13 物理的浄化の魔法
この日は、朝から家に咲月がやってきていた。
相変わらずの、透き通るような黄緑色の髪からなるポニーテール。
そして、白色の服の上から、黒色のエプロンを着用した姿をしている。
「純星、始めよ!」
「よろしくお願いします、先生」
「えー、先生は嫌だなー。咲月か、さっちゃんがいいなー」
チラチラと見てくる咲月に、俺は息を吐いた。
「咲月、よろしく頼む」
「素直でよろしい。……さっちゃんがよかったなー……」
咲月は不服そうに見てくるが、俺は知らん顔をした。
今日は、咲月と約束していた……俺の自室を掃除する地獄の日だ。
学校終わりだと俺がバイトで難癖つけて逃げると踏まれたのか、咲月は休日に目星をつけて実行に移させてきた。
逃げる気はないが、掃除においては信用がないらしい。
故意的でないにしろ咲月に危険を及ばせたし……そのついで感覚に咲月の柔らかさを知ってしまったから、逃げる理由はないのだが。
……にしても。
咲月の事を思い出す度に悶えるそうになる。
俺より気合い満々の咲月を、横目で見た。
白に黒……とはいえ、エプロンが体型を強調してて、目に悪い。
ふと、咲月と目が合った。
「純星、目線がえっちだよ……も、もしかして、前のだけじゃ物足りなくて欲求が爆発してるの!?」
「んなわけないだろ! ……早く、掃除しちまおうぜ」
俺は誤魔化した。
確かに咲月を若干変な目で見てしまったし、意識せざるを得なかったんだ。
不服そうな咲月を横目に、俺は毛バタキを手に持った。だが、それは咲月の手によって抑えられる。
「純星、まずは床の物をある程度片付けなきゃ。……下着とか落ちてないよね……?」
「落ちてるわけないだろ」
なら良かった、と言いたげに咲月は息を吐き出している。
家事系全滅系男子だが、衣服はさすがにしっかりとしている。
外見だけの見栄え……だけだとダサいから、ちゃんと掃除しなきゃだよな。
「まずは、大事な物は廊下に、要らないものは適宜分別して袋や箱にまとめてね」
自分で思ってて悲しくなった俺は、咲月の言う通り、床の物を片付けていく。
部屋にはベッドや勉強机、押し入れや棚がある。だが、ほとんどは足場がないとも言える床の現状で機能していない。
主に散らばった紙を要らない物と断定して、袋に突っ込んでいく。
それから、本やゲーム機などは咲月が綺麗にしてくれるようなので、廊下に。
容器類は有無も言わさず袋へと強制的に収納されていく。
日常魔法を一切使っていないのに、足場の無かった部屋はみるみる床の色を取り戻している。
「うーん、これは困ったね」
「ああ。まさか、床がここまで変色してるとはな」
かれこれ一時間以上格闘の末、床は足場を見せていた。
見せると同時に、床の汚れ具合が鬼となる。
床は現状を見せたが……茶色く染まったり、黒く染ったり、しまいにゃ埃がフィーチャリングしていた。
ここまで汚くなっていたのは、俺も予想外だ。
まあ、予想外なのは俺の部屋を何かと少しでも掃除をしていた咲月だろう。
咲月は呆れたように口をぽかんと開けており、まるで馬鹿の一つ覚えだ。
「純星、今、私のことを馬鹿だと思ったでしょう?」
「……思ってる訳ないじゃないですかヤダー」
「目が泳いでる。……馬鹿な純星はほっといて、床は一旦このままにして、机の上と棚、照明の掃除をしようか」
「分かりました」
生憎、既に主従関係は逆転している。
そもそもの話、俺は咲月に料理や家事をある程度手伝ってもらっていた時点で、上がる頭はないのだが。
箒という名の金棒を持った咲月に、俺は後ろから熱い圧をかけられながら掃除をしていく。
それから数時間後、床の色は落ちないままだが、部屋は生まれ変わったように綺麗になっていた。
「うんうん。純星、やれば出来る、偉い偉い」
「咲月、俺の頭を子どものように撫でるのはやめてくれ。恥ずかしい」
「素直だね、よろしい」
と咲月は言っているが、俺の頭を今も撫でている。
気をそらすように部屋を見渡せば、眩しさがあった。
ドアを開ければ汚かった部屋。
しかし今ではなんと、勉強机は綺麗になり、置かれているモニターやゲーム機が場所を占領せず、勉強する場所すらも生まれている。
そして使われなかった棚や押し入れ……今では服を片付けられたり、必要な物がきちんと整理されていた。
床は、色のある現状に目を瞑れば、照明の明かりに照らされてもゴミひとつ落ちていない。
俺がひと息入れようとした時、咲月がポンと肩に手を置いてきた。
「ねー、純星」
……咲月がこう言う時はあれだ、頼み事をしたい時だ。
魔法で関係を更にもってから、俺は咲月の言動で分かるようになりつつあった。
表情ひとつ咲月は変えていないのに、なんで分かってしまうのだろうか?
薄らと光を帯びた黒い瞳は、俺の姿を反射した。
「この床なんだけどね、純星の人を傷つけない魔法、水でどうにか出来ないかな?」
「俺の魔法で……?」
俺は首を傾げた。
咲月が思う以上に、俺の使える魔法は便利じゃない。
他の魔法を使う者と同じく、俺も日常魔法を使える。
その日常魔法を傷つけない魔法として落としこんでいるから、他とはだいぶかけ離れているだけで……。
だが、咲月が言ったのは『傷つけない魔法で』だ。
それは即ち、元から日常魔法を使うの前提ではなく、俺自身の魔法を使えと言っている。
悩んでいると、咲月はゆっくりと口を開いた。
「日常魔法に期待しないのはね……日常魔法は便利だけど、それはただの魔法になるからだよ」
「ただの、魔法?」
「うん。今で言えば、水は限定にせず、全てを濡らしちゃうでしょ? でも、純星が前に見せてくれた炎の魔法の容量でやれば、水の魔法は床を傷つけないで埃や色だけ落とせると思うの」
咲月の考えに、俺は思わず頷いていた。
そこまで深く考えた事はなかったが、本来の日常の魔法は、普段目に見えない自然の力を強めて使っているようなものだ。
でも俺の魔法なら、その利点を欠点にし、欠点を利点にできる。
俺が自分の手を見ると、咲月は手を重ねてきた。
「純星、この指の努力の傷は決して無くならないけど、その努力はちゃんと実ってるんでしょ?」
「……分かったよ、やってみる」
ここまで咲月に後押しをされたんだ、後に引くのは間違いだろう。
俺の手は確かに、咲月が処置をしてくれて、傷跡が残っている。
だけどな……この傷は、咲月を傷つけないためであって、俺が魔法の努力をしてきた証拠でもあるんだ。
指先の傷が目立つ手を、俺は前に出した。
ドアの前に立っているのもあり、横で見ている咲月にむず痒さを感じてしまう。
だから、息を吸った。
「やってみる」
「私がついてるよ、純星」
「……うん」
体内の魔然を、俺自身を媒体にして手のひらに触れる空気に集中。
目標は、床にこびり付いた汚れや色。
穿つ水は、人肌を傷つけないように埃だけを標的にし、元ある姿へと変える。
俺は目を瞑ってから、水の魔法を横拡散気味にイメージをした。
イメージがうつつに重なった瞬間、手のひらの前から無数の水は霧のように放射され、ベッドや勉強机の足の角をなぞるように、的確に床だけを狙って浄化していく。
黒く汚れていた床は、みるみるうちに元の木目ある明るい茶色を取り戻していた。
光輝く輪っかが床へと反射される程に、水が手前へ向かう度に綺麗になっていた。
「埃や汚れは分解してるの、凄い繊細だね!」
あと少しで終わる、そんな時に咲月が褒めてくれたのもあって俺は正直油断した。
「ま、まあな。このくらいはな」
足元まで綺麗に水で綺麗にしたその時――終わり間際に水は跳ね返った。
……咲月の方に。
「きゃっ!?」
「さ、咲月、すまない! ……!?」
俺は、またひとつ魔法で過ちを増やした。
跳ね返った水は咲月の首より下に当たったらしく、咲月は軽く濡れる程度で済んだらしい。
だがそれと同時に、咲月の白い服は透けていた。
水によって白い肌に吸いつく服。それは、咲月のつけているピンクのブラジャーの肩紐から横のラインを鮮明に透かし、視界に見せてくるのだ。
エプロンを前につけていたから致命傷にならずにすんだが、俺にとっては刺激が強すぎる。
透けて見える白い肌、極めつけにピンクのブラジャーは、咲月の見えない一面を見せているようなものだろう。
「うぅ、純星? どうしてそんなに顔を赤くしてるの? 笑うなら、笑えばいいじゃん。魔法を避けれない私を」
咲月はどうやら、俺が笑いを堪えていると勘違いしているらしい。
魔法を使う者なら、魔法の変化によく気づけるのだが、生憎咲月は魔法関連に疎いので気づけないのだ。
そんな咲月に、俺は思わず手を振った。
「ち、違う! その、水が跳ね返って、咲月が濡れて……服が透けて、下着が見えるから困ってんだよ……」
「す、透け……て……!?」
咲月は自身の服を見て現状を知ったのか、爆発しそうな勢いで顔を赤くしていた。
瞬く間もなく、透けた部分を隠す仕草をしている。
「や、やっぱり純星、そうやって魅力させておいて、ハレンチな事をするために魔法を!!」
「だから、それは誤解だ!」
「な、何が誤解なの! これで隠すものを見られるの何回目だと!」
「いや……それは本当にすまない」
咲月の言う通り、俺は魔法を咲月の前で使う度に咲月を嫌な目に合わせている。
「……嫌、とは思ってないんだよ」
「……え?」
俺は聞き間違いかと思った。
咲月を見ると、咲月は恥ずかしそうに目をうるうるさせ、上目遣いでチラチラと見てきている。
「は、恥ずかしいけど……純星がわざとやってる訳じゃないのは知ってる。でも、他の子には絶対に手を出さないでね。……ね」
か細い声で、隠す仕草をしながらお願いされているんだ、頷かない理由がないだろう。
「なあ、咲月。こんなことを言うのは変だと思うんだけどさ」
「うん……」
「俺はそういう姿を見るの、咲月だけで良かったと思ってる。最近、咲月ばっかり意識してて辛いし」
「私だけを、意識して……純星、そういうとこは素直だよね」
クスクスと笑う咲月に、俺はむず痒さを感じて頬を掻いた。
「ねえ、純星。少しだけ……服が乾くまでお話したいんだけど、いいかな?」
「そうだな。掃除は終わったし、俺も咲月と話したい」
俺が咲月と同じ気持ちをしているのなら、咲月の事を話す為に魔法のような時間をもらおうとしている。




