28 糸の魔法その三
約束の休日。
その日は静かだった。
咲月、彼女の名前を呼ぶ声がどこにもない。
声に出せばあるのに、声に出せなかったんだ。
声に出すと、寂しさを感じてしまうから。
まだお昼前なのに、ベッドで横になって、白い天井を見上げている。
……カーテン。そこだけは開けちゃダメだよな。
部屋の正面からは光が差し込んでいる。
それでも一つだけ閉したままのカーテンが、咲月の部屋を映すベランダのカーテンは閉じたままだ。
咲月に同意した上で、今日は開けないようにしている。
本当は開けてもいい。だけど、俺はきっと咲月に会いたくなってしまうから。
どうしてこんなにも、咲月に会いたいって、俺は思っているんだ?
今までなら、別に一人でも、咲月が来なくても大丈夫だと思っていた。
「……はやいけど、ご飯食べるか」
ぼんやりとつぶやいて、俺は一階のリビングに降りた。
少しでも、咲月を意識しすぎないようにしようと。
意識しないように、するつもりだった。
「やっぱり、寂しい……」
生きるだけは、罪。
生きた時間の中で、リビングには咲月と出会ってから、さまざまな記憶が残されている。
目に見えるものだけが全てじゃない。
キッチンや、ソファ、その場所自体が記憶を思い返させる棺桶だ。
俺は自分の行動に後悔しないよう、咲月と会いたい、そんな気持ちをヤカンに水を入れて隠した。
……お昼は軽く、カップ麺で済ませばいいか。
出来上がったカップ麺をダイニングテーブルに置いて、椅子に座る。
「……一緒に食べなくても、咲月が居てくれたんだよな」
どうしてだろうか。
こんなにも、咲月といない時間を意識する……そんな時間がくるなんて。
カップ麺の蓋を開けて、咲月に怒られないように、適当に野菜を放り込んだ。
色合いは不十分だが、栄養は毒を喰らえばってやつだ。
箸をもち、麺を啜る。
音が鳴った。
音が今までよりも、リビングに響いている。
……美味しい。だけど、美味しくない。
いただきます。感謝の言葉を伝える相手が、当たり前のようにいた。
両親がいなくても、咲月が居てくれたから、美味しく食べられていたのか……。
ふと思えば、俺は咲月に甘えすぎていた。
魔法を試すのも、手当をしてもらうのも、本当なら一人でも出来たはずだ。
咲月が居てくれるから、俺は寂しさを、孤独を噛み締めなかった。
「……食べ終わったら、咲月にあげるものを考えるか」
俺は早々に完食し、片付けをした。
ソファに腰をかける。
隣には誰もいない、温もりがない。ご飯作りが終わっても、すぐに帰らずに、話をしてくれる咲月が居た場所。
「糸の魔法。結ばれていた糸……気づくことのない有り難さを、失って気づく辛さ。解けないように、しっかりと結ぶんだよな」
俺はとりあえず、手を前に出した。
目の前にあるテーブルの上に、最低限形あるものを生み出すために。
解けていた糸を、また一つに戻す。
体内から、俺自身を媒体として魔然は溢れ出し、宙に散ったカケラを繋ぎ合わせるようだ。
「出来た。でも、一本の糸? ……服でも作れそうだな」
テーブルの上に出来上がったのは、何色にも染まらない一本の毛糸だ。
螺旋状に繋ぎ合わせる不恰好な糸だ。それでも、解け目は見当たらず、成功と言える。
咲月が喜ぶかは不明だが、この糸を伸ばし、何本も束ねたものを作れば、プレゼントできる物を生み出せそうだ。
「そうと決まれば、練習あるのみだ」
魔法を練習している時、無我夢中が似合うほどに、周囲が見えなくなるから忘れられる。
孤独を忘れて、ただ打ち込む。
明日、咲月と会う時に、しっかりと渡せるように。
「……この糸、指に結んで、伸びた先が……なんてな」
運命の赤い糸……なんて伝承だ。
むしろ、これは物理的にも程があるくらいに、糸が見えている。
道具を作るくらいなら、咲月を恥ずかしめることにはならないと信じて、俺は何度も魔法で物作りに打ち込んだ。
咲月と会わない今日は、俺に足りていなかったものを教えてくれた。
咲月を見る……その足りない思いを埋めるキッカケを。




