第0双《初空月》 Side:天羽 ひまり
お目通し感謝致します❦
天羽 ひまり視点で語られる《 Tellus 》の前日譚です。プロフ用に書き下ろしました!
本編が始まる少し前のお話。
時期は、高校1年生の1月。
この世界は息苦しい。
そう感じ始めたのは一体いつからだっただろう。気がついた時には既に頑張らないと息が吸えない身体になっていた。
いったいどうしてなの?
答えは分かっているのにどうしても認めたくなくて今日も虚空に問いかける。
「ふぅ」
すっかり習慣になった溜息を1つ。不意にガヤガヤとした喧騒が私を現実へと引き戻した。お昼過ぎの教室は授業中の様子からは考えられないほど沢山の音に溢れている。
目を瞬かせながらあたりを見渡すと今日、学校を欠席しているクラスメイトの机が目に入る。卓上には朝のHRや授業で配られたプリントが散乱していた。
私は無意識のうちに立ち上がってゆっくりとそれらに手を伸ばす。1枚、1枚、丁寧に折り畳んで空の引き出しの中に入れていく。
それはまるで罪滅ぼしかのように。または贖罪かのように。
「ひ〜まり!」
丁度全てのプリントを入れ終わった時、タイミングを見計らったかのように後ろから声をかけられた。返事をする間もなく仲の良い友達が飛びついてくる。
「わぁ!!……かのんちゃん?委員会お疲れ様」
「ありがとひまり〜。ほんと疲れたよ〜」
「お昼休みにまで集まりがあるなんて図書委員は忙しいねぇ」
花暖ちゃんは部活もクラスも同じの友達だ。図書委員に所属している。
「うう、お腹すいたよ」
「私もまだお昼食べてないから一緒に食べよう?」
「あれ、なんでまだ食べてないの?」
「えへへ、私、どうしても花暖ちゃんと一緒に食べたくて」
「ひまり……ガチ天使〜!」
花暖ちゃんは嬉しそうに声を上げて更に力強く抱きしめてくれた。そんな彼女につられて私も笑顔になる。
良かった。模範解答だったみたい。
*
「図書委員は2年間継続っていう決まりなんだけどね〜」
机を向かい合わせてお喋りをしながらお弁当を食べる。今日のお弁当には鮭のおにぎりと肉じゃがを詰めてきた。ちょっと緑が足りなかったかもしれない。
「流石に忙しすぎて色々と両立出来ないから司書さんに相談してみたの!」
「そうなの?で、どうだって?」
力説する花暖ちゃんに相槌を打ってから私はジャガイモをぱくりと口に入れる。彼女のよく通る声は聞いていて心地が良いのだ。
「そしたら、来年度からの代わりの人を見つけられたら辞めてもいいよって」
「そうなの?……じゃあ、私が2年から花暖ちゃんの代わりに図書委員やるよ」
「え?」
「私、本読むの好きだし。かのんちゃん程たくさん習い事とかも続けてないからさ」
「ウソウソ、ひまり。私そんなつもりで愚痴った訳じゃないよ?」
「いいんだって。私がやりたいの」
「ホントに?……気ぃ遣ってない?」
我ながらぽんぽんと良くもまぁ調子の良い言葉が出てくるものだ。他人事のように自分自身に呆れながら心配そうな表情の彼女に私はふわりと笑いかける。
「全然!実は前から少し興味があったの」
別に嘘は吐いてない。騙してもいない。
「それに私は花暖ちゃんから図書委員についても話を聞かせてもらってるから仕事についても少し知ってるしね。ほら、私以上の適任者っていないと思わない?」
私はただ本当に思っていることを少しだけ見栄え良くラッピングして世間にお出ししているだけだ。
ここまで言えばきっと。
「ひまりがそこまで言ってくれるなら、御言葉に甘えちゃおうかな」
ほら、笑ってくれた。私も嬉しい。
私は皆が好きだと言ってくれる柔らかい微笑みを浮かべた。
自分の素直な気持ちと華美なトッピングを織り交ぜすぎて何処までが本当の自分なのか見失いつつあるなんて。そんなのただの自業自得だ。
眼の前の友達が幸せそう。ならこれが正しいよ。大丈夫。そんな風に自分を正当化して喚く心を必死に丸め込んだ。
*
その日の放課後。私は部活の係の仕事に追われていた。
私が所属するオーケストラ部は生徒主体の部活動だ。お金の管理以外の仕事は基本生徒が分担をして担っていた。私は印刷と広報の担当だ。
今日届いたばかりの新しい楽譜を、楽器やパート毎に人数を確認しながら複製し重ねていく。ひたすら同じ事を繰り返す味気のないこの作業が私は結構好きだった。
でも、1人でやるには少し刺激が足らない。数ヶ月前は確かに隣にいた彼女のことを思いながら淡々と手を動かす。
時折、僅かに空いた部屋の窓から、殺風景な印刷室には似合わないラグビー部の威勢のよい声が入ってきていた。
*
印刷を終え、付き添ってくれた顧問の先生に御礼を伝えてから楽譜の山を抱えて印刷室を出る。丁度、夕方5時半を告げるチャイムが鳴るところだった。
部活は7時までだ。早く戻って皆に楽譜を配れば今日中に運指を終わらせることが出来るかもしれない。みんな家へ持ち帰りたくはないだろうから。
そんな事を考えながら部室を目指して廊下を歩いているとギターケースを背負った男子生徒が2人、並んで向こう側から歩いて来た。
「あいつさぁ、性格は良いけど付き合いとかはあんまりだよなー。なんかいつもぶすっとしてて何考えてるか分かんねぇし」
すれ違いざまに2人組の会話が聞こえる。
「忙しそうなのに事情も言ってくれねぇしさぁ」
「確かになぁ。まぁでもあの感じで上手くやれてるんだからオレは逆に凄いと思うけど」
「あーそれはそう。なー加藤、おれ今めっちゃ腹減ってんだわ。二郎食いに行かね?」
「オマエさぁ、一昨日も前田と行ってなかった?」
2人組の声が「何回でも食えるー」だの「オレ金欠なんだよ」だのと言い合いながら段々と遠ざかっていく。逆方向に足を進める私は1人で先程の会話に思考を囚われていた。
性格は良いけどあんまり笑わない。付き合いも悪い。それでも、上手くやれている。
そんな息の吸い方も、あるのか。
小さな衝撃が頭の片隅にピリリと走った。
どうでもいいことなのに。私には関係のないことなのに。不思議と2人組の言葉が木霊して消えなかった。
なんだか無性に友達の顔が見たくなって、私は足早に部室へと向かう。薄暗い廊下に差し込む橙の光がやけに眩しかった。
*
「ただいまぁ」
「おかえり〜、お疲れ様。今日も寒かったわねぇ」
部活を終え、電車を乗り継ぎ、やっとのことで帰宅する。ふと目に入った玄関の時計の針は8時過ぎを指していた。
我が家の温かさに包まれて天使の仮面がズルリと溶けていく。荷物を部屋に置いて私はほっと一息をついた。
そういえば、咲桜ちゃん。
今日も学校来てなかったな。やっぱり――
「ひまり〜!お風呂湧いてるわよ〜」
不意に聞こえて来たお母さんの声で我に返る。コートを脱ぎながら返事を返し、慌てて入浴の準備を整えて洗面所へと向かった。
*
「あれ」
制服を脱ぎかけて、スカートのポケットにスマホが入っていることに気がついた。ここまで来てもう一度部屋まで戻るのは面倒だ。
仕方なく洗面台の上にスマホを置くとぱっと画面が明るくなった。電源ボタンを触ってしまったらしい。私は反射的に指紋認証でロックを解除してしまう。身体に染み込んだ習慣というものは本当に恐ろしい。
部活の時間に使っていたメトロノームのアプリが開きっぱなしになっていた。アプリを閉じようとしたのを察したかのように突如広告が流れ始める。何度か見たことのあるソシャゲの広告だった。
「《 Tellus 》……?」
- まだ見ぬ友と景色を求めて -
そう銘打たれたタイトルにふさわしく、ゲーム内でキャラクター達が交流する様子が強く印象に残る広告ムービーだった。
いつもなら何も思わずにスルーするのに、今日は何故かじっくり見てしまう。
《 アバターを自分好みに!! 》
《 他のプレイヤーとチャットで交流!! 》
《 ガチャでレアアイテムGET?! 》
《 今、はじめると 5000 Te 貰える!!! 》
私はありきたりな誘い文句に導かれるように広告をタップしてしまう。気づいたらインストールが完了していて、ホーム画面に見知らぬアイコンが並んでいた。
らしくない。疲れているのだろうか。
少し迷った後、音量を確認してから恐る恐るアプリを開いてみる。開発社のロゴがいくつか表示された後、青い空と緑が広がる雄大なムービーを背景に文字が現れた。
《 Tellus へ ようこそ 》
《 画面をタップして下さい 》
言葉に従うと次は《データをダウンロードします。よろしいですか?》という文言が表示された。ネット環境を確認するように、と。
「え、さっきもダウンロードしたのに?」
普段あまりゲームはしないためよく分からない。取り敢えずダウンロードを許可すると、スマホは驚愕のスピードでデータ読み込み始めた。
遅い。遅すぎる。
これ、いったいどのくらいかかるんだろうか?
とんでもない世界に足を踏み入れてしまったかもしれない。そんな予感に震えつつ、ひとまずスマホを置いてお風呂に入ることにした。
*
お風呂から上がると口を挟む間もなく夕食を食べさせられた。お母さんが作るシチューはいつも通り美味しかった。
次の土曜日の昼食は私が当番なのでお返しに炒飯を作ろうと思う。お母さんの好物だ。その日は家を出た兄も帰ってくると言っていた。腕によりをかけなければ!
そんな事を考えながら舌鼓を打った後、片付けをしてリビングから出ようとすると、後ろからお母さんに声をかけられた。
「ひまり、部屋行くの〜?」
「うん。今日は厄介な課題があって。明日の朝からじゃ間に合わなそうなの」
「そう大変ね。……そうだ。良かったらこれ持っていきなさい」
そう言ってお母さんが差し出してくれたのは何処かのお菓子屋さんお洒落な紙袋だった。職場で貰ったらしい。中を除くとチョコレートのお菓子が入っていた。
「ガトーラスクなんですって。ひまり好きそうでしょ?勉強のお供にいいかなと思って」
「わぁ、美味しそう!ありがと〜!」
お母さんから紙袋を受け取って、ルンルンな気分でマグカップを片手に部屋へと戻った。一度机に諸々を置いた後、ピッと暖房をつける。
そして静々とガトーラスクを袋から取り出した。魅惑的な香りに思わず頬が緩む。夜に甘いものなんて大罪だけれどたまには良いだろう。たまには。
ご褒美があると思うと苦手な英語の課題もいつもより頑張れそうだった。
そういえばあのゲームのインストールは終わったのだろうか。そんな事を思いながら温かい紅茶を一口含み、気合を入れた。
課題と兄から譲ってもらった電子辞書を卓上に広げる。カチッと音を立てて部屋の時計が9時半を指した。
*
「疲れたぁ〜」
課題が一段落した所で伸びをする。今日の英語の課題はなかなかに骨が折れた。いや、まだ終わってはいないのだけど。
「分かんない単語多すぎだよ……」
いったいどこの過去問なのだろうかと気になって調べてみると有名難関大の名前が出てきた。やってられるか。
ついスマホを触ってしまいそのままの流れでお風呂に入る前にインストールしたアプリを開く。
音量を少し上げるとゆったりとした異国風の音楽が流れてきた。あまり聞いたことのない旋律だけれど耳が心地良い。
《 Tellus へ ようこそ 》
《 画面をタップして下さい 》
頼むぞと祈りながら画面を叩いてみる。
《 プレイヤー名を入力して下さい 》
知らない文言だ。ダウンロードとやらは無事に終わったらしい。ふぅと安堵のため息をついて文字をまじまじと見つめる。
プレイヤー名が必要なんだ。
流石に本名は止めた方が良いだろうな。
あたりを見渡すと机の上の紙袋が目に入る。勉強の合間に摘んだガトーラスクは大変美味だった。また食べたい。
私はある予感を感じて空の袋に手を伸ばす。
ガサゴソと中をあさってみると案の定そこには簡単にお菓子についての説明が書かれた長方形の紙片が入っていた。
どうやらラスクは《グーテ・デ・ロワ ソレイユ》という名前のお菓子だったらしい。
――「ロワ ソレイユ」とは「太陽王」すなわち、フランスの偉大なる王、ルイ14 世を讃える呼び名であります。「グーテ・デ・ロワ ソレイユ」は、「太陽王」の名に相応しい、ブロンド色に輝くクーベルチュールチョコレートをガトーラスクにコーティングした逸品です――
紙片を手にしたまま、ふむと首を傾げる。
ロワ・ソレイユとは太陽王という意味らしい。
ロワはロイヤルみたいな響きだから「王」だろう。それならばソレイユが「太陽」という意味なのだろうか……?うん。たぶんそうだ。
太陽、その身を燃やして周囲を照らす恒星。
自己犠牲による眩い輝き。その余りの明るさゆえに誰もその星の真の姿を捉えることは出来ない。
何かがストンと胸に落ちたような気がした。無意識に軽い笑みを浮かべながらスマホの画面に向き直り文字を打つ。
私は画面上に白く輝く4文字をしばらく見つめ、そして、迷いなく決定ボタンを押した。
なにかが変わる。根拠はないけれど不思議と確証めいた予感がした。
《 ソレイユ で よろしいですか? 》
▶ はい
いいえ
ここまで読んで下さった貴方に心からの感謝を。




