01 魔法のある日常
魔法が日常に馴染んだのはいつからだろうか。
俺こと赤井純星は、そんなことを考えて空を眺めていた。
「もう、いくら怪我をすれば気が済むの?」
「怪我はしてない」
「はいはい。その言い訳は聞きたくありませんー」
火傷した俺の人差し指に、彼女は絆創膏を巻いてくれていた。
透き通るような黄緑色の髪で、ポニーテールを揺らす彼女は――幼馴染の広芽咲月。
咲月には何かと世話になっていて、両親と離れて暮らしている俺を心配しているのだとか。
家事能力がない男が近くで飢え死にされても困るよな……。
自分で思っていて虚しくなるほど、悲しいことはなかれってやつだ。
咲月は手慣れた様子で、火傷した俺の指に薬を塗ってから、絆創膏を巻き終えていた。
「センキュー」
「センキューじゃないでしょ? ありがとうは?」
「……ありがとう、ございます」
まったく、と言いたげな様子で咲月はスカートを揺らした。
咲月は俺と同じ高校に通っており、偶然、俺が怪我する所を目撃されたのだ。
同じ一年生の中でも、俺と咲月は立場が違う筈なのに。
おせっかいを焼いてきた咲月は、立ち上がると同時に埃を手で叩いている。
肌荒れを知らない赤子肌のような、水を弾くほど柔い弾力を持った白い肌。
光を反射して輝く、艶のある透き通るような黄緑色の髪。
薄らと光を帯びる宝石のような黒い瞳。
黄緑色の髪なのもあって傍から見れば変に距離感があるものの、俺からすれば咲月は美少女だ。……誰がなんと言おうとだ。
また彼女も、俺と同じく魔法を使える者の一人である。
「だったら、咲月の回復魔法で治してくれてもいいじゃん?」
指に巻かれた絆創膏を見て、俺は軽く息を吐いた。
咲月は魔法を公の場で見せたがらないが、魔法があるこの県こと、帝国の中では希少価値のある魔法を持っている。
「その言い方……生意気だよ」
「睨まなくてもいいだろ……」
「ふふ、そういう純星の素直さ、嫌いじゃないよ」
校舎裏での出来事だったからか、咲月は周囲を見てから、わざとらしく壁に背を預けた。
女の子だけ立たせている気、とでも言いたげな目で見てくる咲月は大概だろう。
俺は立ち上がり、咲月の横の壁に背を預けた。
咲月は女の子なんだから、制服の背が汚れることを気にした方がいいのではないだろうか。
「言いたいことがあったら、口で言ってね」
「さりげなく心を読むなよ」
「だって、純星は顔に……違うね、声に出したそうにしてるから」
俺は思わず自分の顔を触っていた。
特に何か言いたそうとか、顔が強ばってるとかないのだが?
「純星、今日もまた……魔法が上手く使えないやつ、ってからかわれてたんでしょう?」
「見てたのかよ……」
咲月の言う通り、俺は相手に対して、的に対して打つ魔法を扱えない。
率直に言えば、馬鹿にされてるんだ。
「だったら、私を馬鹿にしたらいいのにね」
「だから! さりげなく俺の心を読むなって」
「読んでないよ。だって、私は回復魔法しか使えないし、優等生で美少女って言われてるだけだからね」
「そうですかー。おさななじみとして、すごくほこれることですよー、だ」
「そうだ、ねぇー」
「ほほ、ほへんなさい」
皮肉混じりに言ったら、咲月は何の戸惑いもなく俺の鼻をつまんできた。
ふざけてはにかむ咲月は、ただの小悪魔だ。
咲月が注目されているのは黄緑髪の珍しさ故……回復魔法を使えるせいだろう。
回復魔法を使えるのは帝国の中でも稀だからこそ、先に恩を売って、後に扱う……きっと、咲月を良いように使いたい人間なんだ。
そんな考えをしかけた時、咲月が鼻から手を離したので、俺は首を振った。
「純星は、魔法で傷つけないために、傷つけない魔法を頑張ってるんでしょう? それは誇れることなんだから、自分に自信を持ちなよ?」
無理を言うな、って言いたいけど咲月には届かないだろう。
だけど俺自身、努力を否定されたり、馬鹿にされたりするのは嫌いだ。
気づけば、自然と手を前に出して、手に炎を纏わせていた。
「純星の魔法は、温かいね」
「今使ってる魔法が炎だから」
「相手を傷つけないで、自分が火傷しちゃうのはちょっと笑えるかも」
「見せもんじゃないんだが?」
「でも、それは純星が何よりも努力してて、傷つけないようにしてる……そんな特別だと思うの。だって、魔法陣を使わないのは私と同じで珍しいからね」
そう言って笑みを浮かべる咲月に、俺は息を呑み込んでいた。
別に咲月が好きとか、見惚れてるとかじゃないのに、その見てくる瞳が痛いと思ったんだ。
どうして、咲月は俺に優しくしてくれるんだ?
咲月は確かに幼馴染だし、家が隣同士だし、今は一人で暮らしてる俺の面倒をちょいちょいみてくれる。
咲月の胸がある方だから気になるとかじゃなくて、俺の中ではどこかモヤモヤするんだ。
打つために出していない。この炎の魔法は、消えそうなのに消えないでいた。
炎の魔法……さっきは人差し指を火傷したが、これくらいの見世物なら問題は無いのだ。
炎が静かに影を揺らせば、咲月の瞳が俺を見てきていた。
「……なんだよ」
じっと見てくる咲月の瞳には、戸惑う俺の顔が反射している。
ふと気づけば、咲月はゆったりと口角を上げていた。
「その傷つけない魔法、私で試してもいいよ」
「……は?」
唐突な誘いに、俺は動揺するしかなかった。
真剣に見てくる眼は、どこまで本気なのだろうか。
その時、校舎からチャイムの音が聞こえてきた。
「あ、休憩時間終わりだよ。ほら、純星、一緒に教室に戻るよ」
「……咲月」
「名前、やっと呼んでくれたねー、このこのー」
そう言って肘で小突いてくる咲月は、先程のことがなかったかのように振舞っている。
咲月と魔法で関わるのは無いと――この時の俺は思っていたんだ。
傷つけない意味が、花咲く時までは。
貴重な時間を使い、この物語を読んでくださりありがとうございます。
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