25 回復の魔法その五
あくる日。
なぜか俺は、咲月と隣同士、俺のベッドに座っていた。
「純星、ドキドキする?」
「いや、困惑しかないからな」
今日は咲月に、魔法を試したいと予約していた。
予約していたが、こうも別のパターンを用意されると、俺の感覚もズレそうだ。
俺は息を吐き出して、咲月を見た。
咲月はもはやデフォルト……白色のキャミソールに、灰色のショートパンツ姿で隣に座っている。
見える白い肩に、なぜか意識を割いてしまう。所謂、男の性というものだろうか?
咲月を意識し始めたのは事実だし、創一さんの言葉を思えば、咲月を見るにはちょうどいいのだろう。
とはいえ、咲月を変な目や、下心あって見る気はない。
あくまで幼馴染だし、俺におせっかいを焼いてくれる大事な存在。
「今日はたくさん考えてるみたいだね」
「人の心を読むなよ」
「純星は読みやすいし、顔に出やすいから」
笑顔を見せる咲月は無邪気だ。
と思っても俺が望んだのは、こういう自然な咲月の笑顔だけど。
ふっ、と息をこぼすと「どうかした?」と咲月が首を傾げて聞いてくるので、そっと首を振っておく。
もー、と頬を膨らませながら、咲月は肩紐を手直ししていた。
器用な指先だが、俺の前でやるのはやめないんだよな……。
さりげない、目線殺しの鬼め。
「純星、今日はどんなえっちな魔法を試すの?」
「俺の魔法をなんだと思ってるんだよ」
「どさくさに紛れて衣服を脱がしてくる魔法」
「失礼な」
「ふふ、冗談だよ。気持ちに届く、温かい、傷つけない魔法だよ」
柔く微笑んでくる咲月には、困ったものだ。
「……さっそくだけど、試してもいいか?」
「ふぇっ!? と、唐突だね。そんなに欲情してるの? 若いからお盛んになっちゃったとか?」
「なんでそうなるんだよ!? 誰が咲月に欲情するかよ。……てか、お前も若いだろ」
「お前じゃくて、咲月か、さっちゃんって呼んでよー」
「咲月」
よろしい、と言いたげに腕を前で組む咲月は、本当に心臓に悪い。
その曲線ある膨らみは、咲月の腕に押されて妙に形を変えている。だからこそ、俺の目への負荷を考えて欲しいものだ。
まあ、そういう無警戒でいられる、そんな存在だったら嬉しい気もする。
「純星、付き合ったら付き合ったらで束縛してきそうだよね」
「咲月は俺をなんだと思ってんだよ」
「むっつり、ってこういう時は言った方がいいのかな?」
「言わなくていいですー」
純星変な顔、って言ってくる咲月は、魔法を使わせたくないのだろうか。
「ほら、どんな魔法か知らないし、怖いからね?」
「自分を大事にするようになったんだな」
「……純星に、あの話をしてから……私なりに考えたんだよ。なんていうか、胸のつっかえがとれた、的な?」
と言って胸元に手をおく咲月は、どこか寂しそうに見えた。
揺れる、透き通るような黄緑色のポニーテール。
薄らと光を帯びた黒い瞳の奥で、咲月は何を思っているんだ。
それでも俺が行動していた時に、咲月も行動していたって知れた。そんな些細なことから、どこか安らぎを感じる俺がいるんだ。
握りしめた手が、ひしひしと痛みを伝えてくる。
この痛みは、癒しへと変わる痛みなのかも知れない。
「――咲月」
「えっ、じゅ、純星――!?」
俺は不意に、咲月の体に腕を回した。
甘い香りが、鼻を撫でる。
これでもかと、咲月から、咲月らしいシャンプーの甘いフルーティな香りが漂ってくるんだ。
お風呂後に俺の家に来てるみたいだから、体はポカポカしている。
柔らかな咲月の肌。
腕を回して、抱き寄せているだけで、ずっと感じられる柔らかさが肌を伝ってくる。
咲月は驚いているようで、声にならない声を喉から溢れさせていた。
布越しに咲月の背にそっと触れて、その温かさを知っていける。
下から上に手をずらすと、何か当たる感触があったが、気のせいだろうか。
「咲月、これは俺が咲月に送る。咲月だけの、回復の魔法だよ」
「私だけに、送る……魔法?」
咲月は動揺していたが魔法に反応したらしい。
そんな愛らしい咲月を、俺はさらに抱き寄せる。
零距離になった。咲月の柔らかさを、手放さないように。
「ああ、咲月だけにしか、使えない魔法だ」
回復魔法――本来は、相手の傷を癒す魔法だ。
形を変えれば、死の命に対する鎌へと変わり、望む死を延命させてしまう魔法。
だけど、俺が咲月に送る魔法は、時間制限をつけてしまった回復魔法だ。
耳をすませば、咲月の鼓動と、俺の鼓動が重なる。
早まる鼓動の中、咲月の背につけた手は熱を帯びていた。
その熱は俺の体から魔然を集め、咲月へと魔法になって伝っていく。
瞬く間もなく、星のような光の粒が、咲月の髪から溢れ出した。
透き通るような黄緑色の髪は、ゆっくりと、色素が抜けるように星空へと変わっていく。
渚がゆらめくように、黄緑色だった髪色は流れていき、透き通るような黒い髪へと変わっていったんだ。
咲月に魔法を使い切り、俺は腕を離した。
腕を離せば、咲月は驚いたように目を丸くして、自身の髪を手にとるように触れている。
「髪の色が、戻ってる……」
「咲月、魔法で髪が変色したって言ってたから、少しでも前の咲月を見てみたくなってさ」
創一さんが言っていた、本来の咲月を見ろ、っていう意味とは程遠いかもしれない。
それでも俺は、俺自身のエゴで、黒い髪だった咲月をこの目に収めておきたかったんだ。
「純星は、本当に傷つけない魔法を使う、わたしだけの魔法使い」
咲月の瞳は、涙が溢れるように煌めいていた。
「でも……ごめん。その魔法は、数時間くらいしか持たないんだ。時間が来たら、またあの髪い――」
宙に星粒が飛んだと思えば、唇はほっそりとした白い指に塞がれた。
頬に一つの線を携えながら、咲月は最高の笑顔を浮かべながら、指で俺の口を奪ってきていた。
「純星、謝ることじゃないよ」
「そっか」
「うん。純星は、黒い髪の私と、黄緑色の髪の私、どっちが好き?」
これは難問だ。
見慣れていた方でいえば、透き通るような黒い髪だし、薄らと光を帯びた咲月の黒い瞳にもあっていただろう。
しかし、魔法によって変わった透き通るような黄緑色の髪。
それは咲月の今を体現していたし、何よりも特別感があって、回復を主とする咲月にあっていた。
どちらも捨て難いけど、俺自身の考えなら選べる気がした。
「俺は、黄緑色の方が好きかな」
「その理由は?」
「咲月が普段からお化粧をしてるみたいだし、お化粧をしている淑女が可愛くないわけないから」
「か、可愛い……。あ、当たり前だよ、これでも私は学校の中で美少女って言われてるしー」
「そうなの、初耳なんだけど?」
「この鈍感馬鹿! 純星は魔法ばっかで、噂とか、世間話とかに興味がないから知らないだけだよ」
でも、咲月が言っているのは事実かも知れない。
俺も時折、咲月に目線を送る同級生がよくいたので、髪色の珍しさと勘違いしていた可能性があるからだ。
咲月が頬を膨らませたままなので、俺は早急に謝った。
仕方ないな、と言いたげな咲月は、嫌ではないようだ。
「ちょっ、咲月!?」
油断した瞬間だった。
咲月は俺の手をとり、自身の心臓近くに手を当てさせてきたんだ。
当然、下に降りようものなら膨らみがあるし、変に動けばキャミソールの端に当たりかねない。
「これは、純星だけに、のご褒美だよ」
「刺激的すぎだ」
「じゃあ、こうしよっか」
咲月が手を離すなり、温かさが全身に伝った。
咲月は代わりといった様子で、腕を回して俺を抱きしめてきたんだ。
何回も抱きしめることがあったけど、これはどこか門出を祝ってくれているようで、嫌ではなかった。
とはいえ、咲月の胸が俺の胸板に当たったり、咲月が顔をわざとらしく埋めてくるので、俺の限界が先になりそうだが。
「本当は、咲月が寒かっただけだろ」
「これは、ご褒美だから」
「……おれは、触らないから、好きにしてくれ」
「そういう素直な欲求を口にする純星、きらいじゃないよ」
「それはどうも」
今はこうやって咲月が抱きしめるか、俺が抱きしめるかを繰り返している。
いずれ、それ以上のことが起きたりするのだろうか。
咲月の言う、努力馬鹿の俺には知る由もない話だ。
この後、魔法のような時間が解けるまで、俺は咲月と他愛もない話をしながら、体温を分かち合ったのだった。
夢だったり、望む家族の人数だったり……そんな近しい未来に胸を踊らせて。




