5.キスの呪い
5.キスの呪い
本来の魔王の姿に戻ったジグラルドは、反乱軍を蹴散らしながら、一直線に最上階へと駆け上がっていた。
マントを返り血に汚しながら、その瞳は迷いなく、ただ一人の少女を想っていた。
「待っていろ、エマ……!」
城の扉を破壊し、ついに玉座の間へ踏み込む。
そこにいたのは、不適に微笑むエマと、その後ろで卑下た笑みで笑うバルヴァトス。
「……来たな、ジグラルド。だがもう遅い。見ろ、この人間の勇者は、今や我が従者」
「そんなはずが――」
「ジグラルド……来ないで」
その言葉は、エマのものだった。
「エマ……。バルヴァトス、貴様……、キスの呪いをかけたのか……」
「魔王は……悪。世界の敵。私は、それを……倒す……」
エマはそう言うと、静かに腰に刺した剣を抜き、ジグラルドに襲いかかった。
⸻
ジグラルドは、エマが振るう剣を避けながら語りかける。
「エマ……お前は私に、生きる希望をくれた」
「……っ」
「お前がお前では無い世界など、私にとって何の価値も無い。だから、お前の心を取り戻す。“力”でじゃない、“想い”でだ」
ジグラルドは、ゆっくりと彼女へと歩み寄り、魔法で剣を弾き飛ばした。
「――お前を、キスで奪い返す」
「な――!?」
エマの目が見開かれる。
バルヴァトスが叫ぶ。
「バカな、それは呪いの源だ! キスなどすれば、お前も――!」
「構わぬ。それでも、私は“彼女”を選ぶ」
そう言って、ジグラルドはエマを抱き寄せ頬を包みこむと、その額に――そっと口づけた。
光が、爆ぜた。
黒い呪いの印が焼け落ち、エマの体から何かが解き放たれる。
「……っ……ジグラルド……」
「エマ……戻ったか」
「戻ったよ……すぐそこに、あなたの声、届いたわ……」
⸻
「どうやらお前の呪いより、私の思いの方が強かった様だな」
そう言ってジグラルドはバルヴァトスの方を見た。
バルヴァトスは目を血走らせ、怒り狂い叫んだ。
「貴様らぁああああああ!!」
バルヴァトスが腕に着けている腕輪が、赤黒い光を纏う。魔力が暴走し、バルヴァトスの身体を覆った。
その時には既に、ジグラルドとエマは互いに背中を預け、バルヴァトスへ剣を向ける。
「いくぞ、エマ」
「うん、ジグラルド。私たちの――」
「“本当の魔王戦”を、始めよう」