30 糸の魔法その五
咲月の細い指がセーターのほつれた毛糸を引っ張った時、まるで時間は止まっている。
一つのほつれは、魔法で言うなら全ての失敗に繋がっていたんだ。
「……えっ、あっ……嘘だろ。……なんで、いつもこうなるんだ……」
「純星、どうしたの?」
当の本人である咲月は気づいていない。
一本の毛糸を咲月が引っ張った瞬間、咲月の着ていたセーターは魔法が解けたように、全てが解けたんだ。
あっという間の出来事で、毛糸は光の粒となって消え、咲月が手に持った一本の毛糸だけが残っている。
そう、今の咲月はキャミソール姿に……ではないだと?
なぜか咲月は、フリルをあしらった水色のブラジャーに、ショートパンツの姿となってしまっている。
完全に増えた肌の露出。
しっかりと理解できてしまう、その胸を隠すものの圧巻さ。そして、豊満とした優しくももっちりとしている肌の弾力。
全てが重なった魔法の事故に、またもや咲月は肌を露出してしまったんだ。
俺は息を呑み込み、まじまじと咲月を見ていた。
俺だけが別の世界を見ている、って言い聞かせたかった。
どうしたの、ともう一度首を傾げる咲月。
咲月が疑問気な仕草をとったおかげで、寄せた腕でさらに胸の間を強調してくる。
男として、これは辛いものがある。
別に見ていて辛いとかではなく、不慮の事故で女の子を、咲月を恥ずかしい姿にしてしまった俺への戒めだ。
とはいえ、なんで着ていたはずのキャミソールが消えているのかは不明である。
視線を下に落としても、何気におへそに目が言ってしまって、顔が熱を帯びていく。
「その、咲月……魔法が解けて……」
「え? さっきの毛糸はここ、に……!?」
咲月は俺の様子から察したのか、ようやっと自身の顔から下を見た。
咲月の目線では何が映ったのだろうか。
とはいえ、俺が先ほどから動揺している理由は理解できただろう。
赤く染まっていく白い顔は恥ずかしいようだ。
「本当に、ごめん」
「……純星が謝ることじゃないよ」
「え?」
白い手は、落ち込む俺の手を握ってきた。
咲月が一番恥ずかしいはずなのに、どうしてそんな行動を取れるのだろうか?
下着姿のまま、上目遣いで見てくるその瞳、羞恥心があるのは定かだろう。
「嫌じゃないのか……?」
「……は、はずかしいよ。でも」
「でも?」
「純星と居る時間が好きだから……これくらいは、ご褒美にいいかな、なんて」
指で頬を掻く咲月。
……俺は、咲月を何も知らないな。
知った振りをする。それは、誰だってできる、その場しのぎの処世術だ。
でも俺は、咲月を知りたい、咲月の近くにいたい……その思いが、離れていた一日で強くなっていた。
誤魔化しかもしれないが、恥ずかしい姿をさせてしまっているが、抱きしめたかった。
好きだから、その意味を率直に捉えて。
「うん。ご褒美だよ……さ、咲月?」
「えへへ。純星の魔法が解けた幼馴染、その地肌の当たる感覚は心地いい?」
不意に咲月は腕を回して、ぎゅっと抱きしめてきたんだ。
布一枚で当たる、咲月のやわ肌。
男の俺としてではなく、俺自身、咲月の柔らかさが好きだ。
他の誰かじゃなく、咲月だけ、で覚える感覚が。
とは言っても、幼馴染の膨らみある部分が当たるのは、むず痒さがある。
咲月がニコニコするせいで、俺の方が恥ずかしくなりそうだ。
「純星はいい幼馴染を持ったね」
「少しは羞恥心を覚えてくれないか?」
「しゅ、羞恥心はあるよ!? ただ……私の中で……特別、だから……」
咲月が消え入りそうな声で言ったのもあって、ただ、の後が聞き取れなかった。
「やっぱり、咲月が何を考えているのかわかんないや」
「ふふ、純星がわかったら、天地がひっくり返りそうだね」
咲月はそう言って、ソファの横からキャミソールを取り出した。
俺が目を瞑っている時、咲月は肌でセーターを感じようとして、キャミソールを脱いでいたようだ。
魔法で消えた、って事件にならなかっただけ一安心と言える。
目の前で咲月がキャミソールを上から着るのもあって……服に収まるブラジャーと胸が、ある意味弾力を伝えてくるのですがそれは……。
言葉を失っている俺を見てか、咲月はニヤリとしている。
だからこいつの考えていることは不明だ。
「そういえば、これだけ残ってるね? 他は消えちゃったのに」
咲月は首を傾げながら、手に持っていた物を見せてきた。
それは、セーターでほつれていた、一本の毛糸。
セーターの糸は粒となって消えてしまったが、その毛糸だけは唯一残っている。
「純星、これ、もらってもいい?」
「そんなのでいいならくれてやるよ。……消えたセーターは、後で作り直しとくから」
「ありがとう。純星は優しいね」
別に優しいわけじゃない。
俺はただ、咲月にプレゼントをしたかったから、もう一度作りたいだけだ。
ふと気づけば、咲月は一本の毛糸を、左手の薬指に巻いていた。
「ねえ、左手、出して」
「え、ああ」
俺は咲月に言われるまま、左手を前に出した。
前に出した瞬間、俺は目を見開いたんだ。
咲月の左手の薬指に巻かれていた毛糸から、伸びるように一本の線が現れた。
そして導かれるように、出した左手の薬指に円を描く。
小さな光に包まれた時、俺の薬指には毛糸が巻かれていた。
咲月の薬指の毛糸と繋がっている、まるで運命を共にしたような毛糸が。
「これは私からの贈り物。運命の赤い糸みたいでしょう?」
「赤い糸、ってよりかは白い糸で繋がってるけど?」
「もー、比喩だよ、比喩」
「比喩か、なるほどな。……で、なんの比喩だ?」
「純星は一度、乙女心を学んだ方がいいよ?」
咲月は辛辣だ。
笑顔で言うからタチが悪いのに、どこか嬉さがある。
咲月と繋がっている毛糸は、魔法のように透明になっていた。
「これで日常生活にも支障はないね」
「……咲月、いつから道具を生み出す魔法を?」
「内緒。時に、女の子は大胆だから」
「お前はいつも大胆だろ」
「失礼な。純星にだけ、だよ」
「それはどうも。まあ、いつも助かってる」
「素直な純星、嫌いじゃないよ。このこのー」
わざとらしく指で心臓付近をツンツンしてくる咲月は、微笑ましいほどに無邪気だ。
「ねえ、純星。今日、泊まっていってもいい?」
「明日は学校だろ? ……泊まるのは無理でも、話す時間はほしいかな」
「そうこなくっちゃね」
「……咲月、いつも一緒に居てくれて……ありがとう」
「――感謝するのは私のほうだよ。純星……大好きだよ」
幼馴染として、好きでいてもらえるなら嬉しいものだ。
この後、俺は咲月となんやかんやありながら、一緒に居られる幸せを堪能するのだった。
――それは、繋がりを意味する、幸せ。




