23 回復の魔法その三
俺は話通り、咲月にお茶を用意した。
咲月は変わらない……昔から、咲月はお茶が好きだったんだ。
見ることは無くなっていたのに、鮮明に覚えている。
「純星の入れてくれるお茶、苦いけど美味しんだよね」
「そうかよ」
苦いけど、は余計だ。
でも、咲月の笑顔を見れたから安いものだろう。
回復魔法を使える咲月から、だんだんと笑顔がなくなっていく中、距離を置かれたのを見て見ぬふりをした俺のせいだろうか……。
そっと息をこぼした時、咲月が茶飲みをテーブルにおいていた。
「純星は、私の話を聞いて、何を思って、何を感じた……?」
咲月の問いに言葉がうまく出なかった。
出なかったんじゃない、考えていなかったんだ。
考えていないのは言い訳だ、って知らない人は言うが、咲月はそれでも受け止めると思う。
薄らと光を帯びた黒い瞳に、見つめるだけの俺の顔が反射している。
「……見守ってくれていた、守ってくれていた、って思えた」
「うん」
「俺は咲月みたいに頭がよくないから、どう言えば良いのかわかんないよ」
「そうやって卑下して」
ぷくりと頬を膨らませる咲月は、まるで馬鹿みたいだ。
……それほどまでに、俺は咲月を見ないといけない。
「まあ、強いて言うなら……今度は、俺が咲月を守る」
「どうやって?」
イタズラに微笑む咲月。
俺が何を思い、何を感じているのか、きっと咲月は知っているだろう。
なのにこうして言葉を口にして、俺の声を聞いてくれるのは、幼馴染として知り合った時からだ。
最初は異性とか、友達とか、そんなんじゃなく……遊び相手、そんな感じの幼い仲だったのに。
今では家に勝手に遊びにきては、よくおせっかいを焼いてくれる咲月だ。
魔法がなくても、なんて思うわけじゃなくて、咲月を傷つけない魔法を使って守りたいんだ。
――好きな笑顔を守るために。
「傷つけない魔法――それが俺にできる、唯一咲月と一緒にいられる手段だ」
「い、一緒にいられる、しゅだ、ん……」
なぜか咲月は壊れたおもちゃのように声を出して、顔を赤くしていた。
別に照れるようなことや、恥ずかしいことを言ったつもりはないのだが?
咲月は目を逸らし、横目でちらちらと見てきている。
制服姿なのに、どこか意識をしてしまいそうだ。
「そ、そうやってえっちな目で見てくるから……よくないよ」
「なにがだよ。てか、どんな目だよ、それ」
急な咲月の発言に、苦笑いするしかなかった。
「でも、純星の魔法は、私に届いているよ」
「咲月の言葉に、いつも救われるよ」
笑顔を携えながら、咲月は茶飲みを手に取っていた。
ゆっくりと口に運び、お茶を口に含む。
横目で見ているのに、鳴る喉音から、運ばれていくお茶の音がわかる気がした。
横顔はいつも見ている咲月だが、音が鳴り止まない。
鳴り響いたままの音は、血液を加速させ、ただ咲月を見つめさせてくるんだ。
俺は咲月で魔法を試してから、本当に変わってしまったのか。
「素直な純星、嫌いじゃないよ」
「いきなりなんだよ」
「なになにー。気づいていないふりでもしてるのー?」
「んなわけあるか。心を読む咲月とは違うからな」
「知ってる。純星は努力馬鹿だけど、それは相手を思いやれる、傷つけないための道を探す真摯な人間だって」
俺のことを話してたわけじゃないのに、咲月は本当に自由すぎだ。
でも、こんな馬鹿な会話をしているはずなのに、咲月の笑顔が増えたことが辛く思えてしまう。
今まで、俺は咲月の何を見てきたんだ。
ふと気づけば、咲月が俺の手の甲の上に、手を重ねてきていた。
落としていた視線を上にあげると、咲月は下手くそな笑みを浮かべている。
「純星、女の子は……人っていう生き物はね、時に知ってほしい人、自分を知ってほしい時に、悪戯に微笑むんだよ」
「咲月には敵わないな」
「純星は純星のままでいいんだよ。何者も目指さない、目指す先にいる純星が、私は好きだから」
「そ、それはどうも」
なんで咲月はこうも、恥ずかしげもなく言えるんだよ。
でもそんな咲月が、俺は好きなんだと思う。
賢いのに、どこか幼さが残っている、そんな咲月が。
「ねえ、純星」
「なんだよ」
「お茶、おかわり」
「今入れ直すよ。温かい方が美味いだろうし」
「……ごめんね。傷跡が癒えてないのに、無茶言って」
「……咲月が気に止むことじゃない。でも、俺は咲月が変えてくれたから、俺も変わるつもりだよ」
咲月は俺を馬鹿にしていた奴ら、蔑んできていた奴らに牽制をしてくれた。
だからその思いを、無碍にするような真似はしたくないんだ。
抵抗する気も無く、自分だけが傷ついていればいい……そう思っていた今を変えたいから。
……お茶を用意するか。
普段は立つことのないキッチンに向かい、コンロに置いておいたヤカンに触れた。
体感、ぬるま湯よりも少し温めのお湯だ。
俺は急須に茶葉を放り込んで、ぬるま湯を茶葉が暴れないように注ぐ。
そして咲月に悟られないように、炎の魔法を使って急須ごと温める。
傷つけない魔法の炎は、凡庸性が高いみたいだ。
俺は香ばしい匂いが漂ってきたところで、待っている咲月の場所に急須を持って向かった。
「咲月、今入れるな」
「うん。……あ、茶柱」
「本当だな」
「何かいいことが起こりそうだね」
おばあちゃんの知恵袋か何かですか?
なんて思うのは、笑顔で嬉しそうにする咲月には野暮だろう。
茶飲みに注がれた、薄ら明るみを帯びた緑のお茶は、茶柱を立ててゆらゆらと揺らめいていた。




