14 時間の魔法その一
俺は咲月と一緒に、リビングにあるソファに座っていた。
座っているが……横に視線を送れない。
「咲月、頼むから、ボタンだけは留めてくれよ」
「か、勘違いしないでよ。……話をしたいだけだからね」
「それは、わかってるけどさ……」
咲月は今、恥ずかしそうにしながらもピンクのブラジャーを顕にしたような姿で隣に座っている。
とはいえ、俺が貸したワイシャツを羽織っているから、全部が全部見えるわけじゃない。
見えるわけじゃないが……開いたワイシャツの胸元から見える、ブラジャーに収められたその二つの白いふくよかな山の中腹は刺激が強すぎる。
咲月を意識してから、俺は本当におかしくなったのか?
まあ、この状況……咲月の服を乾かす原因を作って、話をしたいと思った俺にも原因はあるよな……。
「咲月、とりあえずさ、何を話す?」
俺は誤魔化している。
誤魔化しているとわかっても、今の咲月を見ていると誤魔化したいんだ。
動揺を隠しつつ、俺は咲月に視線を向ける。
咲月はワイシャツの一番上だけボタンを留めてくれたようで、おへそが軽く見える程度の肌面積になっていた。
普通に見れる程度にはなったが、この鳴り止まない鼓動……慣れたものではないな。
どうして、俺は咲月に動揺しているんだ。
幼馴染であっても、咲月の方が羞恥心含めても心臓の鼓動は早まっているだろうに。
「純星はさ、人を好きになる感情ってあるの?」
咲月は唐突に失礼な質問を投げかけてきた。
「……俺だって、人を好きに……なる感情……」
俺は言葉に詰まった。
本当なら、言い切りたいのに。
言葉が出なかったんだ。
人を傷つけない魔法、最近はそればかりに目をやって、周りが見えずにいた。
見えていたとしても、俺を蔑んでくる奴らか……今も隣にいる、咲月だけだ。
「……わかんないや」
「本当に努力馬鹿だよね、純星は」
微笑ましそうにそう言って、俺の頬をわざとらしく指で押してくる咲月。
咲月が変に腕を伸ばすから、咲月の方を俺が見れなくなることに気がついてくれないのか?
咲月は満足したのか、俺の頬から指を離した。
指を離して、軽く笑っている。
……俺、咲月の笑顔を最後にちゃんと見たの、いつだっけな?
今思うことじゃないのは、俺がよく知っている。
それでも俺は、咲月の笑顔を幼馴染として見た、最後の記憶を辿っている。
お互いに笑いあっていたことは多々ある……それでも、咲月の自然な笑顔を見たのは、幼い頃で止まっている気がした。
そう、幼い頃で。
……気がするだけで、俺が咲月を見ていないだけか?
「……少しだけ、おかしなことを聞いてもいい?」
俺はただ、頷いた。
「純星は、付き合う人ができたら、どうするの……?」
俺は答えが決まっていない。それなのに、どこか決まっているようで、胸が締め付けられる。
顔を覗き込むように、薄らと光を帯びた黒い瞳が上目遣いで見てきていた。
「どうするって言われても……」
悩むしかなかった。
答えるのなら、簡単かもしれない。
でも簡単に答えられないのは、傷つけてしまう……と直感が悟ってしまったから。
傷つけない――その言葉をどう取るかは、その人の生き方次第だ。
俺の中だと、産み落とされた体を傷つけない、相手の心を思いやって傷つけない、その二つが混じり合って理を悩むようにぶつかり合っている。
俺は、咲月を傷つけたくない。
咲月が何を思って、付き合う人ができたら、なんて質問を投げかけてきたのは不明だ。
だけど、俺は答えられないままなんだろうな。
「……純星?」
沈黙が長かったせいか、咲月が心配したように聞いてくる。
咲月は俺の方に体をむけ、しっかりと受け止める意志を伝えているようだ。
咲月は羞恥心があるだろうに、本当に律儀なやつだよ。
「悪かった」
「どうして謝るのよ」
「謝りたかったから」
ぷくりと頬を膨らませる咲月には悪いが、俺は決めてるんだ。
努力馬鹿……咲月のその言葉はありがたいもんだよ。
「今は、付き合うことはないだろうな」
「どういうこと?」
「わからないのかよ……」
俺は呆れてため息を吐いた。
「今、俺の前には……傷つけない魔法を試させてくれる、幼馴染の咲月がいるんだ。生憎、俺は咲月で十分だからな」
「私で、十分……? 今、私で十分って言ったの?」
「そりゃな。だって、咲月は幼馴染だし、何かと世話になってるからな」
咲月はなぜか顔を沸騰させる勢いで赤くさせ、頬を両手で押さえていた。
声にならない声が、溢れでている。
……好きとか嫌いとか、俺にとっては関係ない話だ。
咲月の笑顔を魔法以外で見たい、それが俺にとっての願いになっているのかも知れない。
咲月から目を逸らした時、腕に確かな柔らかさが伝った。
胸の感触じゃない……なめらかで、それでいてもっちりとしていて、甘い香りが鼻を突いてくる。
俺は思わず、腕を見た。
「咲月、大丈夫か?」
咲月は俺の腕に寄りかかってきていた。
力無さそうに寄りかかってくるのを見るに、随分と疲れているようだな。
閉じかけている瞼。
薄らと光を帯びた黒い瞳が、俺の顔を覗いてくる。
「うぅん……純星……気が抜けたら、眠くなってきちゃった」
「その格好で寝たら風邪を引くだろ」
「……ちょっとだけだから、寝かせて」
弱々しくそう言って咲月は、寄りかかっていた腕から外れるように、俺の太ももへと頭を預けてきた。
透き通るような黄緑色の髪は視界で揺れ、甘い香りを漂わせる。
本当に、咲月は無防備すぎる。
ズボンを履いているとはいえ、ワイシャツ一枚に、開いた部分から見えるピンクのブラジャーを着用した姿。
……本当に、俺の前だけでしてくれよな?
「気遣わせるのも悪いし……純星、えっちなことしたくなったら、少しだけなら許すよ」
「断片的に人の心を読むな。別に、俺はお前にエロいことも発情もしねえよ。だから、今はゆっくり休んでくれ。掃除、手伝ってくれてありがとうな」
「素直な純星、好きだよ。……少しだけ、おやすみ」
「ああ。おやすみ」
上から覗いていた横顔、瞼の裏に瞳は隠れた。
咲月はこんな男の太ももの何がいいのか不明だが、安心したように寝息を立て始めている。
俺はそんな咲月に可愛い一面があると思いつつも、咲月の体の上に手のひらを向ける。
「……俺に心配かけさせんな」
毛布やブランケットは用意していない。だから、俺は咲月に、炎と風の魔法を合わせて、咲月の体を包むように人肌に近い体温になる空気を被せた。
無防備に眠る咲月を見ても、俺は手を出そうと思えなかった。
ただ、咲月の頭を優しく撫でている。
咲月といると、どうして俺は心が締めつけられるんだろうな……。




