10 道具と音の魔法その二
「ここが、作業場」
閉店作業を終えてから、俺は創一さんと一緒に、咲月をお店の奥にある作業場へ連れてきた。
咲月は作業場を見るなり、目を輝かせている。
薄らと光を帯びた黒い瞳なのもあって、まるで星が煌めいているように見えるんだよな。
……そして、肝心の作業場。
作業場ではあるが、あるのは長めの木製テーブルに、背丈のちょうどいい木製の椅子だ。
小道具、いわゆるノコギリやハンマーは置いていない。せいぜい、あるのはドライバーくらいだろう。
この県こと帝国で……魔法が使える日常になってから、多くの道具を必要としなくなったらしい。
とはいえ、微々たる調整に人の英智ある力を道具作りでは借りている。
「創一さん、俺は見てるだけでいいの?」
「何言ってんだてめぇ。ここは作業場で、二十時まではあと数十分――お前のかっこいいところ、咲月ちゃんに見せるチャンスだろ?」
グッ、と親指を立てながら言ってくる創一さん。
カールパーマの髪も相まって、本当にこの人は陽がすぎる。
……ここで、創一さんが先にお手本を見せてくださいよ、という発言は禁句だ。
なぜなら、お手本をその人が時間内で自身の仕事をこなしながらやれた場合……見せられた人は正直、居る価値がないからだ。
例え、その時だけ出来たとしても、出来たという事実に揺るぎはないのだから。
「……じゅん、お前、相変わらず顔に出すぎだ。もう少し、こー、バッとできねぇのかぁ?」
「ですよね! 純星は顔に出るから、何を言いたいのか分かりますよね!」
「人をいつから顔芸者に任命したんだよ?」
やっぱり、このふたりの感覚の鋭さは意味不明だ。
「そんじゃあ、じゅんは何を作るか決めておけよ。俺が先にやってやる」
「創一さんが先に?」
「ふん、何。お手本を見せるわけじゃない。上司自ら先陣を切って、部下を鼓舞するのだって社会人の役目だ……覚えとけ小童」
創一さんは軽そうに見えて、こういう時は心強い。
普段からの態度はぶっ飛んでいても、結局は芯のブレない強さがある。
そもそも、創一さんの見せるは、音の魔法。
……咲月との考え方を含めても、不安でしかない。
俺は予感が当たらない事を祈って、テーブルと向き合う創一さんを遠い目で見た。
咲月はというと、作業場を見た興奮冷めやらぬ、といった様子で創一さんを見ている。
「まず言うに、魔法は魔法であらずだ」
哲学か何かなのか?
創一さんは両手を上下から合わせ、こちらに向けてきた。
「じゅん、咲月ちゃん、お前らの魔法は魔然を媒体とし……他の魔法陣系とは根本が違うな?」
「純星、そうさんの様子が変だけど、悪いものでも食べたの?」
「気にしないでくれ。この人は魔法で酔う人だから」
酔う人、は言い過ぎだが、創一さんは魔法へかける想いが段違いだ。
魔法がある日常をそのままに、それでいて帝国の中でもずば抜けている……俺が知る中で、唯一尊敬出来て、信頼できない人と言える。
手で隠しながら耳傍で聞いてくる咲月に、俺はむず痒さを感じた。
創一さんが手を上げていくと、空気は歪むように吸い込まれていく。
そこだけが、宇宙で渦巻く白き星粒のように。
「そこで留まってちゃぁ……俺らはその先にいけない。なら、ここで重なるものが、魔法だ」
いや、暴論だ。
「魔法とは、打つだけが全てでは無い! 見るものを魅了し、美しく見せることも――魔法の音!!」
創一さんが言い切った瞬間だった。
創一さんの手のひらから、作業場全体へと広がるように、白線の波紋がなびく。
ひとつの円は壁で反響した。
角から跳ね返る波紋は、四つの波紋へと変化をし、更に交える。
「わぁ、綺麗だね」
「これだから、師匠はおかしいんだよな」
「ふん、おかしいは時に最高の褒め言葉だ」
交わった白線の波紋は、全体的に様々な色を持った火花を散らしていた。
最初は小さな波紋だった。
今ではそれが大きな音、波紋となり、作業場を賑やかすように空に咲く花へと姿形を変えたのだ。
きっと、言葉では表現してはいけないほどに、この魔法は鼓動の奥深くへと鳴らしてくる。
一変した作業場の光景に見とれていると、咲月が手を繋いできた。
横を見ると、咲月が笑顔で振り向くので、俺は気恥しさを覚えた。
そんな俺と咲月を、創一さんは微笑ましそうに見ている。
最後の波紋が目の前で火花を散らし、火の玉となって落ちた時、創一さんは口を開いた。
「魔法は魔法だけじゃない。言葉、感覚、捉え方で変わるものと覚えておけ。魔然は何も、魔法を打つだけのものじゃない、形作るものでもあるからな」
「……そういえば、咲月も似たような考えだよな」
「そ、そうかな?」
咲月は炎の魔法しかり、風の魔法しかり、捉え方は創一さんの教えに近いものがあった。
彼女に自覚は無いようだが、俺だけが知っていればいいだろう。
ふと気づけば、創一さんがテーブルを指で叩いていた。
「じゅん、次はお前の番だ。道具の作り方を見せてやるんだ」
「純星の道具作り、楽しみ!」
「……やってみるよ」
何気にプレッシャーを感じるが、咲月の期待には応えたいものだ。




