03 炎の魔法その二
「ご馳走様。すごく美味しかった」
「お粗末さま。見てれば分かるよ」
咲月が作ってくれた夜ご飯を食べ終え、俺は咲月と向き合っていた。
夜ご飯は、オムレツにご飯、焼き魚にサラダだった。
どれも絶品で、美味しく食べられたのだ。
咲月は料理が上手だからこそ、俺は幸せに火照っているのかもしれないな。
幼馴染とはいえ、咲月には迷惑をかけっぱなしだ。
「私は迷惑だなんて思ってないよ?」
「だから、心をさりげなく読むなって」
「読んでないよ。だって、純星はわかりやすいから」
そう言って笑みを浮かべる咲月に、恥ずかしさを覚えた。
どうして、咲月と一緒に居るだけなのに、むず痒さや、もどかしさがあるんだ?
俺は思わず、頬を掻いた。
「てか、咲月は分かりづらいし、その格好じゃ風邪引くだろ」
「なになに? もしかして、私の部屋着を見て興奮しちゃった?」
「……あんまりからかうなよ」
咲月は既にエプロンを脱いで、キャミソールにショートパンツという、肌の露出が多い姿だ。
別に女の子だから肌を隠せとかじゃなくて、男心的にはくるものがあるからだ。
肩紐が変にズレれば見えるんじゃないか、って冒険心をくすぐるように。
それに季節が暖かいとはいえ、無理に冷える必要も無いだろう。
……俺の前だからいいものを。
「まあ、私は純星の幼馴染だし、見られても困らないからね。それに、幼い頃はよく純星に見られたし」
ニマニマと見てくる咲月に、思わず呆れた息を返していた。
「そうは言っても、俺が困るんだよ。……他のやつには見せるなよ」
「ほ、他の人の前では流石にこんな格好をしないよ! ……じゅ、純星の前だけだから……」
そう言って、咲月は頬を赤くしていた。
……俺は、咲月の事を何も知らないんじゃ。
咲月とは幼馴染で、家が隣同士ってだけで、全てを知っている訳じゃない。
隠したいことや、秘密にしたいこと……魔法が生まれてしまったこの日常で、大量に目にしている。
気持ちが弱いから知りたくないわけじゃない。
相手に近づく、その小さくて大きな力が怖いんだ……。
もじもじとした様子で咲月が上目遣いで見てくるから、俺はもどかしさを感じている。
「……あのさ、さっきの……傷つけない魔法、咲月で試す話なんだけど」
「え、あ、うん」
傷つけない魔法……そんな魔法は存在しない。
この世界じゃ、炎や水、電気などの日常魔法は、帝国で魔法を使える者は誰だって扱えるのだから。
だけど俺は、その中でも相手を傷つけないように、力を、魔法を扱いたいと思ったんだ。
誰かの為じゃなくて――失うものは増えても、得るものが減る、そんな日常が現実にならないように。
「絶対に咲月は傷つけない、大切にするから、試させてもらってもいいか?」
唐突なのは、俺が一番よく理解している。
でも、失う前に、咲月に真剣な意思を伝えておきたいから。
「嘘はついていないみたいだね」
咲月はそう言って椅子から立ち上がった。
俺の前に来る咲月は、どこか嬉しそうに笑みを携えている。
そのほっそりとした白い手が、前髪を上にあげた。
初めて、俺は咲月との距離の近さに息を呑んだ。
呑み込む息は喉が焼けるほど熱くて、呼吸をしてもしきれないのに、視界には咲月が輝いて見える。
「ほらほら、これからは純星のお相手になる子だよー。その目に焼き付けてもいいんだよ」
と言いながら、胸元を寄せながら来ないでもらってもいいですか?
彼女の白い肌は、控えめに言っても目に毒だ。
「はいはい、忘れましたー」
「嘘つきだねー」
ニマニマと見てくるその瞳は、本当になんなのだろうか?
とはいえ、咲月に魔法を試せるのはありがたいかもしれない。
「純星の魔法、試しに今、私に使ってみる?」
「いくら咲月が回復魔法を使えるとしても危ないだろ? 今使うのは炎だし、火傷の傷が治る保証は――」
言いきる前に、咲月が両頬をムギュっと指で押し込んできた。
「なら、炎の魔法、って考え方を変えるべきだよ」
「……は?」
「炎の魔法は普通で見るなら、明かりを灯したり、相手に炎の玉を当てる魔法だよね」
それが普通の目線だろう。
ゲームで言えば、炎の魔法がひとつあれば松明代わりにもできるし、相手を攻撃するのが主だ。
「でもだよ? こうして話す言霊、相手の心を温めることが炎の魔法って言っても違和感は無いよね?」
「いやいや、違和感ありまくりだろ!?」
「そうかなー?」
「そうだろ。咲月はあれか、回復魔法で相手を回復させずに、相手を傷つけるって言うのか?」
いくら俺でも、回復魔法を鈍器にするなんて聞いたことも、見たこともない。
回復魔法は体力や傷、重症を回復出来るヒーラーの役割みたいなものだ。
それが戦うヒーラー……不死身の傭兵になるとか、恐ろしいにも程があるだろ。
咲月はピンとこなかったようで、首を傾げていた。
今後、こんな幼馴染の相手をし続けるとか気持ちが折れそうだ。
「もー、四の五の言わず、私に使ってきてよ」
そう言って咲月は距離を取って、リビングに移動し、中央に立ってみせた。
本来なら、手を伸ばす事はなかった。
でも今日だけは、俺は初めて咲月の前に向かい合って立ち上がり、咲月に手を向けている。
右手の指に巻かれた絆創膏が、思い出させてくる。
魔法を打つことが出来ない俺を、蔑んだ、哀れんだ、否定する声が。
「……純星ならできるよ。私は知ってる、純星は強いって。だから、遠慮なくきて」
事情を知らない奴が聞いたら勘違いしそうだ。
でも、咲月のおかげか、自然とリラックス出来ていた。
心が温まる、咲月自身が魔法みたいなものだ。
「ありがとう」
「うん」
手を伸ばす。体温は空気に触れる。
魔法陣は顕現せず、体の内側から湧き上がるように、俺自身を媒体として炎を手に灯した。
その炎はゆっくりと、空気に伝播していく。
揺れる鼓動が、咲月を傷つけないと覚悟を決めているようでこそばゆさがある。
「これが傷つけない魔法の炎……すごく、温かいよ」
なんでだろう、俺は息を止めていた。
自分で炎の魔法を咲月に使ったのに、初めて見た景色に見惚れるように。
俺の指先を離れて向かった炎。
炎は輪郭を強調するように咲月に帯びて、黄色とも言える灯火の中に咲月を輝かせたんだ。
まるで神秘……咲月の透き通るような黄緑色の髪とポニーテールも相まって、リビングなのに、夜の森の中で輝く炎を見た気分になる。
炎の中で浮かびながら煌めくひし形の光は、神秘の光景そのものなのかもしれない。
――傷つけない炎……俺は、出来たんだ。
咲月を傷つけない自信はあった。
それでも怖かったから、たまらない程に嬉しさが込み上げてきている。
ふと気づけば、咲月ははにかんだ笑みを浮かべていた。
「咲月……教えてくれてありが……あっ……」
「どう、今の私、純星から見ても可愛いでしょう? ……純星?」
俺はひとつだけ、小さくも大きな過ちを犯した。
動揺した俺を不思議がるように、咲月は首を傾げている。
偶然か必然か、咲月のキャミソールは引火して静かに消えていっていた。
ショートパンツが燃えてないからいいや、じゃなくて心の準備的にも困るんだよ!
――と、止まれぇ!!
炎を慌てて止めた。だが、時は既に遅く、咲月のキャミソールは跡形もなく消えていた。
そして顕になる、咲月の胸を隠すフリルをあしらった肩紐無しのブラジャー。
今の状況を理解していない咲月に対して、俺の目は既に釘付けとなってしまった。
顕になった綺麗な白い肩もだけど、男心的にはその膨らみに視線がいってしまう。
もー、なによ、と言いたげな目で見てくる咲月は腰に手を当て、前屈みになってくるから視線的にも姿的にも刺激的だ。
語彙力を失うとはよく言うが、ここまで刺激を受けると人は思考が止まるらしい。
というか、腰に手を当てたのなら気づけよ。
「あ、あのさ、咲月……急で悪いんだけど、前を隠してもらってもいいか?」
「ま、前……? ……!!?」
咲月はようやっと気づいたようだ。
咲月は自分の姿を見てから、俺を見ては、顔を急激に赤くしている。
そして速やかに、咲月は腕で胸元を隠した。
あの、腕でぎゅっと寄せられて刺激が強くなっているのは、伝えた方がいいですか?
俺を見る瞳は揺れており、恥ずかしいのだと理解できる。
「……純星、こ、こういうことをするために魔法を!」
「ご、誤解だから! これは不慮の事故だ! 見たのは忘れるから!」
「わ、忘れることできるの……?」
「……無理だ。ごめん、咲月が思った以上に魅力的過ぎて、忘れられないかも……」
とりあえず俺は誤魔化すように、置いておいたワイシャツを咲月に手渡した。
「あのさ、とりあえずこれ着てくれ」
「い、いわゆる彼シャツまで所望するの!? 純星、どれだけ欲求不満なの!」
「だから誤解だ!」
咲月はそう言っているが、隠すようにワイシャツを着ていた。
ワイシャツが大きいせいか、少しブカブカで、隙間から咲月の白い肌やお腹が見えている。
ふと顔を上げると、咲月はじっと視線を向けてきていた。
明らかに含みを込めた視線だ。
「純星……絶対に他の子のを見る真似をしたらダメだよ」
「……咲月ならいいのか?」
「……どうしてそうなるの!? で、でも、他の魔法も私で試すわけだし、不慮の事故は目を瞑ってあげなくなくもないかなー」
「どっちだよ」
咲月は恥ずかしい目にあったのに、今後も付き合ってくれるようだ。
感謝をするべきか、危険な目に合わせないためにもやめさせるべきか。
わざとらしくウインクする咲月は、俺の心を読んでいるのだろう。
「……咲月が幼馴染で、俺は良かったよ」
「よろしい。純星、そういう所は素直に口にできるのにね」
「余計なお世話だ。……そのさ、今後もよろしく頼む」
「ふふ、任されたよ。……他の子に手を出さないうちに、私をもう少しはだけさせたいとかある?」
「無いから!」
こんな会話をしてんのに、俺も咲月も互いに笑っていた。
……俺の思う傷つけない魔法は、咲月の言っている通り、違う意味も混ざってるのかな。
この後、俺は咲月をベランダから自宅へと返した。
自室に戻ってから、ベッドで横になって天井を見上げている。
「……咲月の為にも、傷つけない魔法をもっと頑張るか」
どうして咲月はこうも、幼馴染の俺を心配して、家事も料理もおせっかいを焼いてくれるのだろうか……。
この日から、俺と咲月の魔法のある日常は更なる始まりを迎えたんだ。




