27 糸の魔法その二
どうしてこうも、咲月の手を煩わせてしまうのだろうか。
「魔法って言ってるのに、物理的に怪我するのは純星らしいよね」
「仕方ないだろ……」
咲月に絆創膏を指に巻いてもらっている。
ことの発端は、針を持ち、布を糸で縫おうとしたせいだ。
咲月が見ている前でやればよかった話だが、俺は自信満々にやって自爆している。
針に糸を通すまでは順調だった。
でも、針を通す布はまさに絶対障壁で、針の先が布を持っていた指に直撃したのだ。
血塗られた世界は回避できたものの、処置をする前に咲月が来て今に至っている。
「ご足労おかけします……」
「絆創膏の数も、場合によっては勲章」
「いででっ……少しは優しく」
「十分優しくしてるよ?」
咲月の言う通り、俺は咲月に甘えすぎている。
幼馴染だから、咲月はおせっかいを焼いてくれているかも知れない。そのままではダメだと、俺が一番よく理解している。
咲月との距離感は変わらない。
変わらないけど、俺の気持ちは変わっている。
見て見ぬふりを、幼馴染だから、の言い訳をやめようと。
と思っても、何も変わらないまま……。
指先を見れば、咲月が巻いてくれた絆創膏が増えている。
炎、風、と怪我をした指先にある、未だに癒えない絆創膏。
「それで、どうして裁縫?」
咲月は薬などを医療箱にしまいながら、テーブルの上を見ていた。
テーブルの上には、布と糸が雑に置かれている。
大怪我こそしなかったが、思えば咲月に何も言っていない。
指先に膨らんだ赤い花。
それに薬を塗って、絆創膏で繋いでくれた。本当に、義務でもないのに、助けてくれた。
「……前に学校で言っただろ。バイト先で、糸を意味した魔法を使うようになるって」
「あーね。それで、許可はとれたの?」
「うん。咲月に、の一言で良いって」
「そうさん、変な人だね」
「言えてる」
何気に咲月は辛辣だ。
辛辣っていうよりかは、どこか軽くなった……って思える。
今までなら、咲月は隠してばっかりだった。
放っておいたら、勝手に壊れて、いなくなってしまうんじゃないかって……。
そんな胸が締め付けられる感覚、今はないんだ。
咲月が、咲月でいてくれる。
無理に傷つかない、そんな咲月。
「純星から、何をもらえるのか楽しみだなー」
と言いながら、咲月はソファに背を預け、天井を見上げている。
見上げている横顔は、笑顔が溢れていた。
俺の隣で……いや、咲月が笑顔でいられる時間が、ここにあるんだな。
両親が家にいないから、咲月が勝手に上がって、笑顔でいられる空間ならそれでいいのかもしれない。
……いつ帰ってくるんだろう……。
ふと思い出した、両親。でも、今は咲月が隣に居るから、寂しくない。
俺のお母さんとお父さんは、多忙だし、魔法関係で各所を回ってるから仕方ないんだ。
離れて暮らすのは、なれているから。
「純星? 純星?」
「あっ、ごめん。少し考えてた」
「もー、人が期待に胸を膨らませてるのに、呑気だよね」
「咲月は膨らむ胸があるんだから、太ると困るんじゃないか?」
「それ、世間ではセクハラっていうんだよ」
「咲月には何ハラ?」
「えっ、今、豚バラってバカにした?」
「してないから!」
咲月とくだらない話でも向かい合って笑える。
……こういうのが好きなんだよな。
「……糸。いくつもの編み目。繊細で、いくつもの張り合わせだと、一つの解けが全てを解く」
「いきなりどうした?」
「純星の、傷つけない魔法のヒントになればいいなって。……本当は……なんでもないよ」
「……咲月?」
咲月は顔を赤くして、ぶんぶんと首を振っている。
おかげで透き通るような黄緑色のポニーテールが、べしべしとムチのように当たってくる。
てか、なんで咲月は恥ずかしがってるんだよ?
「ねえ、純星」
「今度は何だよ」
「……次の休日、一日だけ、会わない日を作ってみない……?」
俺は驚きに声が出なかった。
咲月と会わない日、一緒に居ない日は魔法を試してから……試す前から一回もなかった。
だから、咲月が隣に居るのが当然だと思っていた。
お互いに合わなくても、昼に会うか、夜に会うかのどちらかだったから。
隣同士の家だからこそ、ベランダで、嫌なことや、嬉しかったことを話して眠りにつく日があったくらいに。
ずっと結んでいた糸がほどけるようで、俺は拒みたかった。
「いやだ、って言ったら?」
「理由、言ったほうがいい?」
薄らと光を帯びた黒い瞳が、ただ真剣に俺を反射している。
「か、勘違いしないでね? ……別に、純星が嫌いになったわけじゃないよ。でも、少しだけ考えてみたいの。これも、糸の魔法なんじゃないかなって」
もじもじとした様子で、咲月が上目遣いで見てくる。
こういう時の咲月は、折れることがないんだよな。
「糸の魔法……」
「うん」
「わかった。その間に、咲月に渡すものでも考えておくよ」
「ありがとう、私のわがままを聞いてくれて。あ、飢えに苦しんだら、流石に連絡してね?」
「俺はペットか何かなのか?」
糸の魔法。多分、お互いの間では、別の意味でその魔法になる。
「わがままを言っちゃったわけだし、欲求の充電する?」
「誰が発情期だ! 咲月で欲情するわけないだろ。……なんども言わせんな。あと、その姿で風邪引くなよ」
咲月は相変わらず、俺の前だけではキャミソール姿で危機感が欠如している。
咲月が夜ご飯を作っている間、俺は、一人になることへの考えを割くのだった。
一時的とはいえ、どこか不安があるから……。




