2.人間界で生活開始
2.人間界で生活開始
勇者といえど、旅に出ていない時は普通に村で働いている。むしろ、村で平和に働きたいから、勇者として旅に出たと言った方が正しい。
魔王城から帰還した勇者エマは日課の畑仕事をすべく作業着に着替え、ドアを開けた。
「えっ、ついてきたの!?」
そして、エマの叫びが、のどかな村の朝に響き渡った。
「当然だろ。私はお前に一目惚れしたんだ。これ以上の理由があるか?」
堂々とそう言い放ったのは、魔王城から一緒に着いてきた、魔王ジグラルドである。
だが、魔王城に居た時とは風貌が変わっている。
人間界に溶け込むために、魔族の象徴である尖った耳は丸くして、オオトカゲのような大きな尻尾は消去魔法で消している。魔王城で靡かせていた漆黒のマントを羽織った魔王の衣装ではなく、ごく普通の村人の服装を身にまとい、人間と同じ姿で、エマの家の前に突っ立っていた。
出会った時と変わっていない事といえば、強大な魔力の象徴である真紅の瞳くらいであった。
今は、その強大な力を抑えるために、魔力制御装置の耳飾りを付けている。
「魔王って、もっとこう……威厳とかプライドとかないの!? 村に来るとか思わないし!」
「愛の前に、プライドは不要だ」
「どこの少女漫画よ!」
エマは頭を抱える。
けれど村の人々は、魔王の来訪に案外すんなり馴染んでいた。
というのも、ジグラルドが開口一番、
「魔界は人間界と和平を締結した!戦は終わりだ!代わりにこの村で、エマと野菜を育てる!」
と叫んだせいだった。
それどころか、ジグラルドは村人に訳を聞かれると、「エマに惚れた」や、「エマの瞳に心を撃ち抜かれた」などと恥ずかし気もなく言うので、村の人達からなんだか生暖かい眼差しを向けられているくらいだ。
エマは恨めしげにジグラルドを睨むが、ジグラルドはどこ吹く風といった様子で、畑仕事を手伝っている。
楽しげに野菜の世話をするジグラルドを見ていると、「ま、いいか……」という気になってきてしまった。
⸻
「……で、本当にうちに住むつもり?」
その夜、エマは自宅のキッチンで、ジグラルドに問いかけた。
ジグラルドはというと、エプロン姿で味噌汁を作っている。
「もちろんだ。今朝は洗濯もしたぞ。布団は干しておいた。あと卵が切れている、買いに行こう」
「……なに、この万能魔王」
「褒めてくれたのか?」
「褒めてない!」
無いはずの尻尾をブンブン振っているような幻覚が見えた。
魔王というより、まるで大きな犬みたいと思い、少し笑えた。
「そもそも、魔界の統治は大丈夫なの?あなた、仮にも魔王なんでしょう?」
「側近の部下に任せてきているから心配はいらない。そもそも魔界では私の魔力が強大過ぎて、私に刃向かおうとする者は現れた試しがない。もし、私に対峙してきたらその時は懲らしめてやるだけだ」
ザワリ……、とジグラルドの身体の周りに強いオーラが沸いた。
「分かったわ!だからそれ、抑えて!」
エマがそう言うと、オーラはすぐに抑えられた。
「そのオーラ、私でも威圧されるから、村の人達の前で、絶対に出さないでね」
「当たり前だ。人間界とは和平を結んだのだからな」
あっさりと頷くジグラルドに、エマは逆に心配なんですけど……、と小さく呟き、畑に向かった。
だが、生活を共にするうちに気づき始めていた。
この魔王――妙に、人間らしい。
不器用で、素直で、なにより…なんか、かわいい。
⸻
ある日の朝。
「エマ、起きろ。朝だぞ」
「……あと5分……むにゃ……」
布団にくるまるエマを見て、ジグラルドは微笑む。
「全く。寝顔も可愛いとは……困ったものだ」
「……なに勝手に惚気てんのよ……って!……、ああ、もう、完全に目が覚めちゃったじゃない!」
「ふふ、すっかり癒された。私の心も平和になったぞ」
「知らないうちに癒し提供してたの!? こっちは寝てただけなんだけど!!」
そんな風に、騒がしくも穏やかな、楽しい日々が続いていった。