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恋する幼馴染と魔法のような時間  作者: 菜乃音


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22 回復の魔法その二

 ――どんなに耐えても、どんなに苦しんでも、知らない人は助けてくれない。


 その言葉が頭の中に渦巻いている。


 学校で咲月に助けてもらった俺は、咲月と一緒に早退して家に帰ってきていた。


 リビングにあるソファ。

 座っていつも通り咲月の手当を受けているのに、どこか落ち着かない。


 傷ひとつないワイシャツを脱いで、さらけ出した肌。

 お腹から背へと伸びる傷跡。

 咲月は動揺した様子を見せずに、傷薬を塗っていく。


 ……この治療の仕方、頑張って覚えたのかな。


 今思えば、幼馴染であっても慣れすぎているほどに、咲月の手当は完璧と言わざるを得ない。


 傷跡に刺激をしない、痛みを感じさせないのは魔法じゃない。

 だって、咲月自身を媒体とした魔然の流れを感じないから。


「純星は、私のことをよく、理解しようとしてくれるよね」


 俺は頷くだけにした。

 咲月はきっと、俺の顔に出ていた、って言うから。

 実際、今は出ていると思う。

 咲月のあんな魔法を見ておいて、気持ちが動揺を隠せていないのはよくわかっている。


 少しの沈黙が空間を支配した時、体に巻かれた包帯にパチンと音が鳴った。


「純星、これで大丈夫だよ。傷は浅いけど、痕が残るとよくないから安静にしててね」

「うん、ありがとう」

「素直な純星、きらいじゃないよ。……って楽しく言いたいけど、今はそんな気分じゃないみたいだね」


 一番理解しているのは咲月の方だろう。

 幼馴染を理由に、相手を、彼女を、咲月をちゃんと見てこなかった俺を。


 咲月が何を考えているのかは不明だ。でも、咲月をそんな理由から理解しようとしなかったわけでもない。


 ぎゅっと握りしめた拳が、痛いんだ……。


「純星はきっと、色々と知りたい、そう思ってるんでしょう」

「どこまで俺の心を読むつもりだ?」

「ふふ、読んでないよ。――もし、私が純星の立場だったら、って考えて聞いてるんだよ。好きだからね」

「ったく、咲月は変わらないな。幼馴染として、お前として」

「お前じゃなくて、咲月か、さっちゃん、って呼んでほしいなー」


 咲月はイタズラに小指を口元に当て、そっと緩めた表情をした。


 なのに、なのに、その笑顔には光がないんだ。


 咲月が自分の魔法を開示するのは、不本意であっても、嫌いなのは知っている。

 回復魔法のせいで、咲月が期待されて、周りから距離をおくことになったのも知っているから……俺は今まで目を背けていたんだ。


 ふと気づけば、咲月は手のひらを広げて見ていた。


「私の魔法、純星はずっと気になってたよね」

「……ああ」


 咲月を知ってから、咲月の魔法を知りたくなかった理由はない。

 咲月は息を吐き、一人語るように上を見た。


「私の魔法は、相手を回復する……帝国の人間が喉から手が出るほど望む珍しい魔法」


 透き通るような黄緑色の髪が肩から滑り落ちた。


「純星が思うように、私の魔法は相手の負傷を治したり、不治の病すらも癒せたりするの」

「傍から見れば、便利な魔法だよ」


 咲月が話しやすいように、俺はあえて、咲月が深く考えている以上に浅い言葉を口にした。


「傍から見れば、そうだよ。でもね、現実はゲームみたいに甘くないんだよ」

「……うん」

「さまざまな命が宿るものを回復できるよ。でもね、それはあくまで表面上で、内側を治しているわけじゃないの」


 俺はそれを聞いて、言葉が出なかった。

 驚いた顔を、きっと咲月は横目で見ているだろう。


 咲月が俺に魔法を使ってこなかった、その理由が明らかにされていく。


「あくまで傷を治すだけ。その回復された細胞は――わかりやすく言えば、早く寿命をむかえているの。本当なら、十年、数十年……そのかけた月日で生まれ変わる細胞を前借りしているんだよ」

「つまり、魔法で治されれば治されるほど、体は劣化していくってことか?」


 咲月は頷いた。


 呼吸の仕方を、息の仕方を、忘れてしまいそうだ。


 傷つけない魔法、それを咲月で試していた俺が……誰よりも咲月に守られていたことを知ってしまったのだから。


 咲月が俺に回復魔法を安易に使わなかったのは、俺の命を守るためだった。


 重いものを一人で背負って、平然と学校生活を送っていた咲月は、どれほど辛い思いをしてきたんだ。


「純星が気になった、回復で人を傷つけるのは、内側から生まれた細胞が古い皮膚を剥がすから、その人の時間が止まってない限りは抗いようがない魔法なんだよ」


 どうしてだろうか、俺は握りしめていた拳を解いていた。


「バカだよね。回復魔法で狙われるから、それを騙すために、回復魔法を拡大解釈して、攻撃的な性質を加えるなんて」

「そんなわけな――」

「だって、私の髪色が変わったのは……そのせいなんだよ、純星」


 初めてだった。

 俺を見る咲月の瞳が、確かに揺れていたのは。


 幼馴染の咲月といるのは変わらないはずなのに、心苦しさを覚えそうだ。


 咲月の髪は、透き通るような黄緑の髪色だ。

 でも、幼い頃の咲月は、透き通るような黒い色の髪をポニーテールにした、薄らと光を帯びて艶めく髪を持っていた大人しくも無邪気な彼女だった。


 なのにいつの間にか、その髪は黄緑色に染まって……いつからか魔法を口にしなくなったんだ。


 その時から咲月は、俺に魔法を使わないようにしてくれたんだろう。

 一人で背負うには重すぎるほどの覚悟をもって。


「……咲月は咲月だ」

「ちょっ、じゅん、せい?」


 俺は自然と、咲月を抱きしめていた。

 包帯が巻かれて痛い傷跡を無視して、咲月を離さないように。

 動揺した声が口から漏れた咲月は震えている。


 咲月が一人っきりにならないように、この手を、腕を離すわけにはいかないんだよ。


 いつか、いつかは、なんてそんなことを思っていたら……手から崩れ、こぼれ落ちてしまうんだ。


「咲月、ありがとう」

「純星、どうして感謝なんてするの」

「一人で抱え込むなよ。勝手かもしれないけど、俺にも相談してくれよ」


 傷つけない魔法を使っておきながら……目の前に、傷ついている咲月を放っておいて、何を誇ればいいんだ。


「咲月からすれば、俺は努力馬鹿で、家事も駄目駄目、頼りない男かもしれないさ」

「なら――」

「でも! 俺は咲月が居てくれるから、こうやって傷つかないで済んできた。だから、だから――今度は俺に返させてくれよ。咲月をどうか、俺に守らせてくれ」


 愛情表現なんてものは知らない。

 でも、俺は咲月を守りたい、ただその一心で言葉を口にしていた。

 抱きしめる腕は強くなる。

 枯れかけた声は息を吸わせてくる。


 不意に、ポンポン、と背を静かに叩かれた。

 小さな手は、震えているのに、どこか優しさが垣間見えている。


「純星は、本当に、馬鹿。魔法馬鹿、努力馬鹿、鈍感馬鹿だよ。でも、でも、そんな純星がいるから、私は頑張れるんだよ」

「……咲月」


 泣き声混じりの声なのに、震えがまるでなかった。

 咲月は上目遣いで見上げては、にんまりと笑みを浮かべる。


「純星に守られなくても、私は強いよ」

「じゃあ、この腕は離したほうがいい?」

「……今は、こうしてくれると嬉しいかな」

「わかった」


 俺はただ、咲月を抱きしめた。

 冷めている咲月の体温を温めるだけで、心拍数は上がっていく。


 女の子の香りが鼻をつっついてくる……幼馴染の咲月にそんなことを思う俺は、おかしくなったのか?


 知った様子を見せず、咲月は落ちついた様子で俺の胸元に頭を預けている。

 以前俺がやったように、鼓動を聞くように。


「ねえ、純星、変なこと言ってもいい?」

「なんだよ」

「純星の作ってくれるお茶、飲みたいな」

「咲月を温めたら、作ってやる。傷も痛えしな」

「魔法は使わないよ」

「馬鹿か。咲月を知って――傷跡が増えただけだ」


 今までの余白を埋める。咲月とそんな話をできた俺は、咲月を見て見ぬふりをすることはできないだろう。


 良い所だけを見て、悪い所は見ないようにする……そんな欲望は、人を傷つけてしまうと、知ってしまったから。

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