16 時間の魔法その三
食事を終えて、俺は咲月と家に帰ってきていた。
帰ってきたのはいいが、咲月とお泊まり……。
俺の考えはまとまらないままだ。
別に、咲月は幼馴染だし、お泊まり会は幼い頃に……あった。
ぼやける記憶に、なぜか気持ちが揺らいでいるんだ。
「なんだろう……」
口に出しても答えてくれる相手はいないよな。
咲月を待つ中、掃除して綺麗になった自室にいる。
咲月は今お風呂の最中で、俺は覗かぬ意志に祟りなしとして、部屋で待っていたんだ。
咲月のことだから、部屋に来る時はキャミソール姿なんだろうな。
息を吐き出すと同じ時、ドアが開いた。
「咲月、寝る場所なんだけど、俺のベッドで――」
「純星はさりげない気遣いができて優しいよね」
と言って入ってきた咲月を見て、俺は言葉を失っていた。
あまりにも肌の露出が多すぎる。
入ってきた咲月は、薄生地のパジャマを羽織るように着ていた。
開いた大地に見える、いわゆるルームブラと言われるそびえ立つ丘を隠す下着。
咲月が本当になにを考えているのか、疑いたくなるほどだ。
白い頬を薄らと赤くしているが、俺を見てくる薄らと光を帯びた黒い瞳が揺らいでいる。
複雑な視線を浴びているのも相まって、咲月の開いたパジャマから見える鎖骨に白い肌、隠された膨らみあるそれは呑み込む息を熱くさせた。
「もしかして純星、私を見て興奮しちゃったの? 純星は、獣かな、それとも愛する紳士かな?」
口元に指を当てる咲月は、明らかに計画的だ。
計画的とはいえ、どこまで考えた行動でいやがりますか?
幼馴染だが、俺も男だ。
咲月は俺が襲う可能性や、望まない可能性を生み出すことを考え無かったのか?
そんなことを考えたところで、全てを知っているのは咲月だけだ。
「……咲月、風邪引くなよ。あと、そのパジャマ、露出は高いけど似合ってる」
咲月を褒めた理由を、俺も理解していない。
でも、咲月が恥ずかしいとわかっておきながらその格好をしたなら、少しでも褒めたいんだよな。
咲月はポカリと口を開けて、頬が赤みを帯びていた。
「純星、素直なのはいいけど、唐突はだめだよ」
「なら、俺以外の前ではそんな格好をしないことだな」
「じゅ、純星の前以外で着るわけないでしょ……だって、純星に見せたいから買った下着だし……」
「なんて言ったんだ?」
「聞かなくていいことだよ」
頬を膨らませる咲月は、一体なにを求めているんだよ?
俺は綺麗になったベッドのシーツをピンと伸ばしてから、床に腰をつけた。
「咲月はベッドで寝てくれ。俺は床で寝るから」
「……え?」
「なんで驚くんだよ……お前がベッドで寝た方がいいし、変に手が当たらないからいいだろ?」
俺はそう言って、床に横になろうとした。
その時、後ろから手を引かれたんだ。
「……咲月?」
「……やっと、やっと純星と二人きりでいられる魔法みたいな時間なのに……一緒に眠れないのは、嫌だよ……」
小さい手に力が入っている。
服を引っ張るその手は、無邪気な幼子のようで、それでいて熱がある手だ。
咲月が我がままを口にするのは、初めてな気がする。
今までは、俺のことを思ったおせっかい焼きだっただろうから、我がままの一つにも入らないだろう。
だけど今、咲月は確かに、一緒に寝たいと受け取れる言葉を口にした。
咲月の口が唄った言霊を、俺は無碍にできなかったんだ。
いや、咲月が安心して眠ってほしい、そんな思いが重なったってことにしておこう。
「一緒に寝るか。だから、その手を離してくれよ」
「一緒に、寝てくれるの?」
「俺に二度言わせるなよ。別に、気が変わっただけだ」
「純星、本当にわかりやすいね」
「なんだよ、それ。って、おわ――」
「えいっ」
呆れた瞬間、天井を見上げていた。
仰向けになる姿勢で、柔らかなベッドの感覚。
咲月は俺が気を抜いた瞬間、一気にベッドへと俺を引き込むように倒れたんだ。
横を見ると、枕に頭を預け、にやにやと見てくる咲月の顔が映った。
透き通るような黄緑色の髪はストレートヘアーになって、腕へとかかる形で川のように広がっている。
……女の子の髪って、すごく艶々して滑らかなんだな。
俺は咲月と横になったことに驚くよりも先に、より鮮明に触れた咲月の髪の感触に意識を割かれていた。
「はあ、咲月、俺は手を出さないから、早く寝よう」
「純星って、相変わらず単語だよね。私のことを見てくれないし」
「咲月のことは見てるだろ」
妬ましそうな声で言われても、俺の心に響くはずもなく。
「そっか、なら、これなら響くでしょ?」
「人の心を読むな。お前は回復魔法の使い手だろうが」
「もしかしたら、心理学者かもね」
「お前が心理学者なら、俺は独裁者だよ。てか、近すぎ……」
響くでしょ、と咲月に言われた瞬間、確かに響いた。
でもさ、これは物理的にも程があるだろ?
咲月は俺の横にいたはずだが、今では仰向けになった俺の上に重なる形で乗っている。
胸元へと、布越しに当たる柔らかく温かいふたつのものに俺は顔が熱くなっていた。
以前のキャミソール越しとは違って、そのルームブラ越しに伝わる柔らかさは、布地の薄さとやわさも相まって心臓の鼓動を早めさせてくる。
静かにも形を変え、暗闇すらも見せてくる咲月の離れた顔の距離は、どうにも意識を割けないのですが。
「もしかして、幼馴染の私に発情しちゃってたり?」
「わかった、俺の負けだ。今すぐ降りろ、重いし、じゃなきゃ、揉むぞ」
「じゅ、純星はケダモノだったの……重いって、女の子に失礼だよ」
咲月は降りて、俺の頬を引っ張ってきた。
痛さよりも、さきの温もりが勝っているせいで、正直どうでもよかった。
そんな微笑ましい咲月を見ていたら、俺は自然とあくびをした。
「そっか、純星、私が寝ちゃった時、ずっと起きてたんだよね。眠かったよね、ごめんね」
「別に。慣れない掃除で疲れてただけだ」
咲月に気を遣わせるのは、やめにしたいんだ。
傷つけない魔法、それは言霊にあらず、咲月への気持ちの表れとしても。
「純星、これ、私からの今日頑張ったご褒美」
「な……さ、咲月……」
咲月は急に俺の胸元を弱く掴んでは、ぎゅっと距離を縮めてきたんだ。
呼吸も、肌も、顔も重なり合いそうな距離。
その中でも、咲月のふくらみあるものは、俺の胸元に密着して形を変えていた。
熱くなる体温に、呼吸の仕方を忘れそうだ。
「これ、朝起きたらどうなってるかな?」
「……時間が止まらなきゃ、俺と咲月が一緒に寝ている、それだけだ」
「なんかその答え、ズルい気がする」
「咲月、おやすみ。明日は休みだけど、俺は寝る」
「もー……うん、純星、おやすみ。……純星って、素直だよね」
「うっせぇ」
俺は咲月を抱き寄せた。
それ以上でも、それ以下でもない。
咲月を離さないように、抱きしめて眠りにつこうとしただけだ。
咲月もそれを察してか、体を寄り添うようにくっつけてくる。
咲月の体温は、ちょうど良くて好きな温かさだ。
俺は増えた温もりにうとうとし、意識が落ちかけた。
「――純星、大好きだよ……」
魔法とも言える言葉を、最後に聞いた気がした。
眠った部屋、それでも止まらない時間はずっと腕の中に。




