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第5章 夜明けの向こうに

漆黒の「森の災厄モルフォ」が、王宮の尖塔をなぎ倒し、その巨体がアルカディアの空を覆い尽くした。その咆哮は、世界の終焉を告げるかのようだった。聖樹の間では、エリオットが宰相と守護騎士団の猛攻を受けながらも、必死に時間を稼いでいた。


「セドリック! 急げ!」

エリオットの叫びが、セドリックの耳に届く。リリアーヌから流れ込む魔力は、彼の身体を熱く満たし、枷を破壊する力を与えていた。

「くそっ…! あと少し…!」


セドリックは、火傷の痛みを忘れ、渾身の力を込めて魔法の枷に触れた。リリアーヌの魔力と彼の意志が共鳴し、枷が砕け散る音が響き渡る。

「リリアーヌ様!」

自由になったリリアーヌは、よろめきながらも立ち上がった。その瞳は、これまでの無垢な輝きとは異なる、強い意志の光を宿していた。


「宰相! あなたは、この国を滅ぼすつもりですか!」

リリアーヌの声に、宰相は嘲笑した。

「滅びるなどと! これは新たな世界の創造だ! 森の災厄の力を手に入れれば、この私が真の王となる!」


その時、リリアーヌの身体から、これまでとは比べ物にならないほどの、聖なる光が溢れ出した。それは、王宮のクリスタルの輝きをも凌駕し、漆黒の「森の災厄」の影を打ち消すほどだった。

「私が、聖樹の巫女として、この災厄を止めます!」


リリアーヌは、両手を広げ、聖樹の根源と深く繋がった。彼女の魔力は、王宮の結界を維持するためではなく、真に「森の災厄」を鎮めるために解放されたのだ。聖樹の間全体が、まばゆい光に包まれ、その光は王宮を突き破り、アルカディアの夜空を照らした。


「馬鹿な! そんな力、巫女には…!」

宰相は驚愕するが、既に遅かった。リリアーヌの放つ光は、直接「森の災厄」へと向かい、その巨大な身体を包み込んでいく。災厄は苦悶の咆哮を上げ、王都をさらに揺るがした。


「今だ、エリオット!」

セドリックが叫び、エリオットに合図を送る。エリオットは、宰相がリリアーヌの力に気を取られた隙を逃さなかった。

「貴様の野望は、ここで終わりだ!」


エリオットの剣が、雷光のように閃き、宰相の胸を貫いた。彼の身体から力が抜け、その瞳から光が失われる。聖樹の守護騎士団は、主を失い、リリアーヌの放つ聖なる光に怯え、後退していった。


しかし、「森の災厄」の抵抗は凄まじかった。リリアーヌの光が災厄を包み込むほど、災厄もまた、世界を飲み込もうと暴れ狂う。王宮は崩壊寸前となり、アルカディアの街は、その光と闇の戦いに巻き込まれていく。


「リリアーヌ様! 無理です! そのままでは、あなたも…!」

セドリックが叫ぶ。リリアーヌの身体は、魔力の過剰な放出によって、限界に達していた。


その時、エリオットは、リリアーヌの元へと駆け寄った。彼女は、迷いなくリリアーヌの手を握りしめた。

「リリアーヌ! 一人じゃない! 私も共に戦う!」


エリオットの身体から、騎士としての、そしてグランヴィル家の血に宿る微かな魔力が、リリアーヌへと流れ込んだ。それは、聖樹の魔力とは異なる、意志の力、守護の力。二人の手が繋がれた瞬間、リリアーヌの放つ光は、さらに強く、純粋な輝きを放った。


「セドリック! お前も来い!」

エリオットの言葉に、セドリックは迷わず二人の元へと飛び込んだ。彼は、エリオットとリリアーヌの間に立ち、その身体を支えるように、二人の手に触れた。彼の身体からも、エリオットへの、そしてリリアーヌへの、揺るぎない忠誠と愛が魔力となって流れ込む。


三人の心が一つになった時、リリアーヌの放つ聖なる光は、ついに「森の災厄」を完全に包み込んだ。災厄は、最後の断末魔の叫びを上げると、光の中に溶け、消滅した。


夜が明けた。


アルカディアの空には、もうクリスタルの光はなかった。王宮は半壊し、街のあちこちには、昨夜の戦いの爪痕が残っていた。しかし、空には、清々しい朝日が昇り、その光が、傷ついた街を優しく照らしていた。


「リリアーヌ様…」

セドリックの声に、リリアーヌはゆっくりと目を開けた。彼女はエリオットとセドリックに支えられ、聖樹の間の瓦礫の中に座り込んでいた。身体は疲労困憊だが、その瞳には、穏やかな光が宿っている。


「聖樹の森も…災厄の魔力は消えたわ。きっと、これから、ゆっくりと回復していくでしょう」


リリアーヌの言葉に、エリオットは安堵の息を漏らした。彼女は、リリアーヌの無事を確認すると、セドリックの肩を叩いた。

「よくやった、セドリック。お前のおかげだ」

「エリオット様…!」

セドリックの瞳には、熱いものがこみ上げていた。彼の忠誠は、報われたのだ。


革命は、まだ終わっていなかった。王家は崩壊し、貴族社会は混乱の極みにある。しかし、民衆の怒りの矛先は、「森の災厄」を鎮めたリリアーヌと、共に戦ったエリオットたちへと向かい始めていた。


数日後。


アルカディアの広場には、王都の民衆が集まっていた。彼らの前に立ったのは、リリアーヌとエリオット、そしてセドリックだった。

リリアーヌは、巫女の豪華な衣装ではなく、質素な白いドレスを身につけていた。

「私は、聖樹の巫女として、皆を欺き、苦しませたことを深くお詫びいたします」

彼女の言葉に、民衆は静かに耳を傾けた。

「これからは、王家の血筋や、巫女の力に頼るのではなく、私たち自身の力で、この国を立て直していきましょう。聖樹の魔力は、私だけのものではありません。この世界の全てに宿る、生命の源です。皆で力を合わせれば、必ず、この国に真の楽園を築けるはずです」


リリアーヌの言葉に、民衆の中から、静かな、しかし確かな拍手が沸き起こった。


エリオットは、その傍らで、静かに民衆を見つめていた。彼女はもはや、王宮騎士ではない。しかし、彼女の剣は、これからもこの国と民のために振るわれるだろう。

「エリオット様…」

セドリックが、彼女の隣に立つ。彼の瞳は、もう迷いなく、ただひたすらにエリオットを見つめていた。


「セドリック。お前は、これからも私の傍にいてくれるか?」

エリオットの問いに、セドリックは満面の笑みで頷いた。

「はい! どこまでも、あなたと共に!」


リリアーヌは、巫女の力を捨て、新たな国の象徴として、民と共に歩む道を選んだ。

エリオットは、男装の騎士として、革命の指導者の一人となり、セドリックと共に、新たな国の治安と未来を築いていくことになった。


アルカディアの空には、もうクリスタルの輝きはなかった。だが、その代わりに、人々の心の中に、希望という名の新たな光が灯っていた。

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