える?」
「……それは……」
何も言えなかった。
何も言えなかったんじゃない……考えていなかったんだ。
俺は俺ばかりを見ていて、結局は咲月を見ていない。
魔法があっても、人の心が傷つかないことはないんだよな。
「傷ついた、とでも思った?」
「ああ」
「それ、考えすぎ。純星が純星らしくいてほしい、それが私の願いだよ」
「……咲月」
「はい、あーんして」
そう言って咲月は、箸で卵焼きを摘んでいた。
向けられた卵焼き。光に照らされて、艶やかな色合いを醸し出している。
俺は自然と、口を開けていた。
「はい、どうぞ」
「……おいしい」
「えへへ、純星に合うように作ったからね」
それを自分のお弁当箱に忍ばせているって、咲月はどこまで考えているんだ。
ふと思えば、学校の中庭だったのもあり、俺は血液の沸騰を感じた。
周りに人はいないが、恥ずかしいものはある。
中庭の上を通る渡り廊下で見られていたら……なんて考えがよぎりそうだ。
俺は思わず顔を押さえていた。
「ねえ、純星、お願いしてもいい?」
「何をだ?」
「次に試す魔法――花や木、それらを一時的に生み出す魔法を試してほしいな」
「……自然と寄り添いたい的な?」
「うん、そんな感じだよ。それに、自然の魔法で純星にどんなえっちなことをされるのか、気になるじゃん」
前言撤回、こいつの前で羞恥心は無駄だ。
とはいえ、今までが物理的な魔法が多かったし、人の心を癒す、って意味合いでは自然のある魔法は良いかもしれない。
「わかった。考えてみるよ」
「ふふ……木漏れ日は、心地いいね」
「美的センスを感じることがあるんだな」
「そうだ、ねっ」
「ごふぇんなさい」
ぎちぎちと頬をつねってくる咲月に、俺は謝った。
お昼休みが終わるまで、魔法の話や、好きな自然の話で咲月と今を満喫した。




