20 電気の魔法その三
……電気の魔法で傷つけない。どうすればいいんだ。
魔法を試す日、俺は落ちつかなかった。
いくら咲月が魔法で傷つかないとはいえ、電気を意味した魔法で傷つけないのは、俺の魔法を持ってしても難しいのだ。
まあ、そんな悩みを無視するように、咲月は既に家に来ている。
相変わらずお気楽な咲月には、思わず苦笑してしまう。
「ていうか咲月、今日は服を着てるんだな?」
「いきなり失礼だね!? まるで私が露出狂みたいな」
俺からすれば半ば露出率が高いのは事実だが、咲月は否定したいようだ。
今までの罪、キャミソール罪を考えれば妥当だろう。
咲月は普段なら……俺の家にシャツを着てくることが珍しい方だ。
それ以外だと、ほとんど制服姿か、キャミソールとショートパンツの組み合わせだからな。
「ほら、今日は電気を使うみたいだから、純星を心配させないように考慮くらいはね?」
「それはどうもご親切に」
「……本当に乙女心がわかってなさそうだよね」
「なあ、咲月……お腹すいた」
「もー、そうやってすぐに話を逸らす。もうすぐできるから、手洗いうがいをして、テーブルを拭いて待っててね」
はーい、と返事をすれば、咲月は笑っていた。
どこか幼く見られているようで、むず痒さがある。
椅子から立ち上がり、蛇口に手をつけた時だった。
「いてぇっ」
「ふふ、純星、人を露出魔みたいなこと言ったからバチ当たって静電気受けてる」
「……静電気」
「うん? 私、なんか変なこと言ったかな?」
「いや、なんでもない」
「そう云う時、だいたい何かある時だよね?」
「咲月は本当にえっちな――」
「うーん? なんだってー?」
「ご、ごべんばさい」
咲月は有無も言わさずに、俺の頬を引っ張ってきた。
意外にもゴリラ説が濃厚……と思うのは、咲月に感づかれたらまずいので思うことをやめた。
殺気が飛んでくる中、俺はテーブルを拭くのだった。
しばらくして、俺は咲月とリビングで向き合っている。
慣れたはずなのに、なれない鼓動が息をしていた。
透き通るような黄緑色の髪は揺れている。
それは咲月の心情を表しているようで、俺は必然とプレッシャーを感じていた。
この後、想像通りに魔法ができなければ、咲月を傷つけてしまう。
そんな考えは、手を震わせてくるんだ。
瞬きをした刹那、震えた手が甘い香りと共に包まれていた。
「……咲月」
「純星、大丈夫だよ。私が純星の魔法で傷つくことはないし、ずっと癒されてるから」
癒されてる……そんな言葉は、ちっぽけな世界を広く見せてくる。
電気の魔法。本来であれば、相手に電気を帯びた力をぶつける魔法であり、日常で言えば生活の基盤を豊かにする魔法だ。
ありのままの魔法を人に打てば、傷つけてしまう。
だけど、咲月がいてくれるから、俺は安心できるんだ。
癒される、その言葉が最後の空白を埋めた。
「すまない。咲月の前で、俺は弱音を吐くところだったよ」
「そんな弱音を吐く純星も、私は好きだけどね」
咲月……最近、ことあるごとに好きって言ってないか?
俺は余計な考えに首を振り、しっかりと咲月を一途に見た。
「――試してもいいか」
息を吸って、吐き出した言葉。
「うん、おいで」
咲月のくれる笑顔が輝いて見えた。
手を広げる咲月に、手を向ける。
手の触れるものは空気。
空気は自然と溢れているが、性質は酸素や二酸化炭素、さまざまなものが含まれた世界だ。
その世界に使うは、電気の魔法。
「傷つけない方法の、答え」
俺はそう言って、手に魔然を集中し、空へと触れる。
触れる空は空気であらず、電気の魔法で帯びるものへと変えるんだ。
空気の中にも、自然の中で癒される物質がある。
マイナスイオン――俺はそれを想像し、空気に帯びさせ、咲月に気づかれないように、そっと放出した。
正直、俺自身が魔法を使っているのかわからないほど、帯びさせる魔法は繊細だ。
「……咲月、どうだ?」
「もう、使ってたんだね。うん、癒される感じがする……何を使ったの?」
「目に見えない空気の質を変えて、マイナスイオンを帯びさせた」
「純星の魔法ってそんなこともできるの!? 目に見えないってアウトになるんじゃ?」
「まあ、攻撃魔法じゃないし、セーフじゃないか?」
咲月が心配してくれているのは、おそらく帝国主義にある法律だ。
魔法は日本全体に知られているわけじゃなく、この県内で生まれ育った遺伝子を持つ帝国の者しか扱えないらしい。
だからこそ、魔法を使うものを捌く法律として、帝国主義が確立されている。
帝国の法律的には、未来永劫、物理的傷害、が主だ。だからこそ、俺が今使った魔法は適応外になる。
とはいえ永続的にマイナスイオンを発した場合は、おそらく取り締まりの対象になるだろう。
ふと気づけば、咲月はポニーテールを束ねるヘアゴムに手をつけていた。
「ねえ、見て、純星。さらさらだよ」
「ああ、かわいいな」
咲月はヘアゴムを外し、黄緑色の髪を解くようになびかせ。
マイナスイオンを帯びているからか、すごくさらりとしていて、指の隙間を縫うようなほどに繊細さを見せている。
「えへへ、純星に褒められちゃった」
頬を赤くする咲月に、思わず息を飲み込んだ時だった。
「ふぇっ、えええぇえ!?」
「な、なんでこうなるんだよ!?」
驚く声が聞こえたと同時に、咲月は俺の方へと吸い寄せられるようにやってきたんだ。
宙に羽ばたきながら、しっとりと落ちていく透き通るような黄緑色の髪。
そんな時の流れの中、俺の腕の中を咲月という温かさが占領している。
咲月は俺に吸い付く形で真正面から当たっているからこそ、形変える確かなふくらみの感触が心臓に悪かった。
「も、もしかしてあれかな? 私がマイナスを帯びたせいで、純星がプラスだったってことなのかな?」
「変な意味に聞こえるからやめてくれないか?」
つまりは磁石だろう。いや、磁石のほかなってはならないのだ。
俺が変に誤解する言い方をしたのもあって、咲月は顔を完全に赤くしていた。
「なっ、やっぱり、純星は魔法をえっちな考えで――」
「誤解する言い方はやめてくれ! 本当に、今回はこうなると思ってなかったんだよ」
「……いつまで張り付く形になるのかな」
「それは、俺にもわからん」
正直、傷つけない魔法自体、俺にも制御しきれていない。
だから不具合みたいな形で、追加効果なるものが発動しているのだろう。
創一さんに尋ねたいが、変に勘繰られるのはごめんだ。
「嫌、だったよな。すま――」
とりあえず咲月に謝ろうとした時、口は一本の白い指先で防がれた。
腕の中に見える、上目遣いの薄らと光を帯びた黒い瞳。
「嫌だったら、最初からいないよ」
「……そっか」
「うん。だから、今はこうしててもいいかな、って」
「ありがとうな」
「なんで感謝したのかな? 純星、素直だよね。そういうところ、私は好きだよ」
「俺も、咲月の優しいところ、好きだよ」
吐き出した言葉のエゴは、何を意味するのか俺にも不明だ。
ただ、そういう瞬間だと思っただけで。
電気は時に弾き、時に吸い寄せる、そんな魔法みたいな自然体だったのかもしれない。
「私の匂い、純星にどれだけついちゃうのかな?」
「咲月の匂いなら、俺は好きだから別にかまわない」
適当な会話のはずなのに、俺たちは笑い合っていた。




