ファム・ファタルの歌姫は、堕ちぬ青年に恋をした

歌姫ジゼルは、男たちを惑わすために生まれたような女だった。

深紅の唇から零れる歌は媚薬のように甘く、白い肌の輝きは夜の灯をも霞ませる。指先ひとつ、視線ひとつで男たちは虜となり、快楽に沈んでいった。
彼女はまさしく、魔性の女〈ファム・ファタル〉と呼ばれる存在にほかならなかった。

だが、ある晩に出会った青年だけは違った。
どれほど色香を注いでも、その瞳は曇らず、心は揺るがない。
その強さはジゼルを苛立たせ、同時に燃え立たせた。
欲しくてたまらないのに、手に入らない。
彼を想う気持ちは日に日に募り、魔性の仮面の奥から、ひとりの娘としての切実な渇きが顔を覗かせる。

その結末が甘美な救いか、破滅かは、まだ誰にもわからない。