26 糸の魔法その一
「純星、何やってるの?」
「さ、咲月……驚かせるなよ」
教室で本とにらめっこしていたら、上から咲月が覗き込んできた。
気配がないとか、本当は自称美少女なのでは?
「純星、後でお話しようか」
「気が向いて、覚えてたらな」
「私が記憶しておいてあげるよ」
にこにこ笑みで咲月が言うので、俺の考えは顔に出ていたようだ。
笑顔で圧をかけられるほど、怖いものはないと言える。
「で、何を見てたの?」
「……ああ。本を読んでただけだ」
「にしてはマジだったよね? さては、学校で白昼堂々いたいけな本を読んでたの!?」
「誤解される言い方はやめてくれないか??」
ここは教室。ましてや、他にクラスメイトがいるのに何を言っているんだ咲月は?
覗き込んでくるだけならいいけど、こうも茶化されると話は変わってくる。
……読んでいる本が咲月に覗かれても大丈夫なやつではあるが。
別に、覗き込んでこなくても変なのは読まない。
咲月で十分だから、なんて褒め言葉にもならないよな……。
考え込みかけてため息を吐けば、咲月は勝手に文章に目を通していた。
「魔法が書いてある本だね? ……毛糸の魔法?」
「ああ。これはバイト先……創一さんに次のステップってことで渡されたんだ」
今までなら、道具に近しい物を魔法で作っていた。
だけど次からは、一から創るのは変わらず、さらに繊細に魔然を込めて編む魔法らしい。
糸の魔法、と言ってしまえば完結だ。とはいえ、相手を拘束するような魔法じゃなくて、本当に物を作るための魔法だが。
「ねえ、この魔法って、いつから販売する用?」
「いきなりなんだよ」
咲月はイタズラに笑みを浮かべた。
こう言う時、咲月が深く考えた言葉をぶつけられるんだよな。
本当に同年代なのか疑問だ。
その時、窓から入り込んだ風が透き通るような黄緑色の髪を揺らし、ポニーテールをなびかせた。
「純星が普通の魔法を使う気なさそうだし、だったら、ってね」
つまり咲月は、魔法で試して作る編み物をほしい、と言っているのだろう。
俺自身は別にいいのだが、創一さんが何て言うかだ。
咲月関係で、魔法の質を上げようとしてくれている。でも、商売系となれば話は別の可能性だ。
俺はそもそも、咲月のおかげで魔法で蔑む呼び出しがめっきり無くなったからこそ、学校でも魔法についての時間を取れるようになった。
なら、咲月の気持ちに応えてあげてもいい気がする。
前髪を指で触ると、わくわくした様子の咲月の顔が視界に映った。
この様子を見るに、引く気はないみたいだ。
「それは、創一さんに相談してからでもいい?」
「まってる」
咲月は本当に、笑顔が増えた。
咲月が笑顔を見せた時「か、かわいい」や「初めて広芽さんの笑顔を見た」とか咲月に対する感想の声がちらほら聞こえてくる。
……あんなことがあったのに、咲月は恵まれているんだな。
魔法事件、として前回の騒動は処理されている。
あの一件は窓辺で見ていた人から伝播して、今では学校全体が知ることになった。
俺は、咲月が怖がられ、距離を置かれてしまうか心配だった。
だけど魔法陣を使わない魔法で、いじめっ子を撃退した、ってことで一躍有名になっている。
また、咲月が容姿端麗らしく……魔法をまともに使えない、と判断していた人たちから注目を浴びているのだとか。
咲月はこんなに近いのに……正直、どこか俺は怖かった。
気付かぬうちに、離れたら、そんな気持ちがある。
「……今は、気付かない振りをしてあげる」
「人の心を読むなよ」
「心配事」
「いてっ」
咲月がわざとらしく、指で俺の額を柔く弾く。
「でも、純星が思っている以上に……いらない心配だと思うよ」
「これ、俺が返答したらからかうよな?」
「もちろん」
やっぱり、こいつは小悪魔だ。
平気で笑顔を携えながら、言論を誘導してくるのだから。
その時、咲月がクラスメイトを見た時、徐に視線を逸らしていた。……主に男どもだが。
クラスの女子は手を振って、咲月に反応を送っている。
「あっ、休み時間終わっちゃうね。純星、楽しみにしてるね」
「決定事項か」
「そうさんも、許してくれるでしょう。このメガネみたいに」
「しまっとけよ」
咲月がわざとらしくメガネを取り出してかけてみせたので、俺は苦笑した。
ピンク縁のメガネ……咲月に似合っているし、賢さの中にしなやかで、可愛さを見せてくるんだよな。
メガネをかけて席に向かう咲月の背を、気付けば視線で追っていた。




