29 糸の魔法その四
「一日だけ会わなかったのに新鮮だね」
「そうだな」
次の日の夜、俺は咲月と再会した。
一日会わなかっただけなのに、心はすごく安心している。
咲月がいつも近くにいてくれることが、これほどまでに嬉しいって、初めて実感しているんだ。
とはいえ、相変わらずキャミソールにショートパンツの姿で来るものだから、自重してほしいものだろう。
咲月のちょっとした露出が高い服は、俺の前だけなら許してしまう。別に性的な意味とかはなく、あくまで幼馴染として。
「咲月、お腹すいた」
「もー、開口一番それ? 今作ってあげるから、手洗いうがいして待っててね」
「うん。……咲月」
「どうしたの?」
「……ありがとう」
「素直な純星の気持ち、嫌いじゃないよ」
気楽そうに笑みを見せ、咲月は置いていたエプロンを翻した。
変わらずキャミソールの上から着るものだから、正直誘っているに近しい……?
なんて想像は、川に流すのが相応しいものだ。
横目でちらっと見てきた咲月。
俺は反射的に、目を逸らしていた。
悪いことをしていないのに、はにかんだ笑みが心に刺さったから。
「今日は、魔法を試すんだよね」
「そうだね」
「……どんな魔法でも、受け止める?」
「うん」
受け止める側は咲月だが、おそらく魔法の結果がどうなるか、って意味だろう。
咲月の発言は隙が見当たらないから、捉える側も頭を使わされるものだ。
笑みを携えてキッチンに立つ咲月を、俺は椅子に座って眺めるのだった。
その際、昨日のお昼と夜ご飯についてお説教があったのは別の話。
真っ白になったお皿、水を切って布巾で拭いた。
「片付け終わり。次は純星の魔法だね」
「なんで咲月が楽しみにしてるんだよ」
「うーん? ……私に使われるわけじゃないから、安全だからかな?」
「……傷つけないようにはしてるから」
「わかってる」
やっぱり咲月は小悪魔だ。
でも、そんな他愛もない、自然な笑顔が溢れる咲月を俺は見たいと思ってしまう。
苦笑いしながらも、俺は咲月とソファに座った。
「それで、純星はどんなのを作るのか決めたの?」
「ああ。うまくできるかわからない」
「また卑下してる」
「……でも――咲月に贈りたいから、精一杯の魔法は見せるからな」
つもり、なんて言葉はただの保険だ。
俺は昨日、何度も、何度も、形を理解して、一つ一つを大事に作る練習をした。
その思いには絶対、咲月が居てくれたから形にしたいんだ。
真剣に咲月を見ると、薄らと光を帯びた黒い瞳は柔く緩んでいた。
「うん。楽しみ」
「それじゃあ、やってみる……あのさ、あまり前のめりはやめてくれないか?」
「えっ、どうして?」
なんでこいつは理解していないのですか?
咲月が前のめりで見ようとすると、俺の身長的、目線的にも、形を揺るがす胸元に目がいくから困るんだよな……。
そんなことを言うと、咲月にジト目を向けられそうだ。
「純星、鼻の下が伸びてるよ? さては、また魔法で偶然を装うつもりだったんでしょう?」
「そんなわけあるか。……やるからな」
咲月が頷いたのを見て、俺は目の前のテーブルに両腕を向けた。
糸の魔法。元来、存在するか不明の魔法。
あったとしても、蜘蛛の巣のように罠を張ったり、相手を拘束したりするために使われていただろう。
今使う魔法は、一つの繊維は脆く崩れやすい。それでも、一つ一つを毛糸のように編みこみ、形へと導く魔法。
毛糸の一本は軸とした結び目。幾つも束ね、柔肌すらも気づかないほどに繊細な物へと生まれ変わる。
手のひらは空気に触れている。だけど、一から創る形は光の中から、魔然を通して構築されていく。
魔法を毛糸とし、魔然を編み針の役割を果たす物とする。
手で触れることはできなくても、構築の中でゆっくりと一本ずつ編んで、シャツの形へとしていく。
息することを忘れて、数分が過ぎた時だった。
「やっと……できた」
体感で、数時間は正直すぎた。
それでも、テーブルの上に出来上がったニットセーターが安心を与えてくる。
……師匠が見れば、使う人の感想を得てから安心しろ、と言いそうだ。
セーターは、咲月の体型に合うように長袖シャツに近い形となっている。
明るめのベージュ色にすることで、黄緑色の髪にも自然と溶け合い、普段使いでも問題ないように考慮したつもりだ。
センスのなさで言えば、シンプルなセーターになったくらいだろう。
問題としては、咲月の胸に差し支えがないか……くらいだとありがたい限りだ。
ふと気づけば、咲月が額にハンカチを当ててきた。
「すごい汗……それほど、本気で作ってくれたんだね」
「ああ。咲月、もらってくれるか?」
「うん。今、着てもいい?」
咲月はセーターを持つなり、瞳を輝かせている。
そんな咲月の笑顔を見て、断る理由はないよな。
「咲月にやったんだ。……好きにしてくれ」
「えー、なんかその言い方は嫌だなー」
「なんでだよ。じゃあ、咲月に似合うと思うから、着てみてくれない?」
「やっぱり、私の見る純星は様になるね。……目を閉じててね。初めて見た、感想が私はほしいから」
咲月の頬は赤かった。
俺は頷いて、世界を黒に染める。
暗いのに、昨日とは違って、気持ちが温かかった。
擦れる音が耳に響き、咲月の行動を意味してくる。
とはいえ、キャミソール姿の咲月は上から着れるので、俺が見ても問題はないとは思いたい。
初めて見た感想、となれば後々見るのが当然か?
目を開けてもいいよ、と優しい声が耳に届いた。
ゆっくりと瞼を上げると、そこにはベージュのセーターを身に纏った咲月の姿。
首元はゆとりを持たせたつもりだが、咲月の肩を隠すには十分だったみたいだ。
一瞬、咲月が姿勢を直した時に浮いた肩の隙間から、水色の紐が見えたが気のせいだろう。
「似合ってる。かわいいよ」
「か、可愛い……純星に褒められるのは、嬉しい」
……その笑顔は、俺に効く……。
咲月が少し照れた様子をしながらも、笑みを浮かべるから目が痛かった。
今まで感じることがなかった、心の揺れを覚えそうだ。
目の前にいるのは咲月のはずなのに、こんなにも可愛いと思ってしまう。
ベージュのセーターは、ニット基調なのもあって咲月の柔らかい雰囲気にもマッチしていて、透き通るような黄緑色の髪の邪魔をしていない。
ポニーテールを横にゆらゆらとさせる咲月は、褒められて嬉しいと体現しているようだ。
ちゃっかりと、咲月が顔に手を寄せて萌え袖をするものだから、心臓への負荷を早めてくる。
咲月の細い小さな指も相まって、セーター萌え袖は視線にハートの矢を刺してくるものだ。
「……着心地はどうだ?」
「うーん。胸は苦しくないよ?」
「なんでピンポイントな感想を寄越しやがりましたか?」
「えー、だって純星、私の胸ばっかり見てるしー。それに、努力馬鹿の純星が意識できるのは、肌へのダメージやそれくらいだと思ったからね」
どうやら咲月には全て読まれていたようだ。
むしろ、他に何を意識すればいいのか、俺にはさっぱりなんだが?
デザインは専門の人に、ってなれば意識できる箇所は着心地くらいなのだから。
それでも、咲月に問題がないみたいならよかった。
「……あれ、この部分、ほつれてる」
咲月は俺が考えている時、セーターの端にほつれを見つけたらしい。
できるだけ全体を編んだのだが、ほつれまでは魔法でカバーできなかったのだろうか?
繊細な魔然コントロールを要求されても、毛糸は一本一本正確にはできなかったようだ。
「失敗か」
「……失敗じゃないよ。多分、多く毛糸を入れただけじゃないかな?」
と言って咲月は、ほつれて出ていた一本の毛糸を引っ張った。
引っ張った瞬間、俺は息が止まるのだった。




